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お気に入り小説3

ー 王妃の器 - そんな愚かなわたくしの心に永遠に蓋をする

作者: ユミヨシ

「ああああっーー。なんて事。なんでこんな……」


エレンシア・ルディテリス公爵令嬢は、駆け寄った。

王都の中心を流れるラピス川。その川岸に人が集まっている。土手を降りて行き、集まっている人を掻き分けて、エレンシアは駆け寄った。

よく見知ったブランドン公爵一家がエレンシアを見つけて、

ブランドン公爵がエレンシアに向かって、


「エレンシア、見ない方がいい」


「デレス様でしょう?デレス様っーー」


かけられた布を取れば変わり果てた金髪の若い男性が、全身をびっしょりと濡れた姿で現れて。

そして、男性は息をしていなかった。


エレンシアは男性を抱き締めて、泣き叫んだ。


「デレス様ぁーーー。デレス様ぁーーー」


愛したデレス・ブランドン公爵令息の冷たくなった身体を抱き締めて、エレンシアはいつまでも泣き叫んでいた。




銀の髪に青い瞳のエレンシア・ルディテリス公爵令嬢は、デレス・ブランドン公爵令息と幼い頃からの婚約者だった。

エレンシアの生活のすべてはデレスで彩られていたのである。


始めて紹介された時、デレスとエレンシアは共に10歳だった。


ブランドン公爵家のテラスで、互いの両親に連れられてエレンシアはデレスと会った。空色の瞳が興味深くエレンシアを見つめていて、


「君がエレンシア?僕はデレスと申します。よろしくお願いします」


ぺこりとお辞儀をした。


エレンシアもお辞儀をして、


「エレンシアと申します。よろしくお願いします」


そして、互いに見つめ合いにっこりと微笑み合った。


エレンシアはデレスが一目で好きになった。

ブランドン公爵家の庭を案内してくれたデレス。

手を繋いで庭を歩きながら、色々な話をしてくれて。


その綺麗な空色の瞳が自分を見つめてくれるたびに、胸がときめいて。

本当に幸せだったのだ。


王立学園に入ってからも、デレスと良い関係をずっと築いてきた。

週に一度のお茶会。時々、手を繋いで護衛つきだが、街へ一緒にお出かけして。

共に色々な物を見て、楽しんで。


「将来、エレンシアの家に私は婿入りする。役に立つ男としてしっかりと勉学に励まないとね」


デレスはルディテリス公爵家によく顔を出して、父であるルディテリス公爵に直接ついて、エレンシアと共に領地経営も学んだ。

エレンシアの父も母もそんなデレスがお気に入りで。


「デレスが婿に来てくれるなら、ルディテリス公爵家も安泰だな」


「そうね。本当に真面目で、出来が良くて。娘婿として安心だわ」


両親がそう褒めればデレスはにこにこして、


「そうおっしゃって頂けて、とても嬉しいです。私は更に努力を重ねたいと思います」


エレンシアはそういうデレスが好きで好きで。どうしようもなく好きで。

デレスと結婚し、幸せに暮らす未来を疑いもしなかった。


そんなデレスの様子がおかしくなったのは、王立学園で学ぶようになってから三年経って、デレスとエレンシアが来年の春に卒業するそんな暑い夏頃からである。


デレスはエレンシアとよく昼食も共にしていたのだが、最近、昼食を共にしなくなった。

一人の男爵令嬢と一緒にいる事が多くなったのである。


編入してきたファリア・ファレット男爵令嬢。

身体が弱くて、学園に通う事が出来なかったらしく、ここ最近、王立学園に編入してきた令嬢である。


桃色の髪の小柄な女性で、そんな彼女がデレスと腕を組んでイチャイチャしながら、廊下を歩いている姿をよく見かけるようになった。


お昼も食堂で人目をはばからず、仲良く食事をしているとの事。


当然、エレンシアは食堂で仲良く食事をしている二人に詰め寄った。


「デレス様。貴方はわたくしの婚約者のはず。最近、週に一度のお茶会も来なくなりましたし、我が家で領地経営の勉強もしなくなりましたわ。何より、わたくしをないがしろにする始末。この女は何?貴方のなんなの?わたくしは妾なんて認めません。貴方は婿に来るのでしょう?どういう事なの?わたくしと別れてこの女と?」


