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ベロニカの隠密達

11/21 19時 たくさんの誤字を教えて下さり、ありがとうございます。大変助かります(*^^*)

12/29 3時 誤字報告ありがとうございました。

大変助かります(*^^*)

「お嬢さん、僕珍しい石を見つけたよ。見てみて!」


「まあ。これは大きなトパーズね。すごいわ、インペリアルじゃないかしら、これ?」



 インペリアルトパーズは皇帝の名を持つ、透明感のあるオレンジがかったイエローの珍しい宝石だ。


 ここはある元貴族から買い取った山の一つ。

 今は閉じた鉱山を流れる川から、クリスタルクォーツ・トパーズ・ベリル・フローライトなど、数十種類もの鉱物が今でも時々採れるのだ。



 その川の水は貯水され大きな沼になっていた。

 せき止められた場所()には、今は鯉や海老が生息している。


 鉱山開発が活発だった時、この地域は公害を避ける為に廃村となった。

 この地を統治する貴族は善良だったので、※液状廃棄物による鉱害のことを領民へ伝え、代替え地に移動させた。

 鉱山労働者達にも害が少ないようにマスクを着用させ換気も十分に行わせた。

 休憩時の飲水は多量に支給し、山の汚染がない水分を取らせた。


(※液状廃棄物……鉱業を行う事業場から出る物質。 主として坑水,精錬洗浄廃水などで,金属,鉱酸,鉱滓,微粒子などがおもな汚濁原因となり,廃ガスとともに鉱害の主要な原因となる)




