魔法使いな花梨さん
「ニンジン、タマネギ、ひき肉、じゃがいも、えっと後は、っと」
学校帰りの夕方。私はスーパーに寄って、お母さんに言われた材料をカゴ入れてゆく
「ふぅ……これで全部ね」
最後にルーをカゴに入れ、カレーの材料勢揃い!
「今日はカレーかぁ」
しかもお肉入り……久しぶりだなぁ
「ふふ、弟達も喜ぶわね」
レジでお金を払って、スーパーを出る
スーパーからアパートまで15分の道。楽しみなカレーのため、ちょっとだけ早歩き
アスファルトの道から砂利で出来た小道へ入って、サッカーも出来ないような狭い空き地を横切れば、私のアパートまで後少し
「………………?」
今、空き地から弱々しい鳴き声が聞こえた気が……
「何かしら……あ」
空き地の端っこから、むくりと起き上がったのは身体の小さい、わんちゃん。白と黒のブチが可愛い
確かダルメシアンって言ったかしら?
「クゥーン」
わんちゃんは、私の方へ近付き、正面におすわりしてじっと見つめた
「な、なによ?」
「わん、わん」
買い物袋へ鼻を鳴らし、また私をじっと見つめるわんちゃん。お腹空いているのかしら?
「クゥ〜ン」
「……なによ」
そんな目で見たって……
「クゥ〜ン、クゥ〜〜ン」
「…………ちょっとだけ」
買い物袋からお肉を取り出して、包装紙を……
「ガウ!」
「あっ!?」
突然わんちゃんが私に飛び付いて来て、お肉をくわえて走り去ってしまった
「あ……お、お肉……だ、だめー!」
あれは六百円もする牛さんのお肉。二週間ぶりのお肉を盗られる訳には!
「ま、待ちなさいよ!」
「ワン、ワン」
「まちなさーい!!」
わんちゃんは、辛うじて私が追い付く程度の速度で走ってゆく
お腹が空いて、早く走れないのかしら……で、でもお肉は返してもらうから!!
それから10分の追いかけっこ。ようやく、わんちゃんの足が止まる
「はぁ、はぁ……やっと追い詰めた」
正面に石壁、左右にはブロック壁がある袋小路。もう逃がさない!
「ウ、ウゥ〜!!」
姿勢を低くして、唸り声を上げるわんちゃん
「ひっ……こ、怖くなんてないんだからね! うぅ………あ!」
地面に落ちていた、竹ほうき。それを持って構える
「か、噛み付いたらこれで叩くから!」
「わふ…………クゥーン」
「ま、参った!?」
「…………クゥーン、クゥーン」
「あ…………」
潤んだわんちゃんの瞳から涙がぽろぽろと零れて……
「……もういいわよ」
ほうきをブロック壁に立て掛け、しゃがむ
「もういいから…………お食べ」
言葉が通じたのか、お肉を地面に起き、私の事なんか忘れたかの様にがっつく、わんちゃん
「…………よーく味わいなさいよね」
弟達、がっかりするだろうなぁ……
「……お家帰ろ」
私は立ち上がり、振り返って家路へ……
《心優しい少女よ。あなたになら我が力、譲る事が出来る》
「な、何!? 誰!?」
後ろから!?
振り返ってみても、わんちゃん以外誰もいない
「ど、何処に隠れているのよ!」
《そう怖がらないで。大丈夫、あなたに危害は加えないから》
「こ、怖がってなんて無いわ! そんな事より姿見せなさい! レディに失礼でしょ!!」
身体の震えを悟られない様に大きな声を出す
いざとなったらもっと大きな悲鳴を上げる為の練習にもなってるわ
《もう見せてますよ》
「見せてるって……」
もう一度ぐるっと辺りを見回してみても、人の気配が無い
《此処よ、此処》
「此処って、わんちゃんしか……え?」
《そう、私。ダルメシアンのダルコよ。あなたは?》
「わ、私は花梨……え?」
わんちゃんが喋った!?
「……そんな事、あるはず無いわね」
また弟達に馬鹿にされちゃう
《あら、でも事実今、私喋ってるじゃない》
「ふん。なら何で喋れるのよ。動物は声帯が違う言葉は喋れないってテレビでやっていたわよ」
毎週見ていて良かった、刑事アニマル
《うふ。魔法よ》
「魔法? ……ハァ。何を言い出すかと思ったら。
私、そういうの信じて無いから」
去年、そういうのが出てくるアニメを見ていた時、弟達から馬