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「辰巳くん、辰巳くん! かっこよかったで!」週明け、啓徳が出社するなり男性同僚が声をかけてきた。
「えっと、何の話ですか?」
戸惑う啓徳に、男性同僚は先週の金曜日の一連のやりとりの動画を見せてくる。あのとき、誰かに撮られてたんだ。ようやく啓徳は悟った。他の同僚にも噂が広まり、「辰巳くんすごい!」「かっこいい!」と啓徳の話で持ちきりになった。窓口でも市民から「動画のお兄さんですよね?」「かっこよかったです!」とお褒めの言葉をかけてもらえるようになり、啓徳は誇らしい気持ちになる。
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そのころ叶絵は大学を卒業し、新卒で看護師として働き始めて半年となった。1ヶ月前に学生時代に付き合っていた彼氏と別れて落ち込んでいたとき、同期に半ば無理やり連れて行かれた合コンで35歳の谷津雅一郎という医者と知り合い、交際している。雅一郎には子どもはいないが、20代の頃に1年だけ結婚していたことがあり、離婚歴がある。
そんな雅一郎だが叶絵と付き合い出して以来、毎日のように結婚の話をしてくるという。いつ入籍するかとか、仕事を辞めて雅一郎の地元である九州に来てほしいとか、そういった話が多いのだそう。叶絵は同期とは仲良くしているけれど、先輩スタッフに嫌味を言われることもある。それでいっそのこと仕事を辞めて、雅一郎について行こうかなという気持ちもあった。
社会人2年目の4月に、叶絵は雅一郎からプロポーズを受けて婚約する。8月に入籍するため、今の職場は7月末で退職することになった。残り3ヶ月頑張ろう。そう決心したある日の仕事終わり、叶絵は20代後半くらいの男性が10代女性に「君、帰るとこないんやろ? 俺んちこーへん? 猫飼ってるし」と声をかけているのを見てしまう。あのままでは女の子は連れ去られてしまう。そう考えた叶絵は彼女に「あ、ユミちゃん! 久しぶり〜」と友達のフリをして声をかけた。そして彼女の手を引き、走って男性から逃げる。
「大丈夫だった?」
叶絵が聞くと、彼女は頷く。
「私この辺で仕事してるし、これ連絡先ね。何かあったら連絡して」
それから叶絵は連絡先を渡し、その女性と別れた。
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それから2週間後、啓徳はフラフラ歩きながらこちらに向かってくる若い女性に気づく。すると啓徳の前で女性が倒れてしまい、啓徳は「お姉さん、大丈夫ですか?」と声をかけた。しかし反応はない。高校生っぽいし、救急車を呼ぶか親御さんに迎えに来てもらった方が良いんじゃないか。そう思い、啓徳は女性の名前や連絡先がわかるものがないかあたりを見渡す。すると女性のバッグにヘルプマークがついていることに気づき、そこには鈴田乃亜と女性のフルネームが書かれている。啓徳は「乃亜ちゃーん! 聞こえますかー!」と叫んだ。