デレスはファリアを抱き寄せて、


「煩いな。私はこの可憐なファリアを愛してしまったのだ。彼女は身体が弱く、私が傍にいて支えてあげないと駄目なのだ」


「貴方でなくて良いでしょう。これは不貞ですわっ」


「そんな事を言うなら、婚約破棄をしてくれてかまわない」


「貴方、ブランドン公爵家の息子として、貴族の一員として、それでいいの?」


「そ、それは……」


「ブランドン公爵がわたくしと貴方の婚約をナシにすることを賛成するはずはないでしょう?目を覚まして。貴方とわたくしは共に励んできたはず。我がルディテリス公爵家の領地の民の為。一緒に勉強してきたでしょう?」


「ファリアは楽になっていいと言ってくれたんだ。そんなに頑張る必要はないと」


ファリアはデレスにべったりとくっつきながら、


「そうです。そんなに頑張らなくてもいいじゃありませんか。私が沢山癒してあげますから」


「ああああっ。許さないっ。許さないわっーー。デレス様、貴方はわたくしの物、わたくしの物なのよっ」


デレスは立ち上がって、


「そういうところが嫌なんだよ。さぁ行こうか。ファリア」


二人は食堂から出て行ってしまった。


エレンシアは怒りまくった。

デレスを誘惑したファリアという女。

虐めに虐めて、わたくしからデレス様を盗った報い受けさせてやるわ。


取り巻き達を使って、ファリアを虐めに虐めた。


「男爵令嬢のくせに、エレンシア様の婚約者を奪おうだなんて泥棒猫」

「本当に、卑しい。娼婦なのかしら。他の男にもきっと色目を使っているに違いないわ」

「本当に、恥ずかしい女。最低な女」


取り巻き達はファリアを見かけるたびに、罵詈雑言を浴びせさせた。


わざとぶつかってファリアを廊下で転ばせたり、皆で、ファリアに蹴りを入れたり、それはもう、虐めたのだ。


そんなとある日、エレンシアの元に、悪い知らせが届いたのである。


デレスが川から遺体で引き揚げられたと。


馬車で急いでその場に向かったエレンシア。


そして、変わり果てた姿になってしまったデレス。

エレンシアはデレスを抱き締めて、泣き叫んだ。いつまでもいつまでも泣き叫んでいた。


「デレス様ぁーー。どうしてっ???どうしてーーーっ」



デレスの葬儀が行われて、喪服の黒のドレスを着て、エレンシアは両親と共に出席した。


悲しくて悲しくて涙が止まらない。

どうして?どうして川であのような姿になって。どうして?


ブランドン公爵が、エレンシアの両親と、エレンシアの前で頭を下げて、


「息子は心中を図ったらしい。ファリア・ファレット男爵令嬢と共に橋から飛び込んだのを見た者がいると」


「ファリアはどうなったの?」


エレンシアが尋ねれば、


「ファレット男爵令嬢は助かったが意識が戻らないとの事だ」


「許さないっ。あの女っ。許さない。殺してやるわ。殺してっーーー。わたくしのデレス様を返してっーーー。返してよ」


エレンシアは泣きに泣いた。両親に連れられて屋敷に帰れば、部屋に籠って、泣きに泣いて。

そして、思った。

自分がファリアを虐めたから、ファリアは追い詰められてデレス様をっーー。


わたくしはデレス様と上手くいっているものとずっと思っていた。

なのに、どうして?あの夏頃から、デレス様は様子が変わっていって。


わたくしのどこがいけなかったの?わたくしは領地の為に、頑張りたかった。貴方だって頑張っていたじゃない。どうして、ファリアに癒しを求めたの?わたくしのどこがいけなかったの?ああああっ。どうしてどうしてどうして???


