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少女アイカの冒険譚  作者: あずまや
1/1

職人の街

 私は今、ここで何をしているのでしょう?

 私は私に問いかけます。

 ここは金づちの音が鳴り響く職人の街。

 そこにいる職人に声をかけられずにいる私は、このまま旅ができるのでしょうか?


 100人ほど暮らす村を私は出たことがありません。

 村から出るなというしきたりがあるわけじゃありません。村を出るという概念が私になかったという方が近かったかもしれません。

 私は村で家業の養蚕を手伝います。それを当然と思っていたこともあり、将来の夢なんて、急に言われても困るものです。

 ということで、私は困りました。「将来の夢は無いの?」と尋ねられたのです。誰に言われたのかは、そこまで重要ではありません。言われたことが大切なのです。

 私は窮しました。「養蚕するのが夢」と答えても良かったかもしれませんが、でももうすでにその夢は叶っています。叶っていることを夢と答えるのには、少し希望というかやっぱり夢になるのでしょうか、夢が無い気がします。

 私は訊き返しました。「夢はあるの?」と。

「私は探しているの。もし夢がある人がいれば、その話を訊いてみようかなと」

 どうやら、その人も夢を探しているようでした。

「良い夢は聞けました?」

「いや、まだだね。でも何かもうすぐ掴めそうな気がするんだ」

 その人はそういいました。

「掴めそう?」

 夢を掴むという言葉は確かにあります。でもその言葉は、夢を見つける時に言う言葉ではない気がします。

「でも。もうちょっとだけ、探してみてるんだ」

「そうなんですね」

 その人がそう言って少し笑ったのを私はふと思い返しました。


「すみません」

 声をかけないばかりでは、話が始まりません。

 金づちを叩きながら出てくる火花に私は驚きつつ、その火花を避けました。

「……」

 返答はありません。

「あの……」

「チッ」

 聞こえてきたその音に私はおののき、一歩引きます。

 この建物には扉がありません。外まで聞こえる金づちの音に、私はもう一歩引きさがりお辞儀をして、引き返します。他の職人さんを探すしかありません。

 夢に一番近そうな人たちっていうと職人さんじゃない?と言っていた人の顔を思い浮かべます。それは確かにそうかもしれません。合ってるかもしれません。でも、なんだかどこか腹立たしくなってきます。別に言った人が悪いわけではありません。その場から逃げ出してしまう私の意気地なさに呆れてしまうのです。

 どこまで引き返したでしょうか。もうその職人さんがいた建物は見えません。私はちょっとした広場にある金属でできたベンチに座り込んで、状況を整理しようとしました。でも、整理するほどの状況でもありません。工場を覗き込んだものの、一瞬で出て行ってしまっただけなのですから。

 立ち並ぶ工場のどこからも、何かしら音が聞こえます。私が村にいた頃はここまで音はしていなかったように思います。でも、その音の中に人間の声は聞こえません。その感覚に、私は不思議と寂しさを覚えました。


 私の家の中にはこの街の製品が多くあります。それはここの街で作っている商品の質が高いから買っていると父は豪語していました。確かに、家にあったものはなかなか壊れず長持ちしていた気がします。というのも、私がこの街に到着するまでに買ったものはことごとく壊れていきました。別に質の悪いものを選んだつもりはありませんが、なんと言いましょう、旅人価格の安めな品をその場で調達しすぐに使い果たしていたのです。これでは良くないと思った矢先、聞いたことのある街がありました。それがこの職人の街です。

 職人の街で長く使える品を調達する。それは私がこの街を出るまでのミッションにはなりますが、それとは別に、気になっていることがありました。


「「職人ってどうやったらなれるんだろ」」

 ……?

 私の呟きと同じタイミングで重なる声に私は驚き振り返ります。

 そこにいたのは、私よりも少し年上の青年でした。

「あなたも職人ですか?」

 青年は驚いた表情を戻し、私に訊ねます。

「いや、私はただの旅人で」

「そうでしたか」

 青年はどこか肩を落としました。どうしたのだろう、私は訊ねます。

「職人になれたはずなのに、仕事がなくて」

 私は首を傾げます。この街には多くの職人がいる。それらの職人は皆仕事をしていたし、そもそも、仕事をしているからこそ職人なのだと思います。仕事のない職人とは何でしょうか?