「作業効率は下がっても構わないんだ。怪我をしないように、少しずつ掘り出して下さい。一度にたくさん採れ過ぎると、値段が下がってしまいますからね。はははっ」


 これがここを管理する貴族の言い分だった。

 鉱夫達は給金も良くて心遣ってくれる雇い主に感謝し、事故も少なく長く働いた。

 貴族の方も熟練者に良く働いて貰えたと喜んでいた。

 売り上げの方は事故がない分、他の山より良かったそうだ。



 閉山してからは川や沼が綺麗になるように、ミジンコ(プランクトンの一種)を放ったり、沼のヘドロを掻き出して埋める作業を繰り返し、水質や土壌の改善を図っていった。


 汚染を調査する者への教育も、同時に行われていた。

 20年、それを繰り返す。

 その貴族は代替わりしたが、その期間までは人を住ませずにいた。


 もしかしたら、前世の記憶を持っていた者が関係者に居たのかもしれない。


 そしてその地は、汚染が取り除かれた。

 今はもう人が住める肥沃な大地だ。

 それを所有していた貴族の子孫は、ずいぶんと前に大商人の家に婿入りしていた。


 この国の貴族は行政改革後に解体され、既存の資産所持のみが許された。

 私有地所持の税金も高額になり、土地を手放す者が続出していく。

 今までは汚染地と判断され、税金がほぼなかったこの場所だが、近々汚染がないことが正式に判断されれば、莫大な税金がかかるだろう。

 新制度の土地管理には資格を持つ管理者が必要で、ただの商人には領地の経営は出来ない仕組みとなった。

 管理者を雇う資金と手間を考えて売却することを選んだらしい。



 ただ商人は、国の調査が入る前に恩人である者に土地を売却することにした。

 そして購入したのがベロニカだったのだ。



 勿論ベロニカと商人は無関係である。

 恩人は侍女長ミランの亡き夫だったカールナルだ。

 数十年前、幾人かの貴族達が手を組み、汚職をする特権階級の貴族を解体し潰れそうな国を救った。

 カールナルはこの国の行政改革で国の重鎮だったこの商人の父親達を、暴漢や刺客達から救った命の恩人だ。

 それは任務でこの国にいたカールナルに、たまたま起きた出来事だった。

 商人はそれをずっと覚えていたから、カールナル亡き後もミランと連絡を取っていた。

 その際に得た情報が、今回の購入に繋がったのだ。




◇◇◇

「こんなに木々や自然が豊かな大地で、山から川に宝石が流れて来る。本当に不思議な場所ね。ふふふっ」


 今はこんなに楽しそうに微笑むベロニカだが、昔から彼女に付き従う護衛と隠密達は、彼女が辛かった時期を知っている。


 ドミナ、ダンソン、ソルティー、ブレインは、ベロニカの隠密である。ただベロニカは彼らが隠密だと思っていない。

 ベロニカはウィルデンガーとの婚約を辞めようと思った時から使用人を減らすことを考え、公爵家に昔から仕える家令ビルア、執事キュロスト、侍女長ミランと護衛のアークス、シング、ラナイ、ヒュドミラス、マルサに、いろいろと相談していた。



「お嬢様の固い意志は分かりました。ではその日に備えて臨時の使用人を雇っては如何ですか? 

