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ベロニカの趣味

 ベロニカの父、マクロン・コールデン公爵(当時は令息)は、女癖が悪かった。

 酷い時は八股くらいして、美女と遊び歩いていた程だ。

 それには公爵家特有の、高位貴族である傲慢さも加わっていたのだろう。

 既に28才であったが独身の彼は、両親から結婚するように何度も迫られていた。

 そして遂に…………。


「お前がそんなにフラフラしているなら、お前の従兄弟サージェットにこの公爵家を継がせるぞ。お前は王宮での仕事もあるから、食うには困らないだろう。あとは好きにすれば良い!」


「ま、待って下さい。ちゃんと結婚しますから!」

「いや、もう別に期待しとらんし」

「ちょっと待って下さい。母上も止めて下さいよ」

「私も、もうどうでも良いわ」

「何でそんなに投げやりなんですか!?」


 いつまでも子供のように振る舞う息子に、いい加減見切りを付けようとした両親からの最後通告。

 一人息子である自分を放り出さないだろうと、安易に考えていたマクロンは途端に焦った。


(ば、馬鹿な。まさか俺を見捨てるのか? でも、父上は冗談なんて言わない人だ。まずいぞ、どうする?)



 そこで彼は結婚後も自由でいたいと考え、大人しくて友人も少ない侯爵令嬢、スザナ・エリボ(当時16才)に目を付けた。


 様々な浮き名を流すマクロンだが、スザナには婚約を正式に申し込み、夜会でもパーティーでも華麗にエスコートした。


「ああ。今日も素敵だよ、可愛いスザナ。君をエスコート出来て、俺は幸せだ」

「まあ! 私の方が幸せですわ。マクロン様はとても格好良いですから」

「嬉しいな。ありがとう」


 恥じらいながら、歓喜に沸くスザナ。周囲からの嫉妬の視線さえ、恐々ながらも優越感で心が満たされていく。

(私が選ばれたのよ、妻として。美しいあの方より、才女のあの方より、私が!)



 黒髪青目で美しく整った顔と、スラリと背が高いのに引き締まった体躯のマクロンは、まるで絵本の王子様のようだった。

 人見知りで、友人達も内気な者が殆どの彼女では、恋愛上級者のマクロンに太刀打ちできる筈もなく、『運命の人なのね』と、夢見がちに流れるように結婚を受け入れてしまった。

 

「スザナ様、お素敵ですわ。物語のようです」

「とても羨ましいです。お幸せに」

 年若い友人達は憧れの眼差しを送り、それもまたスザナを幸福にしたのだった。



 婚約や結婚の前には、母親である侯爵夫人は不安を呟いていた。可愛い我が子だが、マクロンに望まれる程の品格には達していないと思われたからだ。

 何しろ相手は美形で裕福な、次期公爵だ。

 それこそ公爵令嬢や我が国の王女、隣国の王女と彼との結婚を狙う女性はたくさんいるのだ。


「何故、スザナに? 私、心配だわ。この子にはもっと包容力のある、落ち着いた方が良いと思うの」


 それに対して父親の侯爵は、呑気であった。

「マクロン様ももう良い年齢だ。スザナなら妻として相応しいと思ったのだろう。何と言っても、向こうから結婚したいと求婚してきたのだからね」


 彼に夢中のスザナも、真剣に両親に伝える。

「そうですわ、お母様。マクロン様はきちんとエスコートして下さいますし、優しいです。私は彼と一緒にいたいのです」


「スザナ……でも、結婚したら変わるかもよ。それでも良いの?」

「私、頑張りますわ!」


 曇りなく言い切るスザナに、兄は反論するように声を荒げて伝えた。今止めなければ、後戻り出来ないと。


「結婚なんか、やめておけスザナ。お前に扱えるような男じゃない。絶っ対後悔するから!」

「やめて、お兄様。後悔なんてしないわ。私の愛で幸せな家庭を築くのだもの」


「そうか。なら頑張りなさい」

「はい。ありがとうございます。お父様、お母様」

「ちょっと父上!!! っ(もう、知らないぞ!)」


 涙ぐんで包容する父母と娘。

 それを呆れて見つめる兄。

(俺は何度も止めたからな。どう考えても妹はお飾りじゃないか。親なら、不幸になる前に止めろよ!)