 そう尋ねると、青年はさらに肩を落としました。何か今の発言によくないことでもあったのでしょうか。

「僕は、師匠から認められて職人になったんだ」

 この街では職人になるのに、師匠の手伝いをすることになります。彼はその状態のことを師匠見習いと言いました。師匠見習いに約2年費やすと、ようやく師匠から剣を作る技術を教えてもらうことができるそうです。2年から3年ぐらいで職人になることができる人もいるそうですが、その青年は剣を師匠に認めてもらうのに、約10年かかってしまったようです。

「それは大変でしたね」

「そこも大変なのですが」

 青年は声のトーンを落とします。

「『一応、独り立ちした。一人でこれからは剣を作って良い』と言われて、僕なりの剣を作り始めたんですけど、誰もその剣を買ってくれなくて」

「そう、なんですね」

 巾着の中を覗いて、私は少し考えます。

 青年は少し息を吐いて空を仰ぎました。

「あの、もし手が空いてるのであれば」

 私は青年に頼みます。私に合った剣を作ってくれませんか、と。

「いいんですか?」

 私自身、これから旅をするにあたって剣は必要かなと考えていました。幸い、この街に来る道中で襲われたり金品を狙われたり、山賊が現れたり、そういうことはありませんでしたが、今後は何が起こるか分かりません。ここから先も旅を続けるのであれば、なんであれ護身用の剣は欲しいところです。

「はい、ただ、1つお願いがあって」

 私は念のため持ってきていた二つ目の巾着を取り出します。巾着の中身を少し取り出し、もう一つの巾着へと入れ、青年に渡しました。

「あの、この予算で作ることはできますか」

 ちょうど良くないタイミングで私のお腹の音が響きました。


 私は青年に連れられ、彼のお勧めする料理店に着きました。手ごろな割においしいと彼はおすすめします。席につくと、青年はウエイトレスにいくつか料理を頼みます。何がおすすめなのかよく分からなかったこともあり、彼の頼む料理と同じ料理をもう一品頼みます。

 一通り注文を終えると、青年はなんとも言えない面持ちでこちらの方を向きました。

「この、金額ですか」

 青年はもう一度渡した巾着のコインを数え直します。

「このー金額だと、嬉しいです……」

「そうですよね」

 どうしよう、やばい客を連れてしまった。青年の顔にはそう書いてあるように見えました。

 手持ちの金額からすると、確かに全額渡したわけではありませんが、もし全額渡してしまえば、それはもう旅どころではありません。この街で職人になることが確定してしまいます。最短4年、青年の場合12年コースです。そこまで長くは滞在できません。

「むしろ、いくらぐらいになりますか?」

 私は訊ねます。

「そうですね。これの2倍ぐらいはいただきたいところですね。相場としては」

 青年自身も今まで、剣づくりの依頼をされたことはないこともあり、前例がないと言いました。なので、多少金額を安くすることはできるかもしれないそうですが、それでも、周りの職人の目もありますし、この街で剣を作る以上はここまで下げることはできないそうです。

 というよりも、この場合の私って単なる世間知らずなのではないでしょうか。

 なにはともあれ、これでは剣を買うことはできません。次の街でもう少し安価な剣を見積もる手もあります。でもその場合、この青年の職はないままです。それでも私は困らないといえばそうなのですが、少し後味が悪いような気もします。

 ならばと、私は一つ提案をします。

「じゃあ、剣を売る手伝いをさせてはもらえませんか?」

 青年は悩みます。青年にとっても、私にとってもメリットしかない提案というわけではありません。青年は受け取れる金額が下がりますし、私もこの街で働く必要が出てきます。私自身は時間もありますし、それも含めての旅といえば、そうなるかもしれません。ですが青年にとって、急に会った小生意気な少女を当てにするには、ハードルがそれなりに高いような気がします。私自身も商売と言いますか、そういう手伝いをしたことはありません。なので、分かりやすく言うとアピールポイントがないことになります。なので、私は提案以上のことを言えず、黙っていました。青年も考えているのか、思考が固まっているのか、お互いに5秒程度の沈黙がその場の空気を包みました。


