三十二話:くだんの決闘、そして一時的な帰省
聖神歴895年、1月の19日、火曜日。聖霊術学の野外授業が行われた翌日のこと、
聖エレオノール精霊術学院の学院生寮、放課後まであと一時間の午後2:30時にて:
とても深かった。
眠りが。
永遠にも感じる夢のない長い睡眠の後、
やっと、微睡みから意識が徐々に覚醒していくかのように、全神経と五感すべてが刺激を感じるようになってるところに、先に俺を襲う感覚はというとー
『ちゅっぷーちゅっぷ、ちゅっ~』
「~!?こ、これぇはぁ~~うぐッうぅんー~!?」
いきなり、自分の胸部あたりに、つまり………胸板のところにあるその、
……ち、乳首にあるところに、……刺すようなチクチクとした感覚と同時にくすぐったく感じる甘噛みと舐めつけられる感じもあり、俺は―
『ちゃぷう、ちゅっぷ、ちゅちゅぷ~ちゅ~っ』
「うぅぐぅ~あぁうぐぅ~ひゅぐッ~~んんっ~ひぐっ~!?」
だ、ダメえー~!俺、おれもう~!?
『ちゃっぷー!ちゅっぷちゅっぷー』
「うぐぅうぅ~~!いィーい~~!イーズベリアこらーーーー!!!」
意識が全覚醒したと同時に、素早く起き上がった俺は俺の上に跨って胸板のところで唇を寄せてちゅちゅちゅっぷって舐めまわしてる自分の契約精霊、イーズベリアを押しのけ、そしてー!
ゴド―――!!
『いだあぁーっ!』
容赦ない拳骨をここにいる白髪ショートのクラウン三つ編み後ろ髪をしているイーズに見舞いしてやったー!
「オケウエー、もう起きたわよねー?さすがに。一日中寝てたから寝覚めにいいお薬を持ってきたんだけど、もうー」
カチャ―ッ!
「え?」
「あっ!」
『はあっ。オード姉ちゃんだ』
「………」
自分の部屋のドアをいきなり開けてきたのはオードリーだ。俺達がベッドの上で一緒に座ってるとこを見てしまうと、なんか押し黙ったオードリーだったけど、おいおいおい、これは危険なオーラが空気に漂い始める予感がしないでもないーー!?
「オーケーウエーー……」
「は、はひーっ!な、なんでしょ、オードリーさん!」
こちらに向けて沸々と肩を振るわせて笑ってないような目で微笑を浮かべながらこめかみに青筋を立てるオードリーが見えたので、思わずさん付けになったけど、彼女の視線の先を辿って見るとー
「あっ!」
『いーずいーず、……なにイーズのちっぱいをじろじろ見てるのー?……オケ兄ちゃんのえっち』
これは詰んだなぁ。
何故なら、目の前には平らな胸を背中から前へと包んだ小さくて細い布一枚のイーズベリアだけがいる。
それも、股間の部分を細い真っ白い包帯っぽいというか絆創膏みたいな下着がつけられてるだけで、手足と腕や太ももといった全身の真っ白い肌を惜しげもなく晒すイーズベリアが恥じらいもなく、淡々と俺の方へと向いてるままだ。
「ち、違う、オードリー!これには訳がーー!」
「なんてこと見せつけてきてるのよー!!この南黒人変態オケウエーーーー!!!」
ゴドーーーーー!!!
真っ赤になったオードリーは近くの本棚に置かれている分厚い教科書を俺の方に投げ出してきたかと思えば、すぐに部屋から走り去ってしまったーーー!
さすがに反射神経の優れている俺だから、投げ出されてきた本を片手でキャッチすることができたけど………
「こりゃ、またもオードリーを怒らせてしまったなぁ……」
『追うの?』
「いや、あいつ……生粋なお嬢様だからなぁ……こういう事に対する耐性がないっていうか、ってそもそもお前の方が悪かったからなぁ!『その姿』で俺から直接に聖魔力吸うらから誤解を招くんだぞー!」
『ノー。これは……イーズの寝起き姿。……お腹すいたから……他のこと考えられない』
「お前な…」
もうめっかくちゃだ!
前にあのどデカい髑髏顔の剛力級との戦いに【全身聖白潔実大波壁】を使ったことによる反動だったのか、一日中眠ってしまったようだが、放課後にでもオードリーと会って、さっきの誤解について説明するんだ!