 …………と、そんなこともありました。




◇◇◇

 結局兄の心配は当たってしまい、ベロニカを出産後は家に寄り付かなくなったマクロン。


「どうして……マクロン様。可愛い子も生まれたと言うのに。

 きっとこの子が、マクロン様に似ていないのが悪いのね……。

 ああベロニカ、貴女のせいよ。うっ、うっ」


 兄の読み通りの展開になり、スザナは泣き崩れた。

 部屋に篭り、さながら悲劇のヒロインのように。


 こんな有り様で子育てがうまくいく筈もなく、使用人達がベロニカを育て始めていく。

 そして両親の愛を知らずに育っていくのだ。



 その後ストレス解消の為に、有り余る夫人の予算で買い物に興じるスザナ。

 最早買うことが目的で、手当たり次第に宝石やドレスを購入していく。


 当然夫人予算だけでは足なくなり、不足分は公爵家の当主であるマクロンに請求が回される。

 それを注意するマクロンに、スザナは絶望の涙を見せた。


「どうなっているんだい? 君には十分な額を渡している筈なのに。王族でもここまで一度に、この金額は使わないぞ!」


「だって、寂しかったんですもの。いつも貴方はいないし、子供は懐かないし……。怒ってばかりいないで、少しは家に帰って来て下さいよ」


「ああもう、喚くなよ。煩わしくないように、大人しそうな君を選んだのに。

 どうやら失敗だったみたいだ。

 今度からは、買い物は夫人予算内で頼むよ。

 それを越えれば侯爵家に請求をまわすからね。

 もし寂しいなら、侯爵家に泊まりに行って良いから。  

 期限は決めないから、好きな時に行くと良い」


 そう言ったすぐ後に踵を返し、公爵家から去っていくマクロン。


「ああ、酷いわ。こんなことなら、結婚するんじゃなかった。私は世界一不幸だわ。うわぁ~ん」



 この時になり、結婚前の嘲笑を思い出すスザナ。


『どうせ、貴女なんか愛されないわ。若くて何も知らないうちに娶られて、お気の毒ね。

 うふふっ』


『身の程を知らない愚かな女ね。あの方は儚げなお顔が好きなのに。目のつり上がったキツイ顔は、好みではなくてよ。くすっ』


『生家が侯爵家で大人しいから、選ばれたのよ。家格が低ければ、見向きもされないわ。おほほっ』


「ああぁ、こんなはずじゃなかったのに! 

もう、いやあああ!!!」


 髪を振り乱しワインを片手に、泥酔しくだを巻くことも頻繁に見られていた。




 これが幼いベロニカが見てきた真実である。


「お母様は不幸なのね。可哀想ね」

「お嬢様! こちらでクッキーを食べましょう。ココアも入れますからね」


 そんな時侍女達はスザナからベロニカを遠ざけ、大袈裟なくらいに楽しい話をした。

 だからこそベロニカは、悲しい思いを引きずらずに生きて来られたのだ。



 侍女長ミランと家令ビルア、執事キュロストは、つぶさに公爵家を見守ってきた。

 いつかは夫婦どちらかが家庭を振り返ることを、そして国の要である公爵家の責務を思い出すことを。

 ずっと願いながら待った。


 そしていつの頃からか、

 母親が可哀想だと言って、自分の寂しさや弱さを見せずに頑張るベロニカを支えるのだった。




◇◇◇

 使用人達と暮らすベロニカは、母親の散財を見て育ったことで、贅沢をしない子に育った。


 ミランが新しいアクセサリーの購入を薦めても、侍女達が最新のファッションの話をしながら、ドレスの購入を薦めても、食指が動かないベロニカ。


「そうねえ。素敵だけど、どれも高いわよね。私は今ある物で良いわ」

「ドレスも高いわね。ねえ、ミラン。お母様の着なくなったドレスのアレンジをして、私が着られないかしら? 

