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小説の中の公爵令嬢

ちょっと裏話的な物を書いてみました。1話目のイメージが変わったらごめんなさい。

11/16 1時 誤字報告ありがとうございました。

大変助かります(*^^*)

12/29 3時 誤字報告ありがとうございました。

大変助かります(*^^*)

 プリング・レッドビーン公爵令嬢。

 彼女はベロニカの持つ、バイブル的な小説に出てくる悪役令嬢である。


 彼女は舞踏会で婚約破棄をされた時、そのショックで前世を思い出した。

 自分が伯爵家の下働きをしていた平民、エメロンであったことを。




◇◇◇

「ご主人様には内緒だぞ。今日のお客人の好みに合わずに2つ残っているから、1つずつ食べてしまおう」



 料理長に言われ、即座に頷く私。

 たまたま給仕の手伝いで、ここにいたのが幸いした。


「うわぁ、すごく美味しいです」

「ああ、良かったなエメロン。しっかり味わえよ」

「はい!」


 初めて食べる甘いものに、涙さえ出そうだった。




◇◇◇

 働きに来ているナノン伯爵家に、高位貴族のお客様が来た。


 伯爵家の特産物は豆類で、特に小豆が多く収穫されている。

 そこでアピールの為に餡を使った甘味を出したのだが、クッキーやケーキの菓子しか召し上がったことがない若者は、あんころ餅を残した。


 3つのうち、1つは辛うじて食べたが、あまり良い感触は得られなかったようだ。

 これでは商売に繋がらないと、伯爵夫妻はがっかりした。


 それなりに好事家もいるし、年配の貴族には好評であるも、ケーキ等のようには売れ行きが及ばないのであった。


 砂糖も餅米も贅沢品である。

 平民には手が届かない値段なので、多くの貴族家へ販路を拡大したいが、なかなか馴染みが薄いのだ。


 何でも伯爵の曾お祖父さんが、若い時に東国へ商売の修行をしに行った時、小豆や花豆、枝豆と餅米を大量に買い付けて来たのだそう。

 どうしてもそこで食べたお菓子を、母親に食べさせてみたいと言って。


 病床で食が細り、こってりしたものが食べられない母親。

 今まで好きだったお菓子にも手が伸びない。


 そこで旅先のお菓子を試してみたいと思ったのだ。



 見よう見まねで、教えて貰ったレシピ。

 曾お祖父さんが、頭を下げて謝礼と共に東国のシェフに教えて貰ったのだ。


「これなら母上に食べて貰える」と思って。


 彼は伯爵家に戻り、あんころ餅(餅をこし餡で包んだもの)を作り母親に食べて貰った。


「あっさりして美味しいわ。私の為にありがとうね」


 母親は涙を流して、曾お祖父さんの頬を撫でた。

 曾お祖父さんは、自分の手を重ねて良かったと呟いた。


 母親はあんころ餅のせいか、一時的に体調を取り戻した。

 それは餡の栄養成分のせいだったかもしれない。


 その後は徐々に衰弱し儚くなったが、医師の診断よりも数か月も長く生きれたらしい。


 それでも最期に食欲の乏しかった母親に、食べられる物が出来て良かったとみんなが喜んだ。



 その後、豆の栄養価を調べ、滋養がつくと売り出していたのだ。

 とても体に良いのだが、何とも馴染みがないことで売り上げが伸びなかったようだ。



「もっとたくさん食べたいなぁ」


 そう思うエメロンだが、下働きの彼女には過ぎた望みだった。

 その後彼女は流行り病にかかり、あっという間にこの世を去ったのである。




◇◇◇

「あんなに願っていたのに、どうして今まで忘れていたのかしら?」

 知らぬ間に、頬に涙が零れた。


 きっと私はあんころ餅が食べたくて転生したはずなのに、次期王太子妃だからと業務に明け暮れて、食事もそこそこに生きて来た。

 せっかく有り余る資金力がある公爵令嬢になったと言うのに。


 私がやったことと言えば、親の言うままに王太子妃を目指して勉強に明け暮れ、婚約したらしたで次期王太子妃としてボンクラ王太子アーロンの政務を支え、アーロンがこっそり逢い引きしている子爵令嬢を、婚約者として貶めたことだけだ。


 でもねでもね、スッパリ殺っちゃうのも可哀想だから、遠回しな嫌がらせを繰り返したのに、それで断罪ですって。

 なに言ってんのかしら? 

