五話:学院長
「う....ん」
きりっとした目で眼下のデスクの書類に目を通している30代のきつい顔している女性がいる。
イリーズカ先生の銀髪よりも格段と薄い白髪をしている彼女はショートヘアーを複雑な三つ編みで後ろへと束ねているようだ。
先生と同じローブを羽織っているが、ドレスの類を中できているのではなくて、きっちりとした赤色のスーツのようだ(本でしか見たことなかったが実際に見るとなんか魅力的な感じするんだな)
ここは学院長室であり、俺と一年B組の担任先生であるイリーズカ先生はこの広い部屋の中心に突っ立っている。横に置かれているふかふかそうなソファーに目もくれず俺達は黙々と書類をチェックしている目の前の女性の事だけを見ている。
「で、そこの子の事なんだけど……」
今度は事務用テーブルの席から身を起こして奥の窓に身体を向け、こちらに後ろ姿を見せながらそう小さく声を漏らした。
「………」
なんでか、俯いているばかりで顔をあげようとしないイリーズカ先生。
俺は先生より背が低いので、こちらから見るとなんでか怯えているように見えなくもない。
「彼の入学を認めることは……できないな。『南方へ』帰してやりな」
「ー!そ、そんな、学院長ー!」
やっぱり、予想した通りのことになったな。最悪な結果を予感していたイリーズカ先生は俯いているばかりだったが、言われた言葉があまりにも一方的過ぎて抗議しようとする先生。
手順通りだったら、学院長が俺の入学を認めてくれたら、書類の受け入りをクリアさせて、俺が本当にこの学院のカリキュラムに適応できる実力を持っているかどうか、軽い【聖魔力】の有無を検査できる試験を課してきそうなのだが、こうも早い段階で断られるとやれることは何もない。
「糞は糞らしく、『南地』に留まるのが筋だと思え」
「ーー!それはあまりにも言い過ぎですっ!学院長ーー!」
学院長の横柄な態度に対し、ついに堪えきれずに声を上げた先生。
「生憎だが、この【聖エレオノール精霊術学院】にああいう輩を通わせる義理はない。それに、たとえ試験を一応受けさせても結果は同じだ。【南蛮人】に【聖魔力】を上手く制御できるはずもないのだからな」
「そんなのやってみないと分からないじゃないー!学院長ー!」
「もう言うべきことも伝えたはずだ。これ以上の問答は不要だから退室するといいよ」
「そーそんな……」
しゅーんと落ち込んでいるイリーズカ先生。
ったく……これならおじちゃんを決定的に直すための【精霊術】が習えないじゃない!成り行きをもっと見守ろうかと思っていた俺だったが、もう取り合わないような姿勢を学院長が見せたら、こっちも黙っているばかりにはいられない!おじちゃんの命がかかってるんだからな!
「失礼します、学院長。僭越ながら申し上げたいことがあるのですが、ここの国、レイクウッド王国にとっての一番の脅威って何でしょうか?」
先生にばかり庇ってもらうわけにはいかない。なので、俺を嫌っているあの女に対してもっと嫌われないようにするため一応丁寧な言葉遣いを心掛けながら、肝心なことを聞いてみた。
「ああぁー?横で声も出ず沈黙ばかり決め込んだ南蛮人の少年が、ついに大きく出たってところかしら?」
「聞いてるんですっ!この王国にとっての最大の脅威って何ですかって!」
小馬鹿にするようなことを言われても、平然とした態度を取りまたも確認するように声を少し上げて訪ねる俺。
「どうやら、少々侮り過ぎたのかしらね、貴様の覚悟を」
「学院長……」
俺の若干あらぶった声に対して学院長の顔色が少し苛立ちを滲み出したけど、微かな興味に満ちたものに変わったのを感じ取ったイリーズカ先生は希望を持つように彼女と俺の方を交互に見る。
「氷竜だ、南蛮人の少年よ。この国の最大な脅威っていうの」
「ひょう、氷竜...ですか」
「...ええ、この首都、【王都クレアハーツ】より遠く北のアズリア地域に、極寒の地があるわ。【氷死の界獣地】って呼ばれてるそれは数多くの【世界獣】が徘徊し、それだけじゃなくてもっとも強力であり伝説級の【氷竜マインハーラッド】までもが跋扈し、縄張りとしている地帯のことよ」