……………………………………………………
…………………………
同日の放課後の午後4:25分、学院の本棟の廊下にて:
「オードリーはどこにいるんだろう……そして他の仲間もどこで何してるんだろう……」
『この時間帯だと……みんな部活か食堂にでも時間を……過ごしてるんだと思う』
俺から聖魔力を十分に吸い取ったイーズベリアはまたも【武器化】することができ、今俺の腰に提げられてる鞘に入ってる聖剣姿の彼女に意見を貰ってるとこ。
なにせ、俺達1年生の全3組の三つの教室はすべて、ここの1階の廊下でドアが並んでいるが、窓から中を覗き込めば、『チームオケウエー』のみんな5人の姿がどこにもいないようだ。
まったく、俺が寮から出てくる時間が遅かったからすれ違いでもしたかー?
自室のデスクで復習の勉強を長くするべきじゃなかったんだ!
と、そんなことを考えながら部活動が行われてる部室が多いあちら側のもっと長い廊下へと向かっている途中で、
「早速お出ましのようですわね、オケウエーサン!貴方が『眠り姫のふり』を止める気になるまでずっと待たせてもらいましたわよーー!」
「んー?」
声のしたあちらの部室のドアが開けられてる方を見ると、
「さあ、聖魔力も気力も体力すべてが全回復しているようですし、野外授業もクリアーしましたし契約精霊もゲットしたのなら放課後の今だからこそやるんですのよー!オケウエー・ガランクレッド!」
「ひ、ヒルドレッドー!お、お前とは確か…」
「そう、決闘ですわ、オケウエーサン!決闘!まさか忘れたとは言わせませんわよーー!?」
そうかあー!俺はこいつと決闘する約束をしちまったんだった!チームオケウエーに入って、一緒に昨日の野外授業をチームメイト行動でクリアーしたら、その後は俺がヒルドレッドと決闘してやると取り引きしてたんだったな!
こうなれば、腹をくくるしかないな、イーズベリアも手に入れられたしね!
『大丈夫。絶対……勝つ』
イーズもそう言ってるみたいだし、やるしかないかあー!
「ヒルドレッド…。分かった。約束通りに、お前と決闘してやるよ。でも、昨日の今日でまだこっちの『大聖霊イーズベリア』と契約したばかりだし、勝手もまだ知らない方が多いんだ。それに、全快したとはいえ、昨日あれほどの長い戦いの連続をチームのみんなと一緒に乗り越えられてきたばかりだから、次の日もまた決闘するとなると、さすがにシンド過ぎるんだが……」
それに、あの氷竜との決戦日まで3週間だけ残ってるし、まずはイーズベリアとの色んな相談を今夜と明日でやってから、そして少しの手慣らし程度の軽いトレーニングをしてからヒルドレッドと決闘を始めても遅くないはず。
「あら、だから逃げるとでもいうんですの、オケウエーサンー?そんなの許しませんし、認めませんわよー!」
「いや、別に決闘しないとは言ってないぞー?ただ日を改めてやるっていうのはどうだー?明日……は予定がないからやれるちゃやれるんだが、学院に入ってから俺はまだどこの部活にも登録されてないんだ、部員として。まだ『客』の立場として通ってるとはいえ、担任のイリーズカ先生に何か小言われる前に一応、一時的な期間でも部活に励む姿勢も見せなくてはな。だから、決闘は明後日でやるっていうのはどう?」
「……それなら、いいですわそれ!乗って差し上げるんですけれど、これは最初にして最後の引き延ばしになりましてよー!次はないと肝に銘じておきなさいー!明後日は明後日ですからね!」
「無問題だよ、ヒルドレッド。絶対に訓練場にて、二日後のお前と戦うからな!」
「それでこそ、『奇跡の南地男子』ですわ、オケウエーサン!お~ほほほ!」
「『奇跡の南地男子』?それってどういう意味なのか?」
ヒルドレッドからそんな痛い呼び名を聞かされ、疑問に思った俺が訪ねると、
「あら、まだ知らないようですのね、なら宜しくてよ教えて差し上げるぐらい!まだ眠ってるままの貴方だったから知らなくて当然ですけれど、今朝の学院にオケウエーサンをごく一部の一年生から『奇跡の南地男子』って呼称が話題中の時間でしたわよー!それもわたくしのA組のリルカサンとシャルロットサンまでもがそのことについてわたくしに伝えてきましたわよー?」
「り…るか…?としゃーるーろっと…?誰だよ、それ?」
「あら、知りませんのー?昨日のルネヨー・フラックシスで貴方が助けたニナサンの知り合いの二人のことですのよー?」
薄い金髪ツインテ―ルの二房の内に片方だけのドリル髪をいじるヒルドレッドにそう教えられた。
「ニナ…あ!彼女かー!俺達を陰ながら応援したいっていう子が!」
っていうか、まだ変な呼び名がついてしまったけどもう勘弁してくれやー!
漆黒の魔王とか、南蛮人とか南黒人少年に続いて、今度は『奇跡の南地男子』かよー!?
