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7・春先の猫、赤の他人とおしゃべりをする



「ミスティア様に見捨てられなくてよかったですねぇ、王太子サマ?」


 夜半のことだ。月明かりを背に、グレアムは王太子の私室の窓枠に、行儀悪く膝を立てて座っていた。


 視線の先にいるのはこの部屋の主である、フェリクス。


 いきなり窓から侵入してきたグレアムに特に驚いた様子もなく、こちらを見て食えない表情で微笑んでいる。


 招かれざる客相手に動じなかったことは褒めてやってもいいが、グレアムはちょーっとばかし怒っているのだ。


「なにが言いたいのかな?」


 まどろっこしいことは省いて、グレアムは単刀直入に切り出した。


「あんただろう、うちのチェリーに余計なことを吹き込んだのは」


 グレアムは見た目よりも寛大な性格なので、自身に対しての攻撃なら瑣末な問題だと気にも留めないのだが、チェリーとの仲を引き裂く謀事ならば、話は別だ。


「余計なことを吹き込めるような接点はまるでないことは、誰よりもきみがよく知っているんじゃないかな」


 彼女を囲い込んでいるきみにならわかるだろう、と肩をすくめて見せたフェリクスの、その挑発に乗ることなくグレアムは冷静に答える。


「直接吹き込まなくても、誰かに囁かせればいい。たとえば……そう。教師とか?」


 チェリーに親しい友人はいない。グレアムがそう仕向けているのだから当然だ。


 かわいくて純粋で愚かなチェリー。


 良くも悪くも辺境伯と縁を持ちたい者は、チェリーが思っているよりもずっと多い。


 グレアムは婚約者だが、チェリーが情に絆されたり、甘言に惑わされることのないよう、見張るためのお目つけ役も兼ねていた。


 だがグレアムが婚約者の立場をもってしても接触制限できない相手がいる。それが女性教師だ。


 チェリーは各種教科の赤点をコンプリートしかけているため、生徒同士でいるより教師といる方が圧倒的に多い。赤点生徒の補習に、成績上位者のグレアムが参加できないのは大きかった。


 そこで持ち出されたのが、学院の婚約解消制度。


 確かに生徒手帳にはごく小さく記されているが、それを周知する教師はまずいない。


 学院が手を貸すとはいえ、円満解決できればいいが、証拠があっても家同士の問題に口を挟むのだから、多少なりとも軋轢が生まれる。なにより奔走するのは教師たち。婚約解消したいと言い出す生徒など、いない方がいいに決まっている。


 昔亡くなった令嬢と遺族の心情を思えばこそ、そういう制度を設けた前任の学院長の気持ちを汲むことはできるが、すでに代替わりをしているわけで、過去の負債まで引き継ぎさせられては、たまったものではないだろう。


 極力面倒なことに巻き込まれたくないのなら、そんな制度があることを周知しなければいい。


 学生手帳には小さくだが記してあるので、それで十分。沈黙は金だ。


 というわけで、現在、婚約解消制度のことを知る生徒などほとんどいないのだ。


 それなのに、このタイミングでチェリーとミスティアが同じ制度を利用しようとしたことに、違和感を覚えるなと言う方が無理な話だった。


 独自の情報網を持つ王族であるフェリクスがその点を疑問に思わないはずがなく、それなのに放置しているとあらば、自ずと答えは見えてくるもの。


 グレアムの願いは、早く辺境に帰って、魔物を狩りながらチェリーと思う存分愛し合うこと。本当にただそれだけだ。そこに他人など不要なのだが、ミスティアとの手紙のやり取りくらいは許してやってもいい。めずらしくチェリーが気に入った人間なので、受け入れる寛容さはある。


 なにより、チェリーにとって害のある人間なのは、ミスティアではなく、こちらの王子様だ。


「俺の傷心、返していただけます?」


「傷心しているのはきみだけだと?」


 お互い婚約者に逃げられかけたのは同じだが、一緒くたにされるのは癪に触る。


「隣国の王女に靡いていたじゃないですかぁ?」


 グレアムはチェリーっぽい口調でフェリクスを煽る。悪意なく毒を吐くチェリーと違って、グレアムには悪意しかない。かわいげもない。


「きみは噂を真に受ける素直な人のようだね。私が喜んで相手をしていたとでも?」


「俺だけでなく、みーんなそう思っておりましたけど?」


 実際のところは、王女の誇張による情報操作によるものだと知っている。


 ミスティアと王女、天秤にかけていたのはフェリクスではなく、国王陛下や宰相などの国の上層部。


 どちらが王太子妃として有益か、見極めるよう言われていたのだろうが、ミスティアが不利なのは誰の目にも明らかだった。


 王族としての矜持を持ち、短期間に学生たちをまとめてみせた王女。勝ち目があるとするのなら同等の価値を持つ相手を味方につけるしかない。


(たとえば……次期辺境伯だとか?)


 ミスティアを誘導し、さりげなくチェリーと接触させ、接点を持たせた。この強かな王太子が。


(うちのチェリたんを利用したのは、マジで気に入らねぇ)


 だからここしばらく、行動を監視させてもらっていた。弱みが握れたらラッキー、くらいの感覚で。


 そのため、フェリクスがミスティアに、チェリーとの友好関係について口を出すのも見ていたのだが、あれはミスティアが辺境伯の重要性を理解し、王太子妃として必要な選択ができるかの最終確認だったのだと思っている。


 他国の人間にはわからないだろうが、辺境伯はこの国が魔物に蹂躙されないための要石。


 フェリクスに口出しされた程度でチェリーとの交友を諦めるようなら、見込み違い。さすがに王太子妃にするのは諦めるしかなかっただろうが……諦め切れたかは怪しいものだ。


(ミスティア様のこと、こぉーんなに大好きだから、ねぇ?)