「分かりました。剣を売る手伝いをしていただき、それを代金の一部として受け取りましょう」

 青年は口を開いて、そう言いました。

「ありがとうございます」

 私は青年にお礼を言います。これで護身用の剣を買うことができるわけです。それもオーダーメイドの。

 さて、金額分は働かねばなりません。私は次に何をしようか考えます。青年になんらか今後、剣の仕事を得るための方針があるかどうか伺ってみます。

「いや、そういうのはないんだけど」

 とのことなので、私はやっぱり剣を多くのお客さんに売るための方策を考えねばなりません。コンサルタントです。手始めにコンサルタントの師匠を探して弟子入りでもしましょうか。でも、弟子入りするぐらいだったら、そのコンサルタントにこのことを頼んだ方が早そうな気もします。

 私たちは出てきた料理を食べ終わり、立ち上がります。会計へ向かい、改めて今食べた料理の金額を確認しました。手ごろとは何でしょうかと思う金額設定に私は心の中で泣き、ちゃんと働こうと決意しました。


 とはいっても、まずは仕事を見つけなければなりません。このままでは青年だけ、だったはずの、仕事ない人が青年と旅人の二人に増えてしまいます。まあそもそも私も仕事があったのかと問われれば、そうではないような気も大概するのですが。

 さて、この青年における問題を考えてみましょう。一番は知名度です。知名度が無いから仕事が来ない。仕事が来ないから知名度が上がらない。まあ、分かりやすい悪循環です。

 仕事は一つお願いしました。私の剣を作ってもらう仕事です。なので、この剣を作ってもらうことで、仕事が来ることになり、知名度を上げる、そういう手順を踏んでいきましょうか。となると、先物取引になります。私の剣を作ってくれ、そしたら、仕事を増やすようにしてあげる。なので、剣を作ってくれたあとからが、私の仕事になります。

「剣を先に作るのは、まあ、まだ構わないんだけど」

 青年は今の話を聞いて続けます。

「それで、その君の仕事は剣をどうするの?」

 そうでないと願いたいんだけど。彼はそう言い、口を少し尖らせます。

「剣を作ったまま逃げられたら、僕は剣を作った労力と材料費が回収できないし、何より仕事がもらえない」

 それどころか、あの人はちょろいという評判が回ってしまったらひとたまりもない。

 要するに青年は剣を作った後のプランを聞いてから、それを作りたいそうです。それでも逃げられるリスクがあることを考えると、青年もそこまで厳しく締め上げたいわけではなさそうです。もちろん、青年の言うことの筋は通っていると思うので、さてどうすべきか、やっぱり話は振り出し近くまで戻ります。

 私には、気になることがありました。

「他の弟子、兄弟弟子たちは今、剣を作ってると思うんですけど、その人たちはどうやって、仕事を獲得したとか知ってますか?」

 それを真似ればいいじゃないですか。それに私は手助けを多少すればいい。これは安く仕事ができ、なおかつ剣がもらえます。いや、お金を払っているので、貰うという表現もどこか抜け落ちているような気がするのですが。

「いや、他の弟子はもう剣を作っていないか、この街から出て行ってよく分からないんだ」

「えぇ……」

 どうしていなくなったんです? 私は青年に訊ねました。

「この街で剣を作ったところで、買ってくれないんだ」

「買ってくれない」

「あるいは、修行しているうちに別のことに興味が出た、とか、もっと羽振りの良い仕事を見つけたといって、そう言っているうちに、師匠の剣を作ってる人がいなくなっていって」

 そうなんですね。私は返します。

 この街で修業をしたら、モノづくりが上手くなり夢を叶えることができる。皆がそう思っていて、実際この街に来たはいいものの、結局その夢を叶えないままこの街を立ち去ってしまう、その話を聞いて現実は、案外そんなものなんですねと答えるほかありませんでした。

 でも、だとすると

「すごいじゃないですか。それでも剣を作ろうと思っているなんて」

「すごい、のかな」

 青年は少し照れくさそうに、耳たぶを引っ張ります。

「夢、だったんですか?」

 私は青年に訊ねます。

「どうなんだろう。もしかすると、そうだったのかもしれないかな」

 青年はそうとだけ答えました。


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