蛙化現象の話
アセクシュアルの中に含まれているんですが、他人を好きになるけど好かれることは望んでいない。リスロマンティック、リスセクシュアルと言う分類があります。ロマンティックは恋愛感情、セクシュアルは性的欲求。アセクシュアルを語るとき、それは別のものとして語られる。
で、リスでも向けられる愛情に嫌悪するかしないかは、人による。片思いのときが楽しいって気持ちは、他の性的指向でも共感する人いそう。
そして本題。
他者を好きになるけど、その人から好意を向けられると途端に気持ち悪くなってしまう。それを蛙化現象と言います。素直に「かえるかげんしょう」と読みます。
正式な病名ではないはず。病名つくのかな?
童話『カエルの王子様』からきている。王子様がカエルに〜!(好意の対象が嫌悪の対象に)
カエル、嫌いじゃないので悲しい。
それはともかく、スキスキ言ってたのにスキになると途端に逃げ出す、嫌悪する、サヨナラする。って、ひどくないか……。
なんでこの話題を出したかといえば、自分がそうだからです……。
恋愛感情、性的欲求はもとからあんまりないなぁと思っていたんだが、掘り下げていくとどうやらわたしは他者に好かれたくないらしいんだよな……。
友だちづきあいも同じです。「うわ〜、この人と友だちになりたい!」って感じたとしても、「じゃあ友だちになろうか」と好意的に受け入れられるとたじろぐ。近づかれると逃げたくなる。子どものころは自覚がなかった。だから傷つけた人もいっぱいいる。でも昔は今ほど「あああ〜、ムリ!」ではなかったから、人生のどこかしらに原因があるんだろうな。一人でぐるぐる考えてるからだろ自業自得、って可能性も含めて。
こっちから好意投げて好意返されたらさっとよけるって、なんでだよわたし……(泣)。相手に失礼だろ……。
結果、人と距離を置くようになっているんですが。
『雑談する職場の人』あたりがいちばん過ごしやすい。
自己肯定感の低さが問題らしい。「この(ダメな)わたしを好きだなんて趣味悪いのでは?」という、相手にとてつもなく失礼な思考。いっそ傲慢に見える。
わたしが好きだと感じるような人はダメなわたしに見合わないし、そうじゃない人との付き合いは非寛容なわたしが耐えられない。
……。なんだ、ただの(たち悪い)こじらせか。メンドクサ。
しかしまあ、子どもは持つべきじゃないと思うんだよね。なぜなら子どもはどんな親も愛するから。愛そうとするからです。世話してもらわないと生きられない状態のまま生まれてくるからね。
おまえがムリでも配偶者がいるだろう。って思われるかもしれないけど、「子育て向いてなかったのでやめます!」ってことが許されるか? 家事育児しない父親や親戚に囲まれて育ったので、わたしがムリでもこの子の父親が子育てやってくれる、なんて期待することができない。
自分ですら自分のことをめんどくさいやつだと思うのに、「そんなきみも好きだよ」なんて近づいてくる異性は胡散臭い。人の面倒をみるって現実を軽く見過ぎじゃないかね。「この程度の女なら自分にもワンチャン……」なんて了見で、子どもともども幸せな家庭を営めるのかね。
わたしはこのめんどくさい自分の面倒を見て生きて死んでいくので、放っておいてください。恋愛に近い感情を向けられるのは非常に苦手だ。認知歪んでるので。
友だちはほしいけど、友だちになりたいような人のことを傷つけるのはイヤなので、好意向けられるほど近付かない。人はそう簡単に変われないよ、特に欠点については。
なんでこんなにこじらせちゃったかなぁ……(ため息)。