 人の温情を無下にしてさ。

 人の努力を何だと思ってるのかしら?


 それで、思ったの。

 私、アーロンのことを好きじゃなかった。

 平和な治世だからって、実力もない第一王子の彼を王太子にするのにも疑問があった。

 親に甘やかされて努力しない所も嫌だった。

 なんで私が彼の分もカバーしなきゃならないのかと、考えないようにすることも嫌だった。



 あれっ? この婚約破棄、私に得しかないのでは?

 だからすんなり受け入れることにしたの。


「婚約破棄承ります。今までお世話になりました」


 別にもう何も言うことはない。

 溢れる涙もそのままに、華麗なカーテシーをしてその場を後にする。


「ああ、プリングが泣いている。いつも毅然とした彼女が。ごめんよ…………」

「プリング様、ごめんなさい。私が殿下を好きになったばかりに」


 彼女の涙に、誰もが婚約破棄をされて悲しいのだと勘違いしていた。

 そんなことは1ミリもないプリングだが、言い訳もしない可憐な仕草に、心を奪われた者が多く存在した。


「お可哀想に、プリング様」

「あの涙、拭って差し上げたい」

「俺が彼女を生涯支えたい」


 いつも王太子妃然とした隙のない彼女の涙は、敵対していた令嬢達の心さえキュンキュンと揺さぶり、庇護欲を爆発させた。

 令息達にも言わずもがなである。




◇◇◇

「申し訳ありません、お父様。王太子妃になれませんでした」


 王城を後にし、馬車に揺られるレッドビーン公爵夫妻とプリング。

 落胆しているであろう両親に濡れる瞳で頭を下げる彼女に、公爵のダムは泣きながら謝罪した。


「婚約破棄を防いでやれなくて済まなかった。

 あの後王に詰め寄ったが、王太子の独断で王も知らなかったらしい。

 ………お前が安全に幸せになれると信じて婚約者を目指させたのに、こんなことになって済まない。

 遊ぶ時間もなく過ごして来たと言うのに

 …………うっ、ふぐっ」


 堪えきれなくなったダムは、唇を噛んで声を抑えようとしていた。



「ああ、こんな酷い。プリングは何にも悪くない。 不貞を犯した王太子が悪いのに。

 あんな不貞女の排除がなんだと言うのよ。

 婚約者でも何でもない子爵令嬢ごときへの罪で婚約破棄だなんて………。

 私の可愛いプリングにこんなことをするなんて!

 ダム、私は国に反旗を翻しても良いと思っていますわ。

 もうあんな王達は要らない!」


 夫人スイトピーの言葉に、ダムは大きく頷いた。



「ぐすっ、ああ勿論だ。

 馬鹿にしおってあのボンクラどもが! 

 あの世で詫びるが良い!」


 事実レッドビーン公爵の派閥や親戚・縁戚を動員すれば、軽く王家を凌げる力が既にあった。

 謀叛を行えば成功するだろう。

 既にスイトピーも、怒りに燃えた表情から泣き顔に変わっていた。


(私はこんなに愛されていたのね………。

ああ、ごめんなさい。ずっと冷たい人達だと思っていたのに)


