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18・出来ること

『もう、許してくれ……勘弁してくれ、フェアル……』


 息も絶え絶えの声が聞こえて、フェアルは両手を胸の前で組んだまま、顔を上げた。

 夜明け前の空は、うっすらと光を宿している。

 随分冷え込んで、吐く息が白かった。


「……アドバーグ様?」

『ああ、ワシだ』


 疲れ切った声色を聞くと、様々な不吉なことがよぎる。

 ぼんやりとしていたフェアルの意識が一気に覚めた。


「だいじょうぶですか。こんな冷え込む時間帯に、森からここまでやって来るなんて、一体何が起こったのですか」

『フェアル、お前のせいだ』


 壁を隔てて、アドバーグが息苦しそうな声を出す。

 フェアルは息をのみ、身が縮めたが、それは寒さのせいではない。


「も……申し訳ありません。私が森に侵入する不審者のことをお伝えするのが遅かったということでしょうか……何かお手伝いできることがあれば……」

『いらん!』


 アドバーグは腹立たしげに叫んだ。


『もう腹いっぱいだ! おまえはずっとずっとずーっとずっと、夜通しワシに思念を送り続けてきただろう! どれほど愛していても、相手がノイローゼになるほど愛情を押し付けてはならぬ! ワシは昨日、おぬしたちに散々こき使われて、疲れ果てておるのだぞ。今ワシにお迎えが来たとしても、それは寿命のせいではないからな! 過労! それと強制労働! その後の執拗な愛のささやき! 複合的な原因で休まらなかったための過労死だからな!』


 アドバーグの力説に、フェアルはあっけにとられて、壁に向かって頭を下げる。


「す、すみません。でもどうしても、森に不審者が侵入する可能性をお伝えしたくて、つい、夢中に……」

『わかっておる。おぬしはいつも一生懸命だからな。しかしだ。だからと言って、魂を削るような勢いで思念送ってくるのはどうかと思うぞ! おぬしが知らせてくれた事情はワシが森のやつら……カームが迷わせの盟約を結んでいた木の爺たちにも伝えた。もういいだろ! これ以上思念を送ってくるようなら、嫁にすることはできん! 以上!』


 アドバーグはそれを伝えるためだけに来たのだと、フェアルは理解する。

 森を案じているフェアルを安心させるために、彼は息を切らして、ここにいる。


「アドバーグ様、私のために来てくださって、ありがとうございました」

『まったくだ、年寄りを走らせて。いいな、もう休め。ワシは帰って寝る』

「はい。お疲れのところ、思念送りまくってすみませんでした」

『まったくだぞ。フェアル。森の防衛は大丈夫だからな。安心して休め』


 大切なことは念を押した後、壁の奥から、草をかき分ける音が去っていく。

 アドバーグの思いやりに、フェアルは胸がいっぱいになった。

 顔を上げると、小窓から覗く空が白んでいる。

 カームはどうしているのだろう。

 毒の浄化のための手配は上手くいったのだろうか。


 もし、とフェアルは思う。

 もし自分がカームに会わなければ、何も知らず、考えず、父に命令されるまま、森に毒を捨てる手伝いをしていたかもしれない。


 再び自信のなさ襲われかけて、フェアルはそんな自分を励まそうとした。しかし浮かんできたのは、古の森の帰り道、カームの前でただ泣きじゃくることしかできなかった、みじめな自分の姿だった。


──許すから。だから、もういい。泣かなくて、いい。


 あの穏やかな言葉に許されたのは、カームだけだったのだろうか。

 何もできない、わからないと、泣いているだけの自分を、フェアルは胸の内にしまい込むと決める。

 怖くないと言えば嘘になるが、このままではいたくなかった。


 フェアルの背後で、扉が開いた。

 一晩中寝ずに、届くかもわからないまま、ひたすらアドバーグに言葉を送り続けていたフェアルは、ふらふらしながら振り返る。

 まばゆい日ざしが差し込み、その先に人影が立っている。

 フェアルは立ち上がり、挑むように向き合った。

 緊張していたが、心は決まっている。

 父に引き渡しを命令されたとしても、あの森を汚すつもりはなかった。


「お父様、あの森はカームの……隣のオッグス家の領地です。たとえ身分の高い方の考えだとしても、私は毒の排水を捨てるための手伝いをする気はありません」


 フェアルは首に巻いたスカーフを握りしめると、まっすぐと前を見据える。


「私は、カームのところへ帰ります」



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