奢りと注文
先日、愚痴を言ったり聞いたりする関係の同僚からたとえ話をされたんですが。たぶん本題は違うよな、条件次第だからその例え話ではあなたのほしい意見は聞けないんじゃないかな? って言ったんだけど。
「わたしが100%お金を出すんだから、何を食べるのかはわたしが決めていいと思わない? 仲のいい友だちに奢る話だけど」
という趣旨。
え〜……? 好きなもの食べられないなら奢ってほしくないですが……?
と、わたしは思う。それぞれ好きなもの頼んでそれぞれでお会計すればいいじゃん。わたしは、二人のときはもっぱらこれ、人数増えたら完全に割り勘です。
『相手に今現在金がないけどいっしょに食べたいから奢ると決めた』なら、好きなもの食べさせてあげればいいじゃない……? 財布事情で上限があるならそう言えばいいし。
食べるもののメニューまで決められるの……? 財布事情で上限ありを言えない間柄? それホントに『仲のいい友人』ですか……? 上下関係じゃないですか?
「奢ると決めたなら好きなもの食べさせてあげなよ……」
っていうか、『まとまった金を使う話』だそうなので、食事みたいな消えものの話じゃ通じないよな……?
「ただし恋人や配偶者との話だったら、気がすむまで話し合え〜。一生引きずるぞ」と締めましたが。そして「え〜……」と言われる。
愚痴は言い合うけど意見は合わない人です。すまんな、共感を求めているのに共感できなくて……。だが譲れません。
食べることに大して興味がなくて、腹が満たされればそれでいい人相手なら、「わたしが奢るからわたしが注文するね」でいいと思うんだ。でも「わたしが奢るんだからわたしがメニュー決めて良くない?」って同意を求めてくるってことは、相手は別のものが食べたかったわけでしょう。「わたしが奢るのにわたしは食べたくないラーメン専門店……」とかなら、そもそも店選びを主導させる時点で対応間違ってるし。「わたしが食べたくてあなたは食べたくないラーメン専門店」を選んだのだとしたら、対等なはずの相手へ気遣いがないしな……。
「今日は奢るよ、なに食べたい?」「なんでもいいよ(ハート)」「じゃあ牛丼チェーン店」「は?(青筋)」
は、奢られる方が対応悪い。意見があるなら言えや。意見があるのに相手の出方伺うのは『試し行動』だぞ。「サイゼリアでニコニコしてくれる彼女かどうか確かめる」のと同じだぞ。せめてパスタがいいかなぁとか傾向を言えばいい。あるいは牛丼チェーン店を楽しめばいい。
「うわ、あんな太い足でミニスカとか〜(笑)」「……。そんなに太くないよ……」「あ、ラーメン食いたいんだった、二郎! 俺の奢りだから俺が食いたい店でいいよな!」「……」「大丈夫大丈夫、おまえ痩せてるし! 一食くらい平気じゃん?」
これは奢る方の気遣いがない。通行人のちょっと太めをあざ笑ったくせに、カロリー爆弾食べさせるのは支配的じゃない? ルッキズム死に絶えろ。その一食のせいで相手が一週間くらい摂取カロリーに悩む可能性を考えていない。
……。
そうか……奢るほうが偉い、みたいな価値観になじまないんだな、わたし。若かりしころ、デートは男性が奢るもの、という風説を信じてしまってすみませんでした(エア謝罪)。父や母が子どもの分の金を出す感覚から抜け出せてなかったわ。
女性も一人で生きていける程度の金を稼げる育ち方したほうがいいと思うよ。「女は最悪、嫁に行くって手があるじゃん」って考え方は良くない。男性も「自分が稼がないと」って呪縛から抜け出せない。
自分で稼いだ金を自分で判断して使ってみる(失敗も成功も経験する)ことでしか学べないものって、たぶんある。学べないこともあるけど。
男女それぞれ、ではなくて、やっぱり個々人の考え方だと思うんだよねぇ……。奢りだけど好きなもの食べられない、って「奢ってくれてありがとう」より「好きなもの食べさせてもらえなかった上に、奢ってくれてありがとうって態度示さなきゃならないのか……」って恨みのほうが残りそう。
先に「上限ここまで」で伝えておけば、その中から好きなものを選べれば、「奢ってくれてありがとう」って思えるんじゃないかなぁ……?
「(その上限じゃ)わたしが食べたかったメニュー頼めなかった!」って考える人とは、一生そういう付き合いになりそうだし、距離取ったほうがいいような気もする。
五十万貸してくれって頼んだのに断った人より、三十万貸してくれた人へ「不十分」だと恨みを抱くのに似ているような。不十分な手助けしかできないならやらないほうがマシなのか? どうなんだろう……。五十万貸してほしいと頼んだ人が満足するのは百万(あげるつもりで)貸してやること、らしいですよ。うん、それは富豪におまかせします。無理。