 厳しい教育も甘やかさない態度も、全部全部自分(プリング)の為だったのだ。

 こんなに、こんなに泣いてくれて、国を滅ぼそうとさえしてくれている。


 だからこそ、謀叛なんてさせてはいけない。



「お父様、お母様。私は2人の娘に生まれて幸せですわ。その為に全部の運を使ってしまったと思えるほどに。うっ、うっ、ありがとうございます」


「ああ、愛しい娘よ」

「これからは、絶対に守るからね」


 横に座る母からは抱きしめられ、父には手を強く握られた。

 夜の静寂を走る馬車の中は、すすり泣く声だけが響いていた。




◇◇◇

「お父様、お母様。私はもう悲しくはありませんわ。だから謀叛なんて考えないでください」


 馬車の中で泣き疲れ、スッキリしたプリングは両親にそう伝えた。

 公爵夫妻も言いたいことを言い合って、少し怒りが収まって来ていた。


 プリングはキリリとした顔をして、「その代わり慰謝料はたくさんもぎ取って下さいね」と言って、その後微笑んだ。

 そして眠くなり自室へと向かう。



「おやすみなさいませ。お父様、お母様」

「ああ、おやすみ。良い夢を」

「ゆっくり休んでね」



 慰謝料のくだりは冗談だったのだが、プリングの言葉に公爵夫妻は強く頷いた。


「勿論よ。取りあえずアホ王子の貯蓄分は根こそぎ貰うわ」

「銀鉱山も付けて貰おうか。謀叛を起こされるよりかはマシだろう」


 公爵夫妻はすっかりヤル気だった。

 プリングの兄トビーは領地の揉め事があり、舞踏会には出ていなかった。

 けれども帰宅して事の顛末を聞き、怒りを滲ませる。


「おのれ、よくもプリングに酷い仕打ちを! 切り殺してくれるわ!」


 この兄トビーも、いつもはプリングに「公爵家の令嬢らしく、気高くな」とか格好つけて話していたが、本当はちょっとつり目の猫のような瞳を愛でていた。

 なんと言っても、幼い時からいつも一緒に過ごしてきた可愛い妹なのだ。

 本当は嫁になど行かせたくはなかった。

 国一番の高貴な女性になれるからと言われ、漸く受け入れていたのに。


「もう、戦争だ。刺し違えても王太子だけは殺る!」 

 殺意に燃えるトビーにダムが言う。


「死んで楽にさせるな。キッチリと責任を取らせるんだ」

 両手を強く握りしめ、怒りを沈めたトビーは頷く。


「………分かりました。ここは父上に譲りましょう」




 まあこんな感じで、いろいろとふんだくった公爵はプリングの言うままに、ナノン伯爵家の小豆やら豆類、和菓子のレシピや職人を引き抜いたり購入していった。

 ナノン伯爵家では宣伝をする資金力もなく、エメロンが生きていた時同様に細々と和菓子作りを続けていた。


 そんな状態だったせいか、破格の大金を積んだ要求に二つ返事で受け入れてくれた。

 職人達は湯水のようにオリジナルレシピを作り、プリングを大いに満足させた。


 農地の豆類を高値で購入して貰えることになったナノン伯爵家領地も、買い取り金額が上がったことで景気も良くなり伯爵に感謝した。

 だからと言って税金を上げることもない善良さの為、領民達自ら貯蓄を行い、不作時でも伯爵に頼らない仕組みを作っていった。



 すっかり社交界からは姿を消したプリングだが、商会を立ち上げ大々的な宣伝を国内外に行い、お洒落な和菓子を作りメジャーに押し上げた。

 さらに小豆の健康効果を発表し、小豆粥や小豆茶レシピも無料で配布した。

 お茶は肝臓や肥満に。

 粥は便秘や美肌、栄養素の消化吸収を良くすることなども説明しながら。


 ある程度の利益を得てから、プリングは隣国の隣国へと拠点を移すことになった。


 やはり婚約破棄をした弊害は残り、面倒くさい問題が浮上していたからだ。

 婚約の申し込みが1年経っても多くあったことと、お茶会や夜会の誘いも途切れなかったことだ。

