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【完結】精霊言語の通訳者  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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17/22

17・祈り

 父はバカにするような口調で声を荒げた。


「何を言っているんだ? おまえを連れ出したやつはな、オッグス家の長男ではなく、次男の方だったようだ。私はなぁ、そんな子どもと約束なんてした覚えはない」

「カームからお金を受け取りましたよね」

「だからそれがおかしいというのだ! オッグス家は、未成年のガキに、あんな大金持ち歩かせるなんて、どうかしている。ろくな大人にならん」

「あれは、カームが大切に貯めたお金です、失礼なことを言わないで」

「そもそも、お前だってあの子どもの付き人だと言いながら、私のところへ戻ってきただろう。わかっているじゃないか、あんなやつ、たいした力も、権限もないのだと」

「そんなことはありません!」

「ではなんだ。お前が使い物にならないから、捨てられたのか。私が呼びつけてやって、喜んで帰ってきたのは、行き場がなかったからだな」


 別れ際に振り返らなかった、カームの背中が蘇る。

 フェアルはひるんだが、否定するように叫んだ。


「そ、それはわかりませんが……ここに戻るつもりはありません!」

「なんだと! さっきから私に口答えして、いよいよ侮辱するつもりか! いい加減にしろ!」


 父は感情的にフェアルを突き飛ばすと、側で待機していた使用人を怒鳴りつけた。


「おい、お前! これをいつもの離れに連れていけ!」

「は、はい」

「食事も与えるな!」


 名前すら憶えられていない使用人は、慌てた様子でフェアルに駆け寄り、身体を支えてくれた。

 もしこれ以上フェアルが口を開けば、父親は腹いせとして使用人を責めることが予想できたため、フェアルはおとなしく従い、慣れ親しんだ離れに戻った。

 錠の降りる音を背に、暗く冷えた空間にたたずみながら、無感情に息をつく。


 父は国の偉い人やお金の入る話を、断らない。

 今までなら、素直に従っていた自分を、フェアルは不思議に思う。

 それ以外のやり方があるということに、気づきもしなかったのだ。


 しかし、父に意見が通じないことを知りながら口論になっても、結果はいつも通りだ。

 自分の考えは、どうして薄っぺらいのか。

 このままでは明日、ドライアドの力を利用しようとしている誰かに引き渡されることは、間違いないというのに。


 一枚の青葉が、はらりと足元に落ちる。

 それは自分の髪を彩る、ドライアド特有のツタから落ちたものだった。

 呪われていると言われ、この離れの扉が閉まったときの、10年前の絶望的な心情が、フェアルの中に蘇ってくる。


──武器にしろ。


 気弱になっているフェアルの胸の内を、カームの言葉が打った。

 それをきっかけに、カームと過ごしたひとつひとつの記憶、離れから連れ出してくれたときの大人びた横顔や、未成年であることに焦りを感じているような態度、森の異変に対しての考えを述べる冷静な口ぶり、言葉も通じないアドバーグとたたき合う軽口、老木と意志疎通出来たことを喜ぶワクワクした表情、泣きじゃくるフェアルに対しての、呆れた、でも穏やかな口調……なんてことのない小さな思い出が、とめどなく流れ込んでくる。


 涙があふれて止まらなくなった。

 

 カームと共に古の森で会ったフェアルをドライアドにした老木、アドバーグと彼の帰りを喜んでいたハリネズミたち、みんなは、どうなってしまうのか。

 会ったばかり、別れたばかりだというのに、もう懐かしくて、かけがえのない過去になってしまっている。


 いくつもの宝物を失ってしまうような気がして、フェアルは冷たい石床にうずくまり、泣き続ける。

 もし、自分が森に毒を捨てる手伝いをすることになれば、彼らはどうなるのか。

 非力な自分に、どこまで拒否を通すことができるのだろう。


──過去は変えられない。もう諦めろ。


「わかってる……わかってるの」


 フェアルは涙に声を震わせ、カームとかわした言葉に返事をする。

 彼の言葉はいつも、辛らつにも思えた。

 しかしカームがそうやって、知識と経験、能力を身につけてきたのは間違いない。

 彼が森の汚染に気づくことも、ドライアドを見つけてアドバーグから事情を聞き、毒の種類を判ずることも、木の精霊と迷いの森の盟約を結べたことも、自分で動かなければ、何も変えられなかった。


 フェアルはひとつしかない小窓を見上げた。

 カームなら、どうするのだろう。


 フェアルは大きく息を吸うと、壁に駆け寄る。

 そしてポケットに手を忍ばせると、アドバーグからもらった小さな石を取り出した。

 それを震える手で包み、額を冷たい壁にこすりつける。


 祈りのようだった。

 夕暮れのひんやりとした室内に、静寂に満ちる。

 やがて小窓から、斜陽がかげりはじめた。



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