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11月1日、配属1ヶ月

 卒業証書を受け取ったときに感じたのは、期待と、ほんの少しの不安。

 やっと憧れの魔法師になれるんだ、とわくわくしながら卒業式を終えた。


 厳しい半年の養成学校での訓練を乗り越え、魔法考古学省に入省することが決まった小森朱音は、魔法保護課第5支部に配属された。


(魔法や魔法文化の保護のため働く……私の希望どおり! 頑張らなくちゃ!)


 養成学校で上位の成績をとった甲斐がある。朱音はまだ着慣れぬスーツ姿で、第5支部へと向かった。


 そこが、朱音の理想とかけ離れた場所であると知らずに。












 首都から少し離れた県に位置する魔法保護課第5支部で、朱音は唸っていた。配属されてから約1ヶ月、少しは業務に慣れたとは思うが、報告書が書けないのだ。何も思いつかない。先輩に渡された紙は日付以外白紙のままだった。


「うーん……」

「あら、朱音ちゃん。どうしたの?」

「副支部長……助けてください!」

「やだ、そんなに深刻なこと? アタシでどうにかできるかしら」


 あまりにもペンが動かない朱音に気付いたのか、副支部長の菊地直が声をかけた。逃がさない、とばかりに朱音に腕を掴まれて困惑している。


「報告書が書けません……」

「あの子たちったらそんな大事なことも教えなかったの? ちょっと待っててね、アタシが懲らしめてくるから」

「ち、違いますよ! 教えてはもらいました、そこは大丈夫です!」


 直に「懲らしめ」られたら、朱音の指導役の先輩2人は瞬く間に病院送りだろう。朱音は慌てて止めた。実際、2人はきちんと書き方は教えてくれたのである。


「ただ、内容が……」

「内容? いつもどおりお仕事したって聞いたけど、違うのかしら?」

「……いつもどおりでしたよ、はい」


 魔法保護課の仕事と言えば、魔法遺跡の保護や魔法師養成学校での講演などが挙げられる。魔法が復活して100年、遺跡が崩れることのないようにかけられた保護魔法は定期的にかけ直さなければならなかった。また、魔法師を目指す者のため、魔法文化についての講演を行うこともある。朱音のような新人にはまだできない仕事だ。


 加えて、魔法保護課には、「魔法を使う他種族との共存のための大使」としての役割もある。


 かつて魔法が復活していなかったころ、妖精やドラゴン、吸血鬼、人魚などは人間から隠れて生活していた。魔法復活と同時に彼らの存在も明らかになり、互いの平和のため、共存しようと条約を結んだ。しかし、一部地域では、そういった種族に偏見をもつ者もまだいるし、他種族においても人間を嫌う者もいる。そういった者たちの間に入り、共存のための手段を探すのだ。


 そんな、難しいがやりがいのある仕事に憧れていたというのに、そしてそれを叶えるために血の滲むような努力をしたというのに、朱音の、いや、第5支部の仕事と言えば――


「今日はドラゴンのおじいちゃんの話を聞いて終わりでしたよ! 何を書けばいいんですか!?」


 指導役の先輩に連れられて、ごくごく普通の民家を訪れたかと思えば、現れたのは角の生えた年配の男性だった。ドラゴンは、以前の物語などでは羽の生えた四つ足の生き物として描かれているが、実際は人型をとることができる。


「どんなお話を聞いたか書けばいいわよ」

「最近腰が痛いって話をですか!?」

「うーん……璃香ちゃんと光ちゃんは何をしてたのか教えてちょうだいな。それを書けばいいわよ。アタシが手伝ってあげる」


 璃香と光は、朱音についている指導役だ。役職にはついていないが仕事のできる2人である。


「……先輩が作った湿布をあげてました。作り方もお教えしました」

「うん、完璧ね。医療魔法の伝授、でいいんじゃない?」

「……こんなのでいいんですかね」


 朱音の小さな声を、直は拾ってしまったらしい。ポン、と軽く頭を撫でられた。


「むしろ、アタシたちは仕事がないくらいでちょうどいいのよ。それだけ、この地域が平和ってことでしょう? 種族間の争いごともないし、最高じゃない。さすが、魔法復活の祖、伊藤天音様と清水夏希様がいらっしゃった地だわ」

「……そ、そうですね……」

「そういえば、朱音ちゃんって天音様に似てるわよねえ。教科書の写真とそっくり! 特に目元なんて瓜二つよ!」

「あはは……よく言われます……」


 はい、私が伊藤天音の玄孫です。なんて、口が裂けても言えなかった。


 本来ならば、朱音の名字は小森ではなく伊藤なのだ。先祖である天音に、高祖父は婿入りしたらしい。だが、「天音」とよく似た名のうえ、伊藤姓とくれば、色眼鏡で見られることは確実。ゆえに、朱音や母は小森姓を名乗っていた。魔法復活の祖の一族なので、全員婿入り婚であり、伊藤姓を変えることはなかった(できなかったとも言う)ので、あくまで表向きそう名乗っているだけだが。


 そして、朱音にとって、高祖母の存在は目標であり、コンプレックスでもあった。


(……ひいひいおばあさまは私の年のころ、もう大臣になってたのに……)


 私は何をやっているんだろう。

 そう考えると、虚しくなった。


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