 若いアルバイトの者なら、良いと思いますよ。

 始めから期限を決めて雇うのです。

 都度話し合って更新したり、雇い止めをするのです。

 それなら、おたがいに利害が一致するのではないですか?」


「そうね、それが良いわ。突然解雇されたら予定も狂うものね。期限を決めれば相手の方も動きやすいわよね」


「私もそう思うますよ、お嬢様」

「良い案だと思います」

「では紹介所に依頼しておきましょう」


「ええ、お願いね」

「人数は幾人ほどに致しましょうか?」


「そうね。貴方達以外を解雇するなら、4、5人かしら? 私も出来ることは訓練するしね」

「分かりました。良い者を見繕って来ましょう」

「じゃあ、お願いね」



 家令と執事は紹介所ではなく、王弟ジョルニアンの元に向かった。

 ベロニカがウィルデンガーとガーベラが結ばれるのを願って、婚約者を降りるつもりだと言うことを伝えに。


「そうか、ベロニカが。もうそれほど考えているなら、修正は不可能だろうね。仕方ない、か」


 一介の家令と執事が王弟ジョルニアンに会うなど、普通ならば叶わない。

 だから2人はこっそり忍び込んだが、王弟はそれを許している。


 何故ならコールデン公爵家の家令や執事は元王家の隠密で、幼少期の王弟ジョルニアンは彼らに守られてきた。

 そしてコールデン公爵家は数代前に王子が婿入りしている王家の血筋で、王家に何かあった場合、次の王となる継承権を持つ家だ。

 その為王家からの紹介で、隠密達が公爵家の使用人として配属されていたのだ。

 普通は気づきそうなものだが、マクロンはそこら辺がいい加減で、必要以上に学ぶことを拒否した結果、醜態を晒すことになった。


「王家の歴史? 昔のことなんて聞かなくて良いよ」なんて具合に。


 彼は家庭教師の教えることは勿論のこと、父親から伝えられた裏の歴史さえ聞き流す。

 それでいてマナーとか社交、領地に関する知識など、貴族にとって最低限のことだけは人並み以上の成果をあげていた。


 当たり前だが、隠密には報告義務が発生する。

 醜聞になるような、金銭や女性関係について特異なものがあった際は特に。

 愛人や第二夫人を持つ場合など、妻以外の女性と付き合うにもルールがある。

 本妻を蔑ろにしない程度の配慮が普通であるのに、彼はそれを軽く逸脱していた。

 妻となった者も大概で、夫に諫言することもなく全ての仕事を放棄し生家に帰ってしまっていた。

 娘さえ放置して。



 それを知る王弟ジョルニアンなので、ある程度ベロニカの願いを叶えたい気持ちではいたが、最悪の結果に落ち着いたことに僅か動揺した。

 それでも彼は大きな代償を覚悟し、それを認めることにした。

 ただギリギリまで様子を見て欲しいと家令達に願いを伝える。


 大きな代償とは彼が表舞台にも出ること。

 即ち国王となることだった。




◇◇◇

 王弟ジョルニアンは、国王アーロンの15才差の弟である。

 既に大人であった兄から可愛がられていた彼は、兄と傍に寄り添うプリングの2人が大好きだった。

 義理の姉になるプリングは気品がありたおやかで、それが初恋に繋がることは自然な成り行きだった。


 それがだ。

 子爵令嬢ゼリーニとアーロンは恋仲になり、プリングを蔑ろにし始めたのだ。

 勿論国王、王妃と共に、ジョルニアンも激しくアーロンに諫言した。


「これまで尽くしてくれたプリング様に、申し訳ないと思わないのですか? 目を覚まして下さい、兄上!」


「………ねえ、ジョルニアン。お前にはまだ分からないだろうけれど、この身がどうなろうと彼女とは離れられない。愛しているんだ。私は国王にならなくても良いから、彼女と結ばれたい」



 恋に盲目なアーロンは、寂しそうに愛しい弟を見つめて呟いた。

 既に冷静な判断が出来ないさまに、ジョルニアンは愕然とする。



 ああ、駄目だ。

 あんなに敬愛していた兄が遠くに感じる。

 国を背負っていく為にたくさん学び、剣技も鍛練を欠かさず尊敬して来た方が、愛などで道を踏み外すなど。


「殺すか? 子爵令嬢ゼリーニを」


 怜悧冷徹に呟くジョルニアンは、この時6才。

 3才の頃より物の道理を知り、人の機微を知る聡い者であった。

 それを見ていた当時の国王は目を細め、産まれた順番を憂いた。


「この子が先に生まれていれば、こんなに悩むことはなかっただろうに」


 アーロンとは比べようもないほどに、ジョルニアンはあらゆる面で秀でていた。

 せめて5才差くらいなら、アーロンを自由にしてやれたのに。

 だがジョルニアンはまだ幼く、成人まではまだ遠い。

 尤も大切なのは治世の安定であり、既に王太子となっているアーロンの地位を揺るがすことは、プリング及びレッドビーン公爵とも敵対することになるだろう。


 特にプリングの秀抜さは群を抜いており、常に凡庸なアーロンを支えて来たのだ。

 偏に王妃になる為に。



 アーロンと彼女(プリング)は3才差で、今年学園卒業と同時に結婚となる手筈だ。

 アーロンとゼリーニは学園で出会い、級友から恋人になったと言う。

 ただ隠密の情報では2人は手を握ることもなく、手紙で愛を囁く清いものだそう。

 だからこそ、此方も手が出せないのだ。


 国王は最悪を想定し、ジョルニアンに帝王学教育を施すことにした。

 アーロンが思い直し、ゼリーニを側室にする程度ならば、プリングにも申し訳が立つだろう。

 だがそうでない場合、公爵家に恨みを買うことになれば、アーロンも無事では居られないだろうから。


 そんな感じでアーロンの婚約破棄前後には、水面下で駆け引きが続けられていたのだ。


 ジョルニアンは、最後まで国王に進言していた。


「お願いです、父上。今の兄上は何をしでかすか分かりません。確実にゼリーニ嬢を排除しましょう! 僕の隠密なら、行動パターンも把握しておりますから」


 その意見を国王は退けたが、後悔することになるのだ。




◇◇◇

 結局単独で、何でもない舞踏会で婚約破棄をしたアーロン。

 どれだけジョルニアンが怒りに燃えたかは、想像するに難くない。

 国王はもう頭が上がらなくなっていた。



 国王はレッドビーン公爵夫妻に平伏して謝罪し、言うがままに慰謝料を渡し、何とか謀反の気持ちを収めて貰った。

 共に謝罪したアーロンは、国王である父の謝罪姿を見て自分の愚かさを初めて認識した。


(ゼリーニのことを認めて欲しいと思い、あんなに大勢の前でプリングを傷つけて泣かせてしまった。

 何と言うことをしてしまったのだろう。

 それに父上にまでこんなことをさせてしまった。

 どんなに矜持を傷つけたことだろう。

 俺のせいでごめんなさい!)



