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4・思い違い

 フェアルは答えなかった。

 締め付けられるような悲しみは止みそうになかったが、それをごまかすように、わずかに笑う。


「気づいたら、10年も経ってた。みんな……リリちゃんも年を重ねるんだった。だけど、また会いたかったな。そうしたらいつもみたいに、跳びついてきてくれたかな」


 二人は自然と、黙とうをささげた。

 その後フェアルの涙が渇いたとは言えなかったが、それでも「リリちゃんに挨拶ができて、よかった」と立ち上がったのを合図に、二人はどこへ行くのかも話さないまま、城壁の門を越えて、日の照る平原を道なりに歩いた。


「許せないかもな」

「え?」

「俺は今日のこと、きっと許せないよ」

「カームが? どうして?」


 フェアルは続きを待ったが、カームはそれには答えず、道の先に深々と広がる森を見つめた。


「フェアルは、何も言わないんだな」

「何のこと?」

「森に犬がいるって嘘をつかれたことも、呪いだとか感染するとか、調べもせずに10年間幽閉されていたことも、父親に金で売られて、金で俺に買われたことも。何も、文句を言わないんだな」

「何度も言ってるよ」

「言ってるのか?」

「うん。どうしてなのって、何度も言ってる。どうして私は、何もわからないの、って。考えられたら、何かできたのかもしれないのに。どうして……」


 一瞬だけフェアルの表情が歪んだことに気づき、カームは虚を突かれたように押し黙る。

 あれほどの状況に置かれていたというのに、フェアルが考える文句らしきものは全て、彼女に向けられていた。

 先ほどまで、ほぼ初対面のフェアルの家族に対し、軽蔑ばかりの感想を持っていたカームにとって、それは予想外の答えだった。

 フェアルの感じ方に、否定的な感情は起こらない。ただ、自分だけで背負おうとしているような危うさが、少し気になった。


「考えまくってるから、フェアルは自分に文句を言ってるんじゃないのか。それに俺が連れ出した時、あれだけでかい声で『触らないで』って叫んでたけど、あれは別の誰かの考えだったのか。犬が行方不明になったときも、勝手に森に入ったのは、いったいどこの誰の考えなんだよ」


 フェアルははっとして、カームを見た。

 言われてみれば、当たり前のような気がするのに、それは新しい発見のような気持ちだった。


「……ありがとう」

「自分のことは、案外わからないのかもな」

「だけど私、わかることもあるよ。カームが私を付き人にしてくれたことは、嬉しかった。それは、自分の考えって言うか……本当に、そうなの」


 大真面目な顔で頷くフェアルを前に、カームは後ろめたい気持ちになる。


「悪かったな、あんな金で」


 フェアルはどきりとして、父たちの住む城を振り返る。


「やっぱり、偽札なの?」


 一瞬だけ、カームの歩みが滞ったが、すぐに持ち直す。


「フェアルは俺を何だと思っているんだ」

「だって、着ているのは使い込んだ旅人の物のようだし、私が閉じ込められていた離れの鍵穴を針金で開けたり、慣れた様子で私を誘拐しようとしたり、それをなかったかのように上手な嘘をついたり、お父様に札束を投げつけたりするから、貴族のふりをして人をだます犯罪組織の一員かと……どうしてそんな、呆れたような顔をしているの?」

「呆れているんだよ。自分に」

「もしかして、隣国の領地のご長男というのは、本当なの?」

「違う。それは俺の兄貴だ。俺が謝っているのは、その……結納金として渡してやれなかったことだよ」


 ふてくされたような言い方をするカームに、フェアルは目をしばたいた。


「もしかして、私の出した損失が破談だってこと、気にしてくれたの? いいのに。私、こんな姿で、もう27歳になっていて、形だけだとしても婚約相手としては、とても……」


 もう、27歳。言葉にすると、その重みが現実のものとなってきた。

 この周辺国の貴族は結婚となると、若い嫁がもてはやされる。

 フェアルは旬の時期をとっくに過ぎ、しかも呪われた姿だという現実を再確認すると、のしかかってくるように重々しかった。


「大人だな」


 その言葉に、フェアルの感情がぎゅっと縮こまる。


「私より、カームの方が、ずっと大人だと思う」


 数は27歳になっているが、幽閉された時の17歳だった頃と、今の自分は何が違うのか。

 自分の疑問に答えることができないフェアルに、カームはそっけなく言う。


「そんなことないだろ。俺、未成年だし」

「年齢じゃなくて、振る舞いとか、物事の考え方とか、堂々とした様子とか……え?」


 フェアルは自分よりずっと背の高い相手を見上げた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒロインと主人公のやりとりにドキドキ感があっていいですね。自分で駄作を書いてみるといがいとこういう掛け合いって難しいななんて思っております。あと、禁じられた森とか大好きです(駄作でも一押し採…
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