「...そして、ここ最近の数か月前から今日までの間、【氷死の界獣地】に留まっていたばかりで飛び越えてこようとしなかったはずのあの氷のトカゲがいきなり南下し、我が王国のアズリア地域にあるいくつかの町を襲ってきて、数多くの犠牲を出した」
イリーズカ先生に続いてそう説明した学院長へ、
「討伐隊は派遣してないですか?」
「もちろん、冒険ギルドだけじゃなくて王国軍の選りすぐりの一流な近衛騎士団まで討伐隊に加わった。だが……」
「成す術もなく、その……ぜ、全滅させられていたんだわ...」
「……なる程」
やっぱりこの質問をした甲斐があって、俺の入学トラブルについて状況を打破する糸口が掴めた気がしてにやっとする。
「では、こういう提案があるんですが、如何でしょうか?要するに、俺がその【氷竜マイン】なんとかってトカゲを刈り取り、王国を一番の危機であるそれから救って上げると言うのはどうですか?そうすれば、俺の実力を否が応でも認めてもらわなくてはいけなくなるんですよ?」
今度は一か八かの最高級の博打だ。これを言ってしまったら、俺を【南蛮人】だと見下して、蔑んでいた学院長の銀戦に触れることが出来るかどうかを
「………ふむ」
俺を値踏みするかのように目を細めて真剣に見つめてくる学院長。
「オケウェー君……ほ、本当に大丈..夫でしょうか?あんなものまで...」
心配するような目を向けてくる先生だったが、
「よかろう。その提案を受けてやろうではないかー!」
「「ーーー!?」」
学院長からの衝撃な気転にはっと希望を見出した俺とイリーズカ先生。だが、次に彼女から発せられたものは予想通りに、とんでもないものだった。
「但し、やるからには徹底的にやってもらうぞ?責任も伴う。大口叩いたからには結果がすべてだな」
「そ、それは勿論ですとも!俺も真摯な心で王国にとっての最大な危機を取り除きたい所存です!ですから、俺―」
「だが、貴様はあくまでも一生徒として過ごすのではなく客人だ、それもあの彼の【呪われた大地】からやってきて魔術も使えなかったような薄汚い【南蛮人】だ。肌色を見る限り、わたしが危惧した通りに薄い煤色のようで正に【南黒人】と言った方がもっと正しい貴様の事を、本当に本当の意味でこの大陸にやってきたばかりで【聖魔力】を【魔術】として使えるのか、まずは試験を通して確かめてから提案がどうのこうの話すのだなー」
いっきにそう捲し立ててきた学院長がそれだけいうと、
「氷竜を討伐できる暁まで、貴様をここの学院生の一人として認めることはできない。よって、貴様は『期間中の客人』として通い、討伐任務を完了するまでの間は通常の授業をすべて受けることを許可しよう。但しー!」
「ただし?」
「一か月間だけだ。この一月の間に、貴様はあの 【氷竜マインハーラッド】を滅ぼせなかった場合、学院の授業を受ける資格を失うだけじゃなくて、一生ここでの小間使いとして働いてもらうことになるんだが、それでもいいというのだなぁー?」
「……はっ!~予想はしてましたけどね……でも望むところですっ!まあ、奴隷とか人体実験にされるよりかはマシかぁ……」
「オケウェー君~~!なんてことを口にしたの~!学院長に変なアイデアを吹き込まないでよぉ~~!」
慌てて俺の口を塞ごうとじゃれついてきたイリーズカ先生を無視すると、
「なんだー。その方が嬉しいというのか。見た目に似合わず、案外ドMのむっつりガキだな貴様は。まあ、ある意味【南黒民】である【南蛮人】の貴様に相応しい下僕っぷりだな」
心なしか、俺の気概と大胆さに心にでも響いているか、あれほどさっきから俺を見下しっきりでまったく取り合おうとしてなかったのに、今はさっきの仏頂面と違って辛辣なことを口走りながらもこうして親しみの欠片でも感じられるような薄笑いまで浮かべるようになった学院長だった。
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