 その後アーロンは国王となるまでは、服の一つも新調出来ず、ゼリーニも王妃のお下がりを着て過ごすことになった。

 ゼリーニは本当にアーロンが好きなようで、王太子妃教育を真面目に受け、いつも礼儀正しく過ごしていた。

 高位貴族果ては下位貴族からは遠回しに嫌みを、使用人にさえ冷たい目で見られていたが、不満も言わずにじっと堪えていた。


 国王と王妃からは距離を取られ、特にジョルニアンには塩対応を受けていたが、言い返すこともなく微笑んで過ごす日々を送る。


 それをアーロンが懸命に励ましながら、陰ながら泣く彼女を抱き締めながら、手を取り合って前に進んで行った。

 さすがにもう、家族だけは許してあげようとした時、衝撃的な小説『微笑むリトルフラワーは、僕の最愛』が発売された。

 この物語はフィクションですと銘打って。



 どう考えても、アーロンとプリング達の話だった。

 だがその内容は、王太子と男爵令嬢の真実の愛だった。

 王太子が深く葛藤しながら、どんな風に結婚に至ったのかが書いてあった。



「「「ほとんど、嘘じゃないか!」」」



 プリングのこと以外は、大層な美化した内容が盛られていた。

 何ならプリングの方も少し盛ってある。

 しかも書いたのはプリングの兄の嫁(義姉)だった。

 取り締まることも出来ないではないか。



 だがこの小説が、市井の人々の中で真実の様に語られ、アーロンとゼリーニは祝福されたのだ。

 シンデレラストリーだと憧れられた。

 それからは貴族達からも、アーロン達は受け入れられるようになったのだ。

 少なからず小説の影響があったことは言うまでもない。


 ずっと戒めて暮らしていたアーロン達だが、子供が出来てからは親バカになっていった。

 このままでは1人息子のウィルデンガーが、やらかしてしまいそうだ。




◇◇◇

 ジョルニアンはアーロンが婚約破棄をした後、国王からアーロンを支えるべく影(隠密)の実権を、少しずつ任されることになった。

 その初期メンバーが、現在ベロニカの使用人達(侍女長ミラン、家令ビルア、執事キュロスト。他にもジョルニアンの隠密はたくさんいる)である。


 当時は若手だったが、時を経た今も衰えはほぼないようだ。

 因みに護衛5人ジョリール、アークス、シング、ラナイ、ヒュドミラスは、ビルアの元部下である。


 ジョルニアンはウィルデンガーの婚約者候補の貴族邸に隠密を放ち、反意がないかを確認していった。

 その中でアーロンが選んだベロニカは、性格も良く優秀なのでジョルニアンも反対しなかった。

 ただ家庭環境に多少問題はあったが目を瞑った。



 そんなこんなで、アーロンが学園の隠密を勝手に引き揚げたり、ウィルデンガーの浮気に注意しなかったり、ベロニカに頼り過ぎたり、いろいろあった。

 その後ベロニカの隠密や護衛達が、年齢を理由に退職したいと申し出て来た。

 隠密からベロニカの使用人になりたいと言う。

 だから代わりに若手(ドミナ、ダンソン、ソルティー、ブレイン)を送ったのに、その者達もベロニカについて行きたいと言って来た。



「なあ分かってんの? お前らを1人前にするのにいくらかかっているのか。税金だよ、もう!」



 もう良いよ。

 俺もベロニカのことは危なっかしいと思ってるから。

 きっと1人で歩かせたら、すぐ騙されると思うよ。

 何かさ、箱入りとかじゃなくて、精神が5才児なんだよ。

 穢れなき幼児。

 これだ、赤ちゃんみたいなもん。

 じゃあしょうがないな。


 と言うことで、ベロニカには12人の隠密が同行しているのだ。




◇◇◇

 話は戻り。

 そしてこの地を購入したのは、ベロニカの故郷を作る為だ。

 もうベロニカは故郷の国に帰ることはない。

 国に立ち寄っても両親に会うことはなく、友人達と顔を会わせるくらいだろう。


 だからこそ、肥沃な大地を手に入れた隠密達だ。


「私にはもう、故郷に帰る場所がないのね。………少し寂しいわ」


 販売店舗に指輪を買いに来たカップルが、故郷で式をあげるのよ。

 なんて話していた時、確かに彼女は店の隅で呟いていた。

 だから隠密達は、自分達の終の棲家にしても良いからと思い、自費でも購入をしようと思っていた。

 だがベロニカは、ゆっくり出来る場所が欲しかったのと微笑んで、その場所を一目見て気に入ったのだ。



 幸運なことに、前述した形で安く購入できたので、ベロニカの資産で十分購入出来た土地。

 その場所は年中暖かく、土地を休ませていたことで何を植えても上手く行くのが確実だ。


 そんな時にある商人から連絡が来た。

 その商人もこの土地を狙っていたらしい。


「ずうずうしい提案なのですが、ここにカカオを植えてくださいませんか? 

 収穫した実は他の買い手より高く値を付けますから。

 それにカカオの木も無料で差し上げますから。

 ついでに働き手も」


「ええと、相談してからでも良いですか?」

「勿論ですわ。でもとても困っていて。出来るだけお願いします」


 そう言って頭を深く下げて去って行ったのは、母親と同じくらいの年齢の女性だ。

 とても美人で少しつり目の自分と同じような雰囲気の女性だった。


「何だか他人のように思えないわ。何処かで会ったかしら?」


 彼女は主に和菓子を作製・販売する大きな商会の商会長らしい。

 カカオの木を育てていた地で、天敵の蛾の大発生により大ダメージを受け、生き残った木用の代替え地を探していたようだ。

 木はもう6年目で、実もつけているそうだ。

 一度枯れてしまうと、苗木から育てても4年は実を付けられず大変困っていると言う。


「それなら仕方ないわね。じゃあ、木を受け入れましょうか?」

「そうですね。あの方の身元はしっかりしておりますから、詐欺ではないでしょう」


「でも木を植えたら畑には出来なくなるよ、良いの?」

「まあ、良いわ。今は何もないもの。でもなるべく森に近い場所に植えましょうか? 川も近いし大きくなれるわ」


「小豆菓子を世に広めた貢献者なんだって。今は各店舗で、あんことチョコの併せ載っけパフェとかフルーツあんみつが人気みたい。

 ココアって言う飲み物も、その人が遠方の人にレシピを聞いて流行らせたらしいよ。

 それもカカオの実から出来るんだってさ」


「スゴいわね。チョコなんて、なかなか手に入らないもんね。ココアも甘いのかしらね?」



 商人に返事をする前に、隠密達がいろいろ調査した結果。

 彼女が件のプリング・レッドビーン元公爵令嬢だと分かった。

 小説では名前は違ったし、本来ならたぶん教えてくれる母親とも縁が薄かったし、公にはみんな話さないしで、実在の人物だと思っていなかったベロニカだが、若い隠密ドンナの一言で判明した。