 愛が重く粘着質な自覚があるグレアムだからこそ、フェリクスがミスティアに向ける感情が、方向性は違えど同質のものだと気づいていた。


 幸いにもミスティアは及第点を取ったので、すべてフェリクスの思い通りになったというわけだが。


(ミスティア様としては、お前が人の交友関係に文句言うなよっていう反発心もあったんだろうけど……まぁ、うちのチェリたんかわい過ぎだから、仕方ないか)


 フェリクスの思惑がなくとも、ミスティアはチェリーとの友情を選んだはずである。気位の高そうな王女に比べたら、アホっぽいチェリーの方が断然かわいい。


 アホな子ほどかわいい。この世の真理だ。


「というか、あのお茶会。気づいてただろう? チェリーとミスティア様のこと」


「逆に、あれで気づかない方がおかしい」


「おっしゃる通りで」


 「無事に乗り切った!」「そうね」と、ふたりとも笑顔だったが、まったくそんなことはなく。指摘されなかっただけで、思い切り気づかれていた。その上で魔物談義を引っ張り、遊ばれていた。遊ぶだけの余裕がフェリクスにはあった。グレアムにも。


「まず、入ってきた瞬間に違和感を持った。きみが婚約者以外をエスコートするなんて、冗談でもないだろうから」


「あー……」


 まさかの本人たちの演技ではなく、グレアムへの違和感がきっかけだったとは。一生懸命に演技の練習をしていた彼女たちを見ていただけに、グレアムにしてはめずらしく、ほんの少し、飴玉ひとつ分くらい申し訳ない気持ちになった。


 しかしそこから入れ替わりにまでたどり着くとは、さすがというかなんというか。


「あのときの殿下ったら、めちゃくちゃ嫉妬してましたもんね? ……ぶくく」


 取り繕わずに不快そうに眉を寄せる姿が愉快で、グレアムはまた笑う。


「俺みたいにもっと全力で気持ちを伝えたらいいのにー」


「それで愛想を尽かされかけているきみが言うのか」


「チェリーのあれは、照れ隠しなんで」


 人目があるところでのスキンシップが嫌なだけだ。嫌がるとわかっていてやっている確信犯だが、本気で嫌なら刺し違える覚悟で抵抗している。なんだかんだグレアムを突き放さないのは、グレアムに絆されているからにほかならない。


「ミスティア様と結婚するために健気にがんばったのに本人に伝わらないとか、殿下ったら、かわいそう」


 眼差しに凄みが増して、グレアムはくつくつ笑った。これはからかい甲斐がある。


「まぁまぁ、お詫びにコレあげますから、不敬罪はやめてくださいね」


 グレアムは上着の内ポケットから取り出した小瓶を、手近な棚の上へと、ことりと置いた。中にはわずかに残った薄紫の液。


「それは?」


「プレゼント。入れ替わりの魔法薬」


 チェリーが作った魔法薬の残りだ。


 チェリーの手によって嘘のような魔法薬が生み出されるのは毎回同じだが、同じ効果のものが生まれることはまずない。


 一度きりの奇跡。


 グレアムは残りの薬液をこっそりと回収しておいたのだ。


「あと一回くらいは使えそうだから、殿下に献上しよっかな、と」


「見返りは?」


 対価を求めていることをすぐに察したフェリクスはさすがだが、それほど警戒するようなことは望んでいない。


「そんな怖い顔しなくても、大それたお願いはしませんって。万が一、チェリーが単位を落としても、補習とかで卒業できるようにしてやってください」


 グレアムが今望んでいるものは本当にただひとつ。チェリーとの幸せな新婚生活だけなのだ。


 教師と繋がっているのなら手を回すくらい余裕だろう。


(卒業してくれないと結婚できないし)


 結婚できないということは初夜も先延ばしということで。


 早くチェリーの身も心も自分のものにしたいグレアムにとっては、死活問題だった。


「……対価に見合っていない気もするけれど」


 偶然の産物とはいえ、誰かと一日入れ替わることのできる魔法薬。その希少性は非常に高い。


「俺、チェリー以外特に興味ないし?」


 それにチェリーのやばい魔法薬は、持っているだけで面倒が起きそうなので、しかるべき相手に、しかるべき保管をしてもらうのが一番いい。


「まぁ、効果は半日だけですけど」


 それでも十分使い道はあるだろう。


「補習の件は伝えておくよ。……自力で卒業するに越したことはないと思うが」


「頭が悪いとこがまたかわいいんですよー」


 フェリクスには一生理解できないだろうが。


 一生懸命勉強していても、なぜかできない人間もいるのだ。その空回りっぷりがまた愛おしい


 だから余計な知恵はつけないでほしい。チェリーはあのままで最高にかわいいのだから。


「じゃあ、おやすみなさい、秘めた初恋を守った王子様。よい夢を」


 グレアムはひらりと窓から飛び降り、なにごともなかったかのように歩き出す。


(あ、そうだ。チェリーの寝込みを襲ってイタズラしよっと)


 グレアムはご機嫌に鼻歌を歌いながら、チェリーの自室へと続く道のりを、足取り軽く駆け出したのだった。




最後までお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
チェリーとグレアムは、この後、月へ移動したり? 色々伏線があって楽しかったです! チェリーとミスティの友情がいつまでも(王妃になっても)続きますように。
グレアムとチェリーカプ大好きでしたฅ^•ﻌ•^ฅ 面白かったです。 ってか 隣国王女は事故で魔物のお腹に収まるバッドエンドフラグはギリ回避? でも、国際問題あるらしいが いざとなったら問題ないように …
王子様が誰に使うか興味深かったけどおわっちゃったかー
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