 私にお裁縫を教えてくれば、自分で直せると思うんだけど……」


「お嬢様。ドレスならば、私達にお任せ下さい。きっと素晴らしい物に仕上げますから!」

「奥様の宝石の中から良い物を加工して、流行りの形に仕上げて貰いますわ! 購入ではないので安く出来ますから!」

 

「じゃあ、お願いします。仕事を増やしてごめんね」

「「「謝らないで下さい、お嬢様。こう言うのは楽しいので、みんないくらでもやりたがりますから!」」」



 使用人達は懸命にベロニカに促した。

 買わないのならせめて素敵にリメイクするのだと、張り切って動きだした。




◇◇◇

 ベロニカが5才の時には、マクロンは殆ど公爵家に寄り付かず、スザナは生家のエリボ侯爵家から戻って来なくなっていた。

 家令と執事に執務は丸投げだった為、前公爵に相談しようと思った時に矢先、ベロニカが執務をすると言い出したのだ。


「ビルアとキュロストには、いつも苦労をかけるわね。

 私が出来ることを教えて頂戴。これでも公爵令嬢なのだから。

 まずは家政執務からお願い。お母様の仕事は私がするわ」

 


 家庭教師(ガヴァネス)に学ぶことで、貴族の矜持を教えられたベロニカは、家のことを考え始める。

 優秀な教師であるピルケは、老成したようなベロニカにはオブラートに包まず現実を伝えた。


 少なからず衝撃を受けた彼女(ベロニカ)だったが、すぐに気持ちを切り替えて、公爵家の政務を行おうと思ったのだった。

 それから貴族の義務としてビルアとキュロストに教えを乞うベロニカは、誰よりも貴族らしいと公爵家の全員が認めたのだ。




◇◇◇

 今はエリボ侯爵家にいるスザナは、以前購入したアクセサリーやドレスをそのまま公爵家に残していった。

 彼女(スザナ)の部屋には手付かずで袖を通さない物が山と積んである。


 現在は購入した物をエリボ侯爵邸に運び込み、流行の物を身に着けているらしい。


 ベロニカが公爵邸にある物をどうするのか手紙を送った際、「もういらないから、棄てるかあげて頂戴」と連絡が来た。

 公爵夫人が購入した物を売れば困窮していると思われる為、切羽詰まった時でないとそれは出来ないと知っていたらしい。


 けれどベロニカは、それを聞いて悲しく思った。

 税金で購入した物を大事にしない母親に対して。


 せめてエリボ侯爵家で大事に保管してくれれば、それで良かったのに。



 そしてその頃、国王から王太子妃にとの打診があり、ますますベロニカは多忙となっていくのだった。





◇◇◇

 王太子妃教育で外交先や商人から物の目利きを学んだベロニカは、自己のお小遣いで宝石店へ投資をするようになった。

 時々原石を買い付けて、職人にデザイン画を渡して加工して貰うことも。

 そしてそれを売って得た資金をまた投資にまわし、一財産を築いていく。



 山のように積まれたスザナの宝石を、ベロニカが幼い時は侍女達がデザインして加工を依頼し、成長すると自らデザインすることを楽しんでいた。


 時にスザナは騙されていたようで、ジルコニア(魔法で作られた人工ダイアモンド)のような疑似宝石も高額で購入していたようだった。


 それが分かるのも、幼い時からリメイクに特化してきたからだろう。

 それはベロニカも侍女達も同様の特技となった。

 今後も偽物を掴まされることはない筈だ。


「模造宝石もガラス玉も、砕いて使えばとても綺麗よ。駄目な宝石なんてないのだから」

「本当にそうですね。用途に合わせて使えば、全ての宝石が輝けますね」


「お嬢様の縁取りデザインが素敵なのよ。見ているだけで心がときめきます」


「「「本当にね。全部買って眺めたいですよ~」」」

「たはは、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」