自分を責めて責めて責めて。

エレンシアは食事も喉を通らず、自分を責め続けた。


学園にも通わず、引きこもる日々、そんなとある日、一人の男性が尋ねてきた。


レンド王国の王太子ビルドである。

ビルド王太子はエレンシアより一つ年上の19歳。

隣国の姫君と結婚が予定されていたのだが、姫に不貞が発覚して、その姫との結婚の話はなくなった。今は、ビルド王太子は新たに結婚相手を探している最中であった。


そんなビルド王太子はエレンシアに面会を求めて、エレンシアは王太子相手に会わないわけにもいかず、やつれはてた姿に化粧を施して、桃色のドレスを着て、客間で両親と共にビルド王太子に会ったのである。


「エレンシア嬢。そなたの優秀さは聞いている。どうか、私と結婚してくれないだろうか?」


エレンシアは驚いた。

勿論、両親のルディテリス公爵夫妻もである。


ルディテリス公爵は、


「ヘデリス公爵家に話が行くものとばかり思っておりました」


ヘデリス公爵家は名門である。外国へ行っていた17歳の令嬢がおり、その令嬢がとても優秀な為、そちらへ結婚の話が行くと思っていたのだ。


ビルド王太子は首を振って、


「ヘデリス公爵令嬢は、外交官になりたいと言っており、私の申し出は断られた。他の高位貴族の令嬢は皆、婚約者がいるか、問題のある令嬢で、エレンシア嬢しかいないのだ」


エレンシアは頭が痛くなる。


ようするに、わたくししかいないから、結婚しろという事ね。

王妃は大変な仕事ですもの。ああ、でも、やりがいのある仕事。


ルディテリス公爵は慌てたように、


「娘には婿を取らせて、我が公爵家の跡を継いでもらおうと」


「親戚筋から養子を取ればよいではないか。どうか、エレンシア。私との結婚、前向きに考えて欲しい。君はルディテリス公爵家の民の為に領地経営を一生懸命勉強していると聞いた。どうか我が王国民の為に、尽くしてくれないだろうか。私はレンド王国の為によき君主になるつもりだ。いや、必ずなって見せる。エレンシア、どうか私を支えて欲しい」


ビルド王太子は、エレンシアの手を両手で握り締めて、


「エレンシアが、今は傷ついて辛いという事も解っている。傷が癒えたらでいい。私の事を知ってもらえないだろうか」


エレンシアはビルド王太子の情熱に打たれた。


デレスが死んだ事はものすごく悲しい。

だが、前に進まなければいけないのではないのか。

今まで学んで来た事を、このまま生かさないでどうするのか???


