偉大なる使者
ニアは思う。
今回のエレナ様が襲われた?事。6人の弟子の先生たちがいなくなった事。エレナ様の『創世の書』が盗まれて、自分の手元に「違う」『創世の書』が置かれていた事。そして…エレナ様のみ行えるはずの『創世の書』への歴史の刻み込みがニアにも出来た事。何も分からない。
頭が混乱してどうかしてしまいそうだ。
しかし、世界の危機が迫っている事だけは理解している。とにかく、何一つ分からないままではあるが、ニアは一人旅路を急いだ。
ニアの心がこっちに行けと言う方向を目指して。
*
半刻も歩いた所でようやく「ここだ」と思う町に着くことができた。
さて、この町には一体どんな「創りきれていない歴史」が存在するのだろう。
町並みを歩くが、この前のオールディンの村のような危機的な事は起こっていないようだ。町人は通常の生活を送っているように見える。
「なんだ、まだガキじゃないか」
ふと声をかけられる。
見ると、樽に腰掛け頬杖をしながらこちらを見ている少年がいた。
ニアから見てもまだガキなのは一緒なのではないだろうかと思う年頃だった。
オールバックの黒髪が日に当たり眩しい。黒髪なのに緑色の瞳がどこか違和感を感じさせる、そんな少年だった。
「しかも女!こいつ大丈夫なんか?」
さっきから人が驚いて観察をしているところ、次々と失礼な事を言ってくる少年だとニアは腹を立てた。
「なんなんですか、あなた!それに僕は男ですよ!」
フッと笑って少年は立ち上がり、ニアのもとへ歩いてきた。背丈はニアより10センチほど高い。そのため見下ろす、いや、見下すように嘲笑いニアに話しかけた。
「オレは鼻がいいからな。お前が男のふりしてる女ってわかってんだよ!バーカ。」
その態度に一段と怒りを覚え、胸が熱くなった。うん。この感情はあの時と似ているから試しに、『創世の書』を見る。この男を葬る文章を刻み込むように反応していないか。
そうすると意外にも『創世の書』は光っていた。
「え、うそ?」
しかし、光ページを見るが、何も頭に浮かんでこない。僕の感情ともリンクしているのか。不思議な本だ。また謎が増えてしまった。
「おい!本なんか見てないでオレ様が話しかけてるんだ、無視すな!」
本が光ったお陰で少し怒りが収まっていたが、やはり失礼な奴に絡まれてしまったとニアは、はぁーっとため息をつく。
「はいはい、女ですよ。だからなんです?あなたには関係ない。」
「オレはな!偉大なる方に頼まれてお前をサポートしに来たんだよ。ありがたく思え!さあ行くぞ、下僕!」
ニアは頭が痛くなった。この男は話を全く聞いてくれないし、それに何なのだ、この態度は。これは冗談じゃなく、この男がこの町の災難なのではないだろうかと本気で思ってしまうほどだった。
「さぁ行くぞニア!この町の崩れかけた歴史はこの先だ!」
「え?僕の名前…なんで知ってるんですか?」
突然名前を呼ばれて、また歴史の危機を知っていて驚いた。これは…大聖堂の神官か、はたまた自分と同じ先生につかえる弟子か…何せあの大聖堂にはそれはもう大勢の人がいて顔さえ覚えきれないのだ。
「あなた誰なんです?大聖堂の方ですか?」
少年はニッと笑い、ニアの手を取り走り出した。
「だからオレは偉大なる方のしもべの者、ザッジ様だ!」
いきなり手を引かれてウッとなってしまった。しかし振り解くことはせず、素直に手を引かれていく。何がどうなっているか分からないが、この男は悪い奴じゃない。手をつかまれた瞬間、あの人の温もりを感じたのだ。
「それと!大聖堂とは関係ない!安心しろ、悪いようにはしないさ!」
ニカっと笑うその顔もどこか似ている。それだけで涙が出そうになってしまった。
「先生…」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ!なんでもないです、よろしくお願いします、ザッジさん!」
ニアは笑顔を見せた。それに応えるザッジ。
「あ、オレの方が1歳年上だから敬語必須、後敬え、従え、媚びへつらえ!」
…やはり手を振り解こうか。
*
着いた先は町のはずれ、柵が立ててあった。ニアの背では向こう側が見えない。
「土地が腐り出したんだ。町人にはまだ公表はされていない。一部だから町役人どももまだ危機感は持っていないんだ。」
「土地が腐る…そんなことも歴史が未完成のせいで起こるんですね。」
ニアはこの前の獅子が暴れた村のことを思い出していた。守り神が暴れ、村人が犠牲になるのも恐ろしいことであったが、そうか、土地が腐るといった大地に異変がある場合もあるのか。
「そこでだ…!!」
ザッジが柵を思い切り蹴り飛ばす。バッファロー3体が突進したかのような衝撃で柵は全て吹き飛んだ。
このザッジって人なんなんだ?!とニアは唖然としてしまった。
「早く!誰かくる前に!」
こんなに大きな音がしたらすぐ人が来てしまう。ニアは光る『創世の書』を開く。
そしてニアの頭に言葉が浮かんできた。その言葉をニアは大切に、一言一句間違えず口にする。
『創世の書第148ページ、第3章1節ハルクールの町、土地は肥え、以後永久なる繁栄をなす。第2節緑は生い茂り、農作に適した土地となることから、じゃがいもの育成で成功する。』
「じゃがいも?!なんじゃそりゃ!!」
ザッジが隣で大笑いしている。無視。
ニアが『創世の書』に言葉を刻み込むとすると土地はあれよあれよという間に青々と息を吹き返した。さっきまでの荒廃が嘘のようだ。
町役人たちが大慌てで駆けつけてくる。
「君たち何をしてる!!!って…あれ?」
腐った土地が元通り以上に青々としている現状に町役人はキョトンとしている。
そして「何が何だかわからないけど良かった!助かった」と手を取り合って喜んだ。
それを見てニアとザッジはその場を後にする。
*
「ニア、お前のやってること、カッコいいな!」
町を後にしてなんとなく2人で歩いているとザッジが言ってきた。
「世界を救っちまうんだぜ?いやぁ、気持ちいい!」
ニアは心から嬉しかった。ここまで一人で少しではあるが旅をしてきて、話し相手もいなかった。また、自分のやるべきことが本当に合っているのかわからずにもいたからだ。
「…ありがとうございます。」
ニアは下を向いて歯に噛むように言った。
「じゃ、これからもよろしくな!」
…ん?この先もこのザッジという男はついてくるのか…?途端一抹の不安に襲われる。さっきだって、人がまじめに刻み込むをしているのにじゃがいもで大爆笑する男だ。一人は不安だ。しかし二人はもっと不安だ。
「さ!行くぞ!」
また腕を掴まれる。ニアはあの人を想う。