色んな変な通称がついてしまったことに、ただただげんなりするしかない俺だった…………
…………………………………………………………
…………………………
同日の午後6:30分、ドレンドリー領の首都、【ドールワイス】の【ドレンフィールド邸宅】にて:
オードリーの視点:
「放課後まっすぐに学院長から許可をとって、あたし達ドレンフィール家専用の魔道鉄者に乗って2時間もかかる行程を費やしてまで会いに来てくれるとは……学院で何かがあったのー?」
「お、お姉様……そのぅ…」
別に、昨日のルネヨー・フラックシスで見てきた『あれ』に動揺してるから心配でお姉様の安否を確認するために急遽の帰宅してきたわけじゃないわ。ただ……引っかかる『何か』を感じたから念のために、って……
「さ、最近…なにか変なこと起こってないー?ここで」
「あら?変というだけでは……何を意味してるのか分からないわネ。もっと詳しく説明できない…のかしら?」
「…だ、だから!その……お姉様の世話をしにやってくれてる侍女長…マドリエーヌか、もしくは他の侍女からも…あの、何ていうのか、へ、変なこと、異常なことってされてないのよね、さすがに……」
これは先に確認したいことだわ。
お姉様が『あんな状態』になってる以上、強靭な肉体も魔術の心得も聖霊も記憶も両脚の何もかも失った今のお姉様なら、魔神に遅れを取ったことに対する反感や怒りでなにかちょっかいというか嫌がらせをしにきた意識高い系の侍女がいても不思議じゃないわね……だから、一応、聞いてみることにしたわ。
「それだったら全くと言っていい程になんにもなかったわネ。マドリエーヌちゃんもみんなも良くしてもらってるし、これといって文句がない程に完璧な仕事をしてくれてる苦労人ばかりだわ~」
「……そ、そう…」
なるほどね。侍女達から何もされてないならいいけど、例え『外側』からの敵襲が万一があった場合でもそうそう簡単にうちの邸宅内まで奥には入ってこれないはずだわ。
確かに、お父様…ドレンフィールド将軍は王国一番の精練魔剣使いの剣聖と謳われてるほどな精鋭の中の精鋭だけれど、昔に魔神に大打撃を喰らったお姉様の一件があった以来、戒めとしてずっと私に厳しい訓練を施してきたばかりだったのに、最近の数年間はいつも王城で王様とつきっきりの任務を勤めてきたから家に過ごしてきた時間は殆どない。
だから、自分で訓練のメニューをベネと一緒に調整して続けてきたわ。
なので、この邸宅をずっとお父様と私の不在で『外側の敵』から護ってくれてきたのがお父様の部下であり弟子でもある勇猛なる兵士達なのよね。門番にも数人いるし。
でも、昨日の『あれ』って誰がその破片に切り刻んでるよう書いて、その……『(ニールマリエー・フォン・ドレンフィールド)( ギャラールホルーツに破滅を齎す者)』っていうデタラメなことを私に見せてきたっていうのよーー!?
疑問ばかりが募っていくけど、取り合えずお姉様の今の無事な姿、何の問題もなく元気そうにしていた様子を確認できて一安心した私は、
「じゃ、せっかく私が一時的とはいえ帰ってきた訳だから、学院の寮へ戻る前にお姉様と一緒に夕食を楽しみたいところだけれど、いいのかしら?」
「もちろんいいのよ、オードリー!あたしの身体や『脳』がどうなろうと、家族同士だもの。…オードリーからの誘いとあれば、姉ちゃんたるあたしがいつまで喜んで一緒してやるわネ~~。ふふ…」
「~!う…嬉しいわ、お姉様!」
『昔のお姉様』じゃなくなったとはいえ、さすがにそんな満面な笑顔を浮かべられてはきゅ~んってなっちゃうので直ぐに自分も笑顔になり、お姉様を伴っての夕食を楽しむために、私自らお姉様の車椅子をダイニングホールへと押していった。
こんな優しげな、癒される顔してる無防備な可愛いお方となってるお姉様に何が『 ギャラールホルーツに破滅を齎す者』ですってー!?
書いてたやつ見つけ出せば、絶対にめっちゃくちゃにぶん殴って反省させるまで半殺しにしてやりたい気分だわ!ふーん!
そして……オケウエーもオケウエーよー!
助けてくれた時の彼の姿はまあ、かっこいいし?感謝もしてるん……だけど、自分の契約精霊に対しても、もっと……厳しく躾けなさいよね!
いつまでイーズベリアに、あ…あんな破廉…恥な格好させるつもりなのよ~~!まったくもう~~!
あの嫌がらせみたいな予言というか予告に対してだけじゃなく、オケウエーに対する不満も心の中で膨らんでいくばかりな私。
……………………………………………………………
……………………………
______________________________________