エレンシアは決意した。


「解りましたわ。わたくしは、前向きに考えたいと思います。どうか、ビルド王太子殿下。よろしくお願い致しますわ」


「有難う。エレンシア」



エレンシアはデレスへの思いに蓋をすることにした。

その時はまさか、忘れたころにほじくり返されるとは思いもしなかった。



エレンシアはビルド王太子と一年後に結婚をし、王太子妃として、貪欲に色々と学んだ。

ビルド王太子はとても優しく、思いやりにあふれていて、エレンシアは幸せを感じていた。


ビルド王太子と共に飲むお茶は、とても美味しく温かい時間で。


「エレンシア。疲れただろう。今日は色々な方々と会ったから」


「ええ、レンド王国100周年パーティなんて、本当に大変でしたわ」


ほっとする時間、


「父上、母上っーー」


乳母に連れられて、一人息子のカレントが駆け寄ってくる。

たった一人の可愛い可愛い息子カレント。まだ3歳だけれども、


エレンシアはカレントをとても可愛がっていた。

駆け寄る息子を抱き締めて、


「カレント、今日は立派に挨拶出来ましたね。母は嬉しく思います」


「母上、有難うございます。嬉しいです」


エレンシアには最初で最後になる息子。もう、子供は望めないと王宮医師から言われてしまった。


ビルド王太子は、側妃は取らないと言い切っており、


「私達にはカレントがいれば十分だ。私が愛しているのはエレンシアただ一人。いかに王家の義務だとはいえ、他の女など抱けるか」


そう言い切ってくれるビルド王太子の心が嬉しくて。


ガラスのかけらのように、突き刺さっている過去の傷もきっと忘れられる。

あの空色の瞳も……愛したデレス様もきっと忘れられる。

そう思っていたのに。


国王陛下が死去して、ビルド王太子が国王になり、エレンシアは王妃になった。

王妃になってからも、それはもう忙しく、エレンシアは働いた。

今までも孤児達への慰問、病院への慰問。と、時間があれば、出かけて人々を慰めて。


魔物が出れば、癒しの軍団聖女達を引き連れて、けが人を慰め力づけて、ビルド国王が反対しても、自ら動いた。


もっともっと王国の為に役に立ちたい。


もっともっともっと。そして、この素晴らしいレンド王国を大事な息子カレントに渡すの。わたくしにとってたった一人の息子なのですもの。愛する大事な息子なのだから。


そんなカレント王太子が、王立学園に通うようになって、そして、新たに婚約したいととある日、連れてきた女性に驚いた。

カレント王太子にはシャルロット・ブランドン公爵令嬢という婚約者がいたのだが、彼女の不貞により、婚約破棄された後の事である。

せっかく用意した育ちもいいはずのシャルロット・ブランドン公爵令嬢が不貞とはと、エレンシアは残念に思っていたのだ。そして、連れてきた令嬢といえば、


カレントは、エレンシアに向かって頼んできた。


「母上父上が政略で用意して下さったシャルロッテの不貞により、婚約が破棄されました。その後の私の相手なのですが、このファレット男爵家のマリリア嬢を私の結婚相手にしたいと思っております。でも、男爵家では家格が低くて。どうか、母上。母上の知り合いの高位貴族の養女にマリリアをしてくれませんか。そうしたら、マリリアもいずれは王妃になれるのではないかと」


ファレット男爵家?ファレット男爵家の娘?


「貴方はファレット男爵家の娘だそうね。現男爵の孫にあたるのかしら」


「そうです。祖父が現在のファレット男爵です。両親は私が赤子の頃に亡くなったと聞いています」


「駄目よ。貴方なんて許さないわ。許さないっ」


蓋をしていた心の傷が開きだす。

突き刺さっていたガラスの破片が胸を抉る。

なんて事なの?なんて事。


あの後、生き残ったあの女が記憶を失っていながらも、ファレット男爵家で娘を産んだという事は噂で聞いた。産んだ後に亡くなったという事も。

デレス様の娘。あああっ。男爵家をつぶしたかった。でも、デレス様の娘を路頭に迷わせることなんて出来なかった。


いかに憎いファリアの娘だとは言え、路頭に迷わせて殺すことなんて出来なかった。

そんな温情をかけたのに、わたくしの愛する息子と結婚したいの?


許せない許せない許せないっ。絶対に許せない。

エレンシアは叫んだ。


「絶対に許さない。もし、この女と結婚するというのだったら、カレント、お前を王太子から降ろすわ」


カレントは慌てたように、


「何故です?私しか王位を継承できる人間はいない。だから困るでしょう」


「この女を王家に入れるくらいだったら、滅びてしまえばいいんだわ。えええーーー王国なんて滅びてしまえばいい」


あああっ。そうよ。何もかもっ。終わればいいっ。この女を王家に入れるくらいなら。わたくしはっ。わたくしは何の為に頑張って来たというの?

わたくしは何の為に……


マリリアは慌てて土下座し。


「私は確かに身分の低い人間です。でも、私はカレント王太子殿下を愛しております。王妃教育も頑張ります。カレント王太子殿下を支えていきたい。ですから、どうか認めて下さいませんか?」


「愛だけではどうしようもないのよ。それだけ貴族の世界は厳しいの。わたくしだって、苦労したわ。それにわたくしは貴方の事が大嫌い。身分が低いという理由だけではなくてね」


「どんな苦労も厭いません。ですからどうか。それにどうして私の事が大嫌いなのですか?」


カレントも頭を下げて、


「私はマリリアを愛しております。マリリア以外の女性と結婚したくありません。どうか、母上。嫌いと言われるのならその理由をっ」


「解ったわ。王国の為、貴方を失う訳にはいかない。カレント。でも、覚えておいて頂戴。わたくしはこの女は大嫌いという事をね。理由は言いたくはないわ。だから聞かないで頂戴」