「お世辞じゃないです~。信じてくださいよ!」

「はいはい。ありがとうね、フフフッ」



◇◇◇

 その後も彼女は公爵家に帰って来ない両親の代わりに、領地経営、家政経営、王太子妃教育、王太子の仕事やフォロー等を、家令と執事と共に必死で熟し続けていった。


 彼女が得ていたのは、父が昔に決めた令嬢のお小遣い程度で、その利益は家に蓄えられていったが。


 その中でも孤児院や教会には定期的にお金を寄付し、バザーではスザナの衣類を解体して、鞄やハンカチ、シュシュ等を量産した。

 レースがたくさん使われて、華があると評判になる程に。

 元が分からないように加工し、材料費も節約出来て一石二鳥だった。





◇◇◇

 ちなみにソルティーは、後からベロニカに雇われた元隠密の一人である。

 彼女のことを好きになった彼は、宝石のデザインやカットを始め、役立ちたくて土地管理者資格まで取得している。


 彼女の過去を家令ビルアに聞いた時、彼は盛大に泣き、「僕が彼女を守る!」と誓ったと言う。

 


 マクロンの父、前公爵は、今でもマクロンの従兄弟サージェットを後継にした方が良いと思っている。

(前公爵は真面目に貯金していたので、公爵家に頼らず完全に独立している)


 今のところ、何とかマクロンが政務を熟しているが、国王にも父親にも半分見放されている状態なのは、間違いない。


 最終的に選び抜いた、真実の愛だと思っていた愛人には逃げられ、再度何かやらかせば即廃嫡の危機の上に立っている。





 スザナはマクロンとの離婚後も贅沢が止められず、生家でもそれを続け、兄夫婦に追い出された。

 僅かに得た慰謝料はすぐになくなり、彼女の散財を知る貴族からは敬遠され、再婚も出来なかった。

 ひっそりと隠居先の両親と暮らすスザナだ。


「やっぱりあの結婚は、止めておけば良かったわね」

「あんなに酷い男だと見極められず、すまなかったな」


「いいえ、私が悪いのです。ベロニカを育てもせず、義務も果たさずに贅沢ばかりして。因果応報ですわ」


「スザナ……。ゆっくり暮らそう。手に職がつけられるように、何か内職でもしながら」

「ええ、そうですね。私は刺繍が得意なので、ハンカチ等に施して売ってみますわ」


「私も一緒にやります。楽しみながら、頑張りましょう」

「そうですね。お母様と同じ趣味が楽しめるのも、嬉しいです」


「そうね。こう言うのも良いわね」

「はい。……ごめんなさい、こんな親不孝で。うっ」


「そんなことないよ。いつでもお前は可愛い娘だ。もっと早く散財を諌めていればな……」

「良いのです。お父様は私の気持ちを考えて、見守って悩んでいたのでしょう。……今になってやっと分かりました」


「……貴女が傷ついたのは、噂でも聞いていたの。さっさと離縁させれば良かった」

「……あんな夫でも、好きだったの。いつか迎えに来てくれることを夢見ていたの。

 だからきっと、離縁は出来なかった……。

 今はもう、さすがに踏ん切りがついて、気持ちが楽になりました」


「うっ、そうね。一生懸命に愛したのね。愛だけは一人でどうにもならないものね……」

「はい。マクロン様のことはもう諦めました。いつかベロニカに謝ることが今の目標です」


「そうよね。頑張りましょう」

「はい…………はい………………うっ」


 その日だけは、みんなで泣きながら夕食を食べた。

 でも翌日からは、笑顔で前を向き始めるのだった。


 もうここにはいない娘と、いつか言葉が交わせるように。




 国王の隠密はそれを主に報告し、愛に振り回されたスザナを憐れに思うのだった。


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