 どうやら婚約破棄時のプリングの印象は、かなり良い状態で残ったらしい。


 そして未だにプリング達は社交界の話題になっており、婚約した王太子アーロンと子爵令嬢ゼリーニも肩身が狭いそうだ。

 離脱したプリングはまだ良いが、王太子達には辛い日々だろう。

 それが彼女(プリング)の家族が煽っていたことだとしても。



 だから彼女は家族に言うのだ。


「私はあんころ餅を世に広める為に、世界中に店舗展開を致しますわ。私を愛しているなら応援してください」



 衝撃の両親と兄だが、それも仕方がないと諦めた。

 この国では確かにプリングは窮屈だから。

 王太子妃教育で培われた彼女の経営手腕は確かであり、結果は公爵家の利益にも繋がっていた。

 アーロンからの慰謝料分など、とっくに凌駕していたのだから。




◇◇◇

「いつでも帰っておいで、首を長くして待っているよ」

「母もすぐ遊びに行きますからね」

「俺の子供が生まれたら、名前を付けてくれよ」

「プリングさん。私からもお願いね」



 ちょこちょこと隣国の隣国へ行き、店舗を作り上げたプリング。

 この国の店舗と隣国の支店は、兄の妻ドミニカに任せることにした。

 兄と意見を対等に交わせるしっかり者だ。

 この時3か月後に生まれる兄の子に、商才をあやかれるようにと名付けを頼まれた。


「たくさん考えておくわ。でも2人で良さそうなのがあれば、そっちにして良いからね」

「またまた、そんな。でも考えてくれてありがとうね。寂しくなるわ」


「店舗は海のわりと近くなので、バカンスにでも来てください。お魚が美味しい土地らしいですから」

「うわぁ、楽しみね。世界が広がるわ。ねえ、プリング。他にもお願いがあるんだけど、嫌なら良いんだけど…………」




◇◇◇

 その後笑顔で船に乗り、手を振りながら旅立つプリング。

 同じ船には、この国で育てられた職人の弟子がたくさん乗っている。

 新しい国で親方となる夢を膨らませる若者達だ。

 立派に免許皆伝されている。

 父であるダムから護衛もたくさん付けられたので、プリングは商会長の肩書きだが、下位の貴族より大きな豪邸に住むことになっている。

 護衛の雇い主はダムなので給金もダムが支払う溺愛振りだ。

 豪邸の費用もダムが支払うと言うも、それは固辞したプリング。

 全て親頼みだと他商人から、自立していないと舐められるからと言って(本当は言わなければ分からないことだけど)。



 こうしてプリングは、新しい国に行っても活躍していくのだ。

 美味しいあんこ菓子を作って食べる為に。

 恐らく婚期は遅れるだろう。

 だけどきっと、今度はお互いに頑張れるパートナーを選ぶはずだ。


 義姉のドミニカに頼まれたのは、プリングのことを小説にして売り出しても良いかとの打診。

 どうしてもプリングの軌跡をボヤカシながらでも残したいと言うのだ。

 分かる人は分かる内容らしい。

 プリングは一旦出来た本を預かり、産後に訪れた時に承諾の許可を出した。


「実際の私よりも勇ましいし格好良いわ。こんなに美化されて良いのかしら?」

「そんなことないわよ。それにアーロン王子のことも、美談として書いてあるから批判もされないでしょ、きっと」


「そうね、真実の愛だものね」

「ふふっ、ね。良いでしょ? それにアーロン王子ほど盛ってもいないわ」

「まあ、不敬ね。ふふっ」




 ドミニカの産んだ女の子は『ミエル』と名付けられた。

 プリングが考えたので、多分に甘さも含まれている。

 少し成長したミエルも、あんこが大好きであった。




 こんな経緯で本は出版されたのである。






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