そうね。愛するカレントに残す為にわたくしは頑張って来たんだわ。そして、王国民の幸せの為。カレントを失う訳にはいかない。


いいわ。徹底的にこの女に王妃教育を施すわ。

逃げ出すくらいに厳しく。


エレンシアの心はイラついた。そして、マリリアという女に徹底的に教育を施すことにした。


そして、現在、マリリアは懸命に教師達について、王宮で学んでいる。

時々、忙しい仕事の合間を縫って、エレンシアは顔を出し、駄目だしをした。


「何です。その歩き方は。もっと、品よくそう、足をスっと出して。胸を張って。本当に下賤な男爵家の娘だから、駄目ね」


事ある毎に駄目だしをした。


「隣国語もまともに出来ないだなんて。わたくしは学園に通っていた頃から得意としていましたわ」


マリリアは頭を下げて、


「一生懸命勉強します。覚えますっ」


寝る時間も削って勉強しているようだと、見張らせている王家の影から報告があった。


もっともっと苦言を言って、逃げ出すようにしてやるわ。


エレンシアはそう思って厳しく当たっていたのだけれども、

とある日、マリリアの様子を見に来たエレンシア。


青い顔をしながらも、一生懸命、壁際の机の上に本を開いて学んでいる姿を見て、


「どこの誰に似たのかしら。デレス様もあの女もあんな真面目ではなかったわ。いえ、デレス様は……」


ルディテリス公爵家で領地経営を一緒に学んでいた時に、本を開いて真剣に読んでいた姿を思い出す。


あの女と出会う前のデレス様はとても、真面目で頑張り屋だったわ。

だったらデレス様に似たのかしら。


いまだに解らない。どうして、あの人はわたくしを嫌いになってしまったの?

わたくしと一緒にいるのは堅苦しかったの?


じっと見ていたら、マリリアが顔を上げてこちらに向かって頭を下げて。


エレンシアはマリリアに向かって、


「一息いれましょう。一緒にお茶は如何?」


「はい。喜んで」



母親似の桃色の髪に、父親似の空色の瞳のマリリア。


一緒にテラスでお茶をする。

ふとした仕草がデレス様にとてもよく似ていて。


マリリアはデレス様を知らないはずよ。

これが血なのかしら。


エレンシアはマリリアに声をかける。


「時には休む事も大切よ。身体を壊したらよくないわ」


「有難うございます。でも、私はまだまだ未熟で。頑張らないと」


その後は何も話さず、お茶を飲みながら、ケーキを一緒に食べたのだけれども。

あああ、もし、デレス様と結婚していたら、この娘のような子が出来ていたのかしら。

空色の瞳の……いえ、デレス様はわたくしの事を最後は嫌っていた。

だから、それは夢のまた夢。


でも、わたくしはデレス様の事を今でも愛しているんだわ。


エレンシアは立ち上がって、


「今度、慰問へ一緒に行きましょう。貴方なんて連れて行きたくはなかったのだけれども、貴方があまりにも頑張っているものだから、一緒に慰問はどうかと思って連れていくのよ」


「有難うございます。王妃様」


そう、この頑張りやな娘に少しでもわたくしは、教えないと。


エレンシアは色々な所にマリリアを伴った。


マリリアはエレンシアが聖女達を引き連れて行けば、魔物がひしめく辺境へも

どんなところへも付き従って。

あまりにも頑張る姿にエレンシアはマリリアを愛しく感じるようになった。


あの女の娘ですもの。憎しみもあるけれども、でも……

この娘なら、わたくしの後を、王妃を託すことが出来る。

だから、まだまだ教えないと。


そんなとある日、眩暈を覚えてエレンシアは執務中に倒れた。

ベッドに運ばれて医者に診断を受ければ、手遅れの病で。


ビルド国王がエレンシアの手を握り締めて、


「なんて事だ。愛しいエレンシア」


「国王陛下。泣かないで下さいませ。これも天命ですわ。わたくし、貴方様には感謝しておりますの。デレス様が亡くなって、嘆き悲しんでいるわたくしに生きる目標を与えてくれた。わたくしを、そして息子を沢山愛して下さいましたわ。でも、わたくしはデレス様の事が忘れられない」


