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1・呪われた姿

「触らないで!」


 10年ぶりに出した大声で、フェアル自身が驚いた。


 時折散策する人が訪れる、田舎道でのこと。

 ほどよく手入れされた草地と、少し離れたところには古めかしい居城も見える。その城主の娘であるフェアルは、旅人風の若い男に手を引かれていた。

 いかにも身分違いの逢引き、という取り合わせだったが、二人の間に甘い気配はない。

 実際、手をふりほどこうとしているフェアルに対し、青年は顔すら向けず、歩き続けた。


「大きな声、出すなよ」

「ご、ごめんなさい」


 つい謝ったが、手はほどきたい。

 もし、自分のようになってしまったらと思うと、なおさらだった。


「だけど聞いて。私、呪われているの。もし、カームにうつったら……」


 青年が振り返り、すり切れたフードの下にある黄金色の髪が揺れる。

 海色の瞳と目が合うと、一瞬、少年かと思ったが、顔つきには旅慣れた余裕と成熟した風格があった。

 絵本に出てくる王子様のような顔立ちと、狡猾な盗賊の長のような旅装束を身にまとう若者──カームは、鋭い声で聞いた。


「呪い?」

「そう。私……」


 言いかけて、フェアルはここが住み慣れた薄暗い離れではないことを思いだす。

 貴族の令嬢には似つかわしくない、質素な木綿のワンピースと、不健康に青白く、呪われた姿が白日の下にさらされていた。

 ぞっとして、フェアルは目をふせる。


「お願い、見ないで。手を離して」


 カームは素直に手を離した後、慣れた様子でフェアルの髪をすくいあげる。

 それは太陽を受ける青葉のように、鮮やかな緑色をしていた。ところどころに細く柔らかい植物のツタが混ざり、長く美しい髪の流れを、飾るように伸びている。


「呪いって、この容姿のことか?」


 緊張のあまり、フェアルは返事もできずに両手で顔をおおう。その時、自分の指先に木の幹のような爪が見えた。

 まるで、人に木が融合したような姿。

 フェアルは、か細くなる声で必死に伝える。


「なぜ、私が幽閉されていたのか……もう、わかったでしょう。私を連れ出して、一体どういうつもりなの?」

「誘拐だけど」


 平然とした声に、フェアルは目を開いた。

 顔をおおっている指の隙間から、カームの飄々とした表情がのぞく。


「事情はわかったな。行くぞ」


 カームは臆することもなく木の爪の生えたフェアルの手を取ると、城壁沿いに続く道を歩き始めた。

 フェアルも当然のように、しばらくそのまま連れられていたが、我に返ると再び声を上げる。


「待って。カームは宿泊客でしょう? 荷物が……宿は反対方向に、」

「気にするの、そこなのか? それに俺は貴族専用でもない宿に、荷物を置いたりしないんだよ。行くぞ」

「だけど私、戻らなきゃ。誘拐は、よくないの」

「そうかもな」

「そうじゃないの。私、人だったの。この姿は、呪われたせいで、もし、カームにうつしてしまったら、」


 言葉の途中で、少し離れたところから、聞き覚えのある娘の声が飛び込んできた。


「カーム様!」


 フェアルは硬直した。

 カームはその様子に気づくと、すぐそばの城壁にフェアルの背を預けさせて、彼女の姿を視界からさえぎる。

 フェアルにはそれが、自分を隠すための配慮なのだとわかったが、息が触れてしまうほどの距離を意識してしまうと、一瞬で顔が熱くなった。


 実際、フェアルは婚約者だった相手にすら手を握られたこともなく、異性に対してさほど免疫がない。

 すぐに、相手に聞こえるのではなかと思うほどの強さで心臓が音を立てはじめた。呼吸すらうまくできず苦しいくらいで、かなりの混乱状態になる。

 それでも、カームの身が危険にさらされていることだけは忘れるわけにはいかないと、必死に声をふりしぼった。


「あの、カーム……呪いが、うつって……」

「気にするな。見られたくないなら、おとなしくしてろ」


 そうは言われても、近すぎる。

 カームの腕の中で動揺しているフェアルの耳に再び、娘の媚びるような声が投げかけられた。


「カーム様ったら、こんなところにいらしたのね。私、お食事会に誘いに来たのよ。ふふっ、遠慮しなくてもいいわ、カーム様は特別なの。だって私、ちょっと年上の美形が好きなんだから……ねぇ、さっきから城壁と向き合って、どうなさったの?」


 娘は放っておいてくれる様子もなく、最近流行っている、鮮やかな珊瑚色のドレスのすそをゆらしながら寄ってくると、カームの腕の中を無遠慮にのぞきこむ。

 とたんに、うわついた表情を凍りつかせた。


「お姉様……!」


 フェアルの妹は後ずさり、真っ青な顔で叫ぶ。


「はやく……はやく! お父様とお母様を呼んできて!」

「は、はい」


 側にいた侍女が慌てた様子で立ち去ると、妹は目をむき出し、ヒステリックにわめいた。


「カーム様、それから離れて! 呪いがうつるわ!」


 カームは自分の背後にフェアルを隠すと、動じた様子もなく、妹に向き合う。そして、すすけた旅装の男とは思えないほど、品のある口調でたずねた。


「お嬢様、呪いとは、一体どういうことなのですか」

「それは……」


 妹は嫌悪を込めた眼差しで、カームの背後にいるであろうフェアルをにらみつける。


「我が家の領地に、立ち入ってはいけない禁忌の森があるの。それなのに、お姉様は勝手に入って、帰ってくるときにはそんな姿になっていた。お父様は怒っていたし、お母様は泣いていたわ! 森に呪われた娘なんて家族の恥だって、人前に出せないから病だってことにして隠していたのに……」


「だから、あんな牢獄みたいな場所に、フェアルを閉じ込めていたのか」

「そうよ! それに、これは10年前の話なの。お姉様は今年、27になったはず。それなのに、その姿……あの時と変わらず、今なら私よりも年下にすら見えるわ。人じゃない!」


 妹が感情的に騒ぎ続けたため、敷地内を散歩している宿泊客らしき人々の視線が、自然と集まる。

 フェアルは自分を隠すように、カームの背中に寄りそった。

 先ほどまで、距離の近さに緊張していたことが嘘のようになくなり、今はそこが唯一の避難所にすら思える。


「こちらでございます!」


 妹の侍女がフェアルの両親をともなってやってくる。

 彼らはフェアルに気がつくと、汚らわしいものを目にしたように顔をしかめた。



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