旅立ちの日
一瞬の静けさの後、混乱の声で部屋は一気に慌ただしくなった。
「何が起きている」だの「灯りをつけろ」だの「みんな大丈夫か」と声が多方から飛んでくる。
部屋で唯一光を放っているのは大きな地球の模型だった。しかしその光も微かで頼りにはならない。
ニアは混乱の中ふと、地球の模型を見た。
「レイシュ先生?」
一瞬模型の前をレイシュが横切った気がしたのだ。
次の瞬間、一気に部屋の灯りがついた。
皆は『創世の書』のある場所を一斉に見る。その目の前にはエレナが倒れていた。
「エレナ様!!」
周りの幹部がエレナのもとに駆けつける。しかしよく見ると人数が少ない。
灯りが消える前と今では幹部の人数が明らかに減っていた。
「エレナ様、起きてください!エレナ様!」
声をかけるが返事がない。ふと、別の幹部があることに気づいた。
「ない!!『創世の書』がないぞ!!」
周りがどよめく。何が起こっているのか理解ができない者でいっぱいだった。
現状は…『創世の民』であるエレナ様が倒れ、そこにあった『創世の書』がなくなっている。そして…
「まて!エルニカがいないぞ!レイシュもだ!…ハルもいない!!…他には?!」
ニアはあぶら汗をかいていた。エレナ様が倒れ、『創世の書』が無くなり、我が尊敬する師がいない。只事ではないことは言わないでも分かる。
*
どうやら居なくなった幹部は6人らしい。6人の幹部の弟子は尋問を受けることになった。
今はタタが呼ばれているのだが、怒鳴り声もドアの隙間から聞こえてくる。ニアはまだ頭がついていかない状態であった。あの時見た影はレイシュ先生だったのだろうか。つまり『創世の書』を盗んだのはレイシュ先生?でもなんのために?
「次!レイシュの弟子、ニア入室しろ!」
考えもまとまらないままニアは部屋に呼ばれた。尋問官はレイシュと同じ幹部のキルトだった。
「やぁ、ニア。早速だけれど。君の大好きなレイシュくんについてだ。」
笑顔だが目が笑っていない。キルト特有の眼差しがとても痛い。
「私は何も知らないんです!レイシュ先生はどちらにいかれたんですか?!私も知りたいです!」
「ニア、『僕』だろう?」
ハッとするニア。それを見て冷たい眼差しのまま笑顔を作り、キルトは言った。
「もう結構。退席して。」
「はい…」
ニアは俯いたまま部屋を後にした。外ではタタが待っていた。
「お前なんでこんなに早いんだ?俺なんか知らねえって言ってるのに怒鳴ってきやがって。」
ニアは俯き加減に言った。
「…僕が嘘をついていないのが分かったからだと思う。」
「まぁいいや、とにかく!俺はエルニカ先生を探しに行くぜ。エレナ様もまだ目を覚まさないようだし。起きないなら儀式は始まらない、って幹部も揃わなくちゃだしよ。」
タタは賢明なことを言っている。ニアも同じ気持ちではあるが、由々しき問題が他にもあった。実はパックも居なくなってしまっていた。師と弟弟子が同時に居なくなる、やはりレイシュ先生は何か今回のことと関係があるのだろうと思いを巡らせる。そんなことを考えるうちに少し疲れてしまった。
*
自室に戻ることにした。疲れでいつもより扉が重く感じる。部屋に入るといつもの景色にどこか泣きそうになった。
ふと、自分の机に目をやると。
「これ…『創世の書』…?」
一冊の本が置かれていた。ニアは慌てて周りを確認する。誰もいるはずがないが誰かいないかを念入りにチェックした。
本を手に取ってよく見ると、『創世の書』と若干色合いと作りが違っていた。レイシュに一度は『創世の書』を目にしておくべきと間近で見させてもらったことが功を奏した。
しかし、ニアの心が言っている。これは『創世の書』だと。
そして、紙切れが挟まっているのを見つけた。
『ニア、世界を救いに行け。オマエにはその力がある。』
ニアは本を掴んだ。そして必要最低限の旅支度をして目立たないように窓から外に出た。
そうしろと自分が言っている。そうしろと彼が言っている。
「私が、私が救わなきゃ!!」
一瞬の静けさの後、そう呟いた。