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死後 僧の妻



 三途の川に架かる橋の上で、私は女の鬼と話していた。川の(ほとり)に石を積む子が居たので、私はそれを手伝っていると、褐色の肌をした女の鬼に連れられ、三途を渡る事になった。




 「こんな事ないでしょ。誰が案内する人が、賽の河原で一緒に石積んでると考えるの」


 女の鬼が悪態をつき申し訳ない。待たせている人がいたとは思っていなかった。女の鬼は、錫杖の鈴を鳴らして、話を続ける。


 「大体、普通はアタシも案内しないんだよ?」


 「アンタは特例中の特例。善行を積んで、僧でもないのに天界へ行くなんて、聞いたことないよ。賽の河原で手助けしてたのも納得のお人好しだね」


 「困っている人が居たら、助けてあげさなさい。そう夫に言われてきましたから」


 「あぁアンタの夫は僧だったね。成る程」





 女の鬼と橋の上で話しながら進んでいると、さっきの子供達が気になり振り返った。するとまだ石を積んでいる最中だった。


 「あの子達は、どうして石を積んでいるのですか?」


 泣いてる子も多く、気の毒に思い聞いた。


 「あれらは、親不孝者だから石を積んでる。親より先に死んだせいだ。大事に産んで貰った身で、粗末に扱い死んだ報いだよ」


 だが、その中には赤子もいる。流産か何かだろうか。未熟な手で石を積む姿は、見ていて余りに痛々しい。


 「粗末に扱ったわけではないかもしれません。事故か何かの可能性だってあります。それを当人の全責任として背負わせるのは、問題ではないですか」


 「む、確かに一理ある」


 「あの赤ちゃんなんて、意識ないまま死んでしまったでしょうに…」


 「いやしかし、母の腹を殴り産まれてきたからには、その人生を全うしなければいけない。その罪に意識の有無はまるで関係がない。罪を重ねたかどうかだよ」


 価値観の相違は恐ろしいもので、やはりこの世とあの世では勝手が違うのだと感じた。




 「私は本来、地獄へ堕ちる予定だったのですか?」


 天界へ行く予定の無かった私は、もし地獄へ堕ちたらどうなるのかを知りたくなって女の鬼に聞いた。


 「ん? いや。アンタは元々餓鬼道に堕ちる筈だった。あの世って言っても、天界と地獄だけで構成されちゃいない。六つの界が存在していて、その内の一つに餓鬼道がある」


 「物を喰らえば、卑しいと見なされて、醜い餓鬼へと堕とされるのさ」


 それではこの世の全ての人が餓鬼道に堕ちるのではないか。と言いかけると


 「あぁ、勘違いするなよ。天も全員、餓鬼に堕としたい訳じゃない。アンタみたいな人間も居るし、アンタの夫みたいに僧になる人も居る」


 「その業に見合うだけの救済を、人界でどれだけできるかだ」


 「正しく生きれば、それで救われる」


 と、返された。その返答からするに、私は餓鬼になる業より人を救ったという事だろうか。





 「夫は、どうなりますか? 本当に天界へ来るのですか?」


 「あぁ。いずれアンタの夫も、天界へ来るよ。首を長くして待ってな」


 私は夫が餓鬼道に堕ちるのなら、この三途の川に飛び込もうと思っていたのだが、それはしなくてもよさそうだと、安堵した。


 「さて、もうこっからは彼岸だ。此岸に言い残す事はないか?」


 女の鬼が聞く。


 「いえ、何もありません。夫とあちらで話すとしましょう」


 そう返す。


 「そうか、じゃあな」


 短く言葉を交わして、私は天界へと旅立った。輪廻の輪が、観覧車のように回って、私を遥か彼方の空へと連れて行った。








ーーーーーーーーーーーーーーーー








 天界は雲の上、荘厳な世界に女は数年間住んでいました。何処から降ってきたかも分からない無数の蜘蛛の糸が、神の手で編まれ、縫われ、絡まり、ほどいてを繰り返し、人界へと落ちていきます。


 雲には蓮が多く散在し、薄桃の花弁と白の花弁から、華の色香が漂っています。天界の雲には幾つかの穴が空き、そこから下の界を覗く事ができました。




 僧の夫であった女は、いつまでも僧が天界へ来るのを待ちました。ですが何年、何百年経っても、夫は現れません。そして遂に、神に夫の行方を聞きました。


 神は憐憫深く、雲の間から大鏡をお取りになった後に、こう仰りました。


 「お前の夫は、餓鬼になってしまったよ」


 女はそれを震えて聞き、やがて泣き崩れました。僧はきっと女が餓鬼道に堕ちると踏んで、三途の川に身を投げたのだと、女は悟りました。


 女は一目散に、蜘蛛の子を散らすように走り抜けました。やがて、雲の穴を見つけると、そこへ身を投げました。


 女の方は今、何処にいるかも分かりません。


 ただ、餓鬼道の方では、今も一匹の餓鬼がある女を探して三途に住んでいるそうです。




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