「ああ、解っていたよ。誰だって、あんな亡くなり方を愛する人にされたなら、忘れる事は出来ないだろう」


「ねぇ。貴方、わたくしはどうしてデレス様に嫌われたのかしら。一生懸命、わたくしもデレス様も領地経営の勉強を頑張って、心は傍にあると思っていましたのに。いつの間にか、デレス様の心が離れていた。なんでかしら……」


こんな事を国王陛下に、ビルド様に聞くのは酷かしら。

でも、尊敬するビルド様なら、答えて下さる。きっとわたくしの疑問に答えて下さる。


ビルド国王は考えるように、


「そうだな。心が弱かった。あまりにも頑張る事は時には疲れてしまう。だから、デレスは疲れ切ってしまったのではないのか。私はこのレンド王国の為ならいくらでも頑張る事は出来るが。ただ、エレンシアよ。そなたも頑張り過ぎた。私はそなたを失うかと思うと苦しい。辛い……私はね。そなたの事を今も昔も愛しているよ。ずっとずっと愛しているから」


ああ、やはりビルド様。わたくしも貴方の事を……


「愛しておりますわ。デレス様の事は忘れられない。でも、貴方の事を愛しております。有難うございます。貴方……」


さぁ、もうわたくしには時間がない。

王妃としての器の在り方を、あの娘に残しましょうか。


そうして、わたくしは、マリリアが知らなかった両親の事と、わたくしがデレス様を愛していて、ファリアの事を憎んでいた事を話しましたわ。


「わたくし、好きな方がいたの。ブランドン公爵家のデレス様。ブランドン公爵の弟君よ。

空色のとても綺麗な瞳の方で。わたくしとデレス様は婚約者だった。だけど、ファレット男爵家の娘ファリアに盗られてしまった。いつの間にかデレス様とファリアは愛し合っていたのよ。わたくしはファリアを憎んだ。そして、ファリアを虐めに虐めて。ファリアはデレス様を道連れに心中を図ったわ。そして、デレス様は死んで、ファリアだけが生き残った。わたくしは……わたくしは川から引き揚げられたデレス様を見たわたくしは……

ファリアを憎んだ。ファリアは記憶を失っていたのよ。そして、貴方を産んだ後、亡くなった。

ああああっーーー。わたくしは。わたくしの愛するデレス様を奪ったファリアを許せない。

あの冷たくなったデレス様をわたくしは、抱き締めて。抱き締めて。わたくしの愛するデレス様っ」


そして、最後に空色の瞳を……


あの娘の目に映った空色の瞳を、目に焼き付けて。


マリリア、貴方なら、わたくしの後を任せられる。

貴方を憎みながらも、愛して、精一杯導いて、わたくしの生き方が王妃の器。

貴方は解ったかしら?


貴方の瞳は空色の瞳……


綺麗な空色の瞳。初めて出会った時からデレス様、貴方の事が好きだったのよ。


さようなら、デレス様。あの世に行っても貴方には会えないのよね。


それでも、わたくしは愛していたわ。


ああ、愛しい貴方。そんな愚かなわたくしの心に永遠に蓋をするわ。さようなら。





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[良い点] エレンシアの愛と憎と理性と感情の葛藤っぷり [一言] ビルドカッコイイ 自身も辛かったろうに…
[良い点] やっぱりこの王妃さま、スキです。 あんな女の子どもなんてっ! と拒否する気持ちはものすっごくリアルでした。 けれど「あの女の子ども」という括りから一歩進んで「愛した男の子ども」という視点…
[気になる点] 公爵家と男爵家。 公爵家は現当主の弟に続いて娘も不貞行為で破談…この家、誰も世間体とか考えないの? 男爵家は略奪愛の果てに自殺した娘に続いて孫娘までが高位貴族と身分違い(格差有りすぎ)…
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