「この人、お嬢さんのバイブルの悪役令嬢の人じゃん!」

「えー! 実在の人物なの? 嘘っ!」

「ホント、ホント」



 ちなみに侍女長のミランが教えなかったのは、ちょっと事実と違い過ぎるからであった。

 ウィルデンガーの両親(国王達)がそれだと分かれば、複雑だったろうし。

 なのでプリング様はだいたい同じだけど、国王夫妻は盛ってあるからねと即座に補足していたミラン。




◇◇◇

 まあそんな訳で、カカオの木を引き受けたベロニカ。


「ありがとう、ありがとう。もう新作お菓子たくさん持って来るからね」


 両手を握られ、ぶんぶんと上下に振られた。

 思っていた以上にパワフルな人だ。


「それとね。今までこの木を管理していた子達を、ここに連れて来たいのよ。良いかしら?」


 確かに私達で木の管理は出来ない。

 でもここに住むなら、私達の土地の住民になる。

 土地を貸すのではなくて、木も買い取らせて貰おう。

 ちなみに土地管理者資格は、若い隠密のソルティーが取得済みである。


「私の土地の住民になるのですから、まずはいろいろ聞かせて貰っても良いですか?」



 話を聞けば、その子らはいろいろな地から来た孤児らしい。

 プリングさんは和菓子の新作を作る為に、世界を旅してまわっていたが、出会った子を片っ端から保護して連れて来たと言うのだ。



「ほら、私って大富豪だから。これも元貴族の義務ってやつなのよ」


 なんて言うプリングさんは、大きな口を開けて笑っていた。

 だからここに来て良いなら、家も学校も病院も商店も浴場も建ててくれると言うのだ。

 すごいことだ。(元貴族と言うのは、夫が平民だからです)


 私は自分達の住む家と、カカオの木を管理する従業員の家があれば良いと思っていたのに。

 そうか、だから土地管理者の資格がいるのね。

 たくさんの人を支える為に。



 規模の大きさに目眩がした。

 けれど私だって後には引けないわ。

 今はそれを出せる資金力はないけど、いつか宝石の仕事で返せるように分割払いにして貰おう。


 そんな話をすれば、「初期設備だからいらない。その代わり、私の代わりに子供達を見捨てないで見て欲しいの」と言う。


 プリングさんは他にも孤児を面倒見ているらしく、ここまでは頻繁に来られないらしい。

 彼女の夫は医師で、貧しい人を無料で診察する仕事をしているそう。

 娘さんと息子さんは菓子職人として留学中で、今はバラバラに暮らしていると言う。



「家はみんな好きなことをしているの。私は運良くお金があるから、いろいろな人に援助をしているのよ。

 よく夫はヒモかよとからかう人もいるけど、私のお金がなくなったら勤務医になると約束したわ。

 子供達の援助も20才までと決めているしね。

 惜しみ無く与えることはしないわよ」


 なんて強気に言われ、あれよあれよという間に、村が出来て、人が引っ越して来た。

 (ベロニカ)が村長らしい。


 しっかりカカオの木を植えて、移り住む人の紹介を一人一人して「よろしくねっ」と言って、去って行ったプリングさん。


「「「「よろしくお願いします」」」」


 子供達も、学校や病院、商店の関係者も、元気良く挨拶してくれた。

 私達も挨拶して、一緒に村をまわったの。

 不思議な気分だったけど、楽しかった。

 みんなが家族みたいで。



 プリングさんは私達の家を、旅館みたいに立派に作り上げてくれた。

 大きなお風呂も完備されていた。

 いつか来た時に泊めて貰うからだと言って笑って。



 私は帰る前に彼女(プリングさん)を引き止めて、小説にサインを貰った。

 彼女は恥ずかしそうに笑ったけれど、宝物だと力説したら頭を撫でてくれた。


「これからも頑張るのよ。応援しているからね」

「はい。ありがとうございました!」


 微笑んで別れた私達。

 彼女は馬車に乗っても、手を振ってくれて、私も馬車が見えなくなるまで振り返した。

 ちょっとだけ涙が零れていた。


「ありがとうございまーーーす!!!」




◇◇◇

 私は明日宝石店に戻り、デザイン案を職人さんに渡して加工して貰う。

 村にばかりはいられない。

 若い使用人は期限なく雇うことにした。

 もう離れがたくなってしまったからだ。


 侍女長ミラン、家令ビルア、執事キュロストは、村で邸の管理をして貰うことになった。

 護衛の5人ジョリール、アークス、シング、ラナイ、ヒュドミラスは、2人づつ交代で来て貰う以外は、村で子供達に剣術を教えて貰うようにした。

 やはり村には戦える人が必要だからだ。

 村の商人も護衛を雇っているが、それは商人の護衛だからあてには出来ない。


 建物は纏まって立っているが、村の守りが今後の課題だ。

 村人が自衛できる訓練は今後も続くそうだ。


 ベロニカは知らないが実は最強の隠密達がいる村は、他の場所より安全だが、みんなで作り上げる今が一番楽しいのかもしれない。


 既にベロニカの職員の勤務体系は、週休2日である。

 ベロニカ達は週末を村で、いや故郷で過ごすことを楽しみにしている。



「「「「「ただいまっ!!!」」」」」

「「「「「おかえりなさい!!!」」」」」



 今日もベロニカ達は、元気に暮らしている。




◇◇◇

「お姉ちゃん。見てキラキラの石だよ」

「どれどれ。あらっ、それはルビーよ。素敵ね」

「じゃあ、あげるよ。はい」


 掌に小さな宝石を載せてくれる可愛い子は、まだ6才くらいだ。

 私に綺麗なプレゼントをくれた。


「ありがとう。ところで貴方は何色が好きなの?」

「私は青い色が好き。晴れたお空の色だから」

「そうなのね。分かったわ」


 私はその子にブルートパーズを加工し、巾着に付けてプレゼントした。


「わあ、ありがとう。お姉ちゃん」

「どういたしまして」


 無邪気に微笑んでくれることがとても嬉しかった。



 それからは順番に子供達の好きな色を聞いて、川で宝石を拾って同じようにプレゼントをした。

 子供達は喜んでくれていた。

 使って欲しいけれど、大事に保管しているらしい。


 私は「いっぺんに縫ってあげたいけれど、不器用だから1人ずつでごめんね」と言いながら、作製していく。

 子供達は「お姉ちゃんは確かに不器用そうだもん。のんびり待ってるよ」と言ってくれた。


 最初の子にプレゼントした時、寂しそうにしている子がいることで気がついた。

 みんな孤児の子だったことに。

 それからは心細い思いをさせないように、気を配るようになった私。

 弟妹がいる気持ちが分かった気がして、少し大人になった気がしたの。



 その後少し大きくなった子は、学校の先生と相談してから進路を決めていた。

 ずっとカカオの木の世話をする必要はないのだ。

 そもそも専任の大人の担当者がいるのだから。


 カカオの世話をすると言うのは方便で、草取りを少ししたり、水を少しあげるだけでも仕事としている。

 だって3才や4才の子がそんなに仕事が出来るわけがない。

 ただ孤児達は役に立たないと捨てられる恐怖があるようで、仕事をさせているのだ。


「あなたが必要だよ。ありがとう」と声をかけながら。


 その後もプリングさんは、何人かの孤児を連れて来た。

 その子達に合いそうな場所を選んでいるらしい。

 私の方は何人でも大歓迎だ。

 土日しかいない私だけど、ミランもビルア達も良いと言ってくれてくれるから頼っている。


 そのうち私の仕事に、興味を持ってくれる子が出てくれば良いななんても思っている。

 たくさんのぷくぷくな笑顔に囲まれた、私は今幸せだ。







◇◇◇

 何だかんだ言っても、ベロニカは責任感が強い。

 今までは庇護されてばかりの彼女は、世話を焼く子供達が出来て、立派なお姉ちゃんになれたのだった。


 この村には他にも山があり、3つ程のミネラルたっぷりの川が流れ、肥沃な土地は多くの実りをもたらしている。





補足1) 子供達が川で拾った宝石はベロニカが集めて、代金分を子供達全員の洋服代にまわしている。「みんなで集めたお金で買ったよ」と言えば、罪悪感もないみたいなので。その宝石はいつまでも、ベロニカの宝石箱に入っている。

補足2) 若い隠密以外の使用人は、夫や妻が亡くなっているか離婚しています。またはずっと独身です。



 何だかんだ言っても、ベロニカは責任感が強い。

 今までは庇護されてばかりの彼女は、世話を焼く子供達が出来て、立派なお姉ちゃんになれたのだった。


 この村には他にも山があり、3つ程のミネラルたっぷりの川が流れ、肥沃な土地は多くの実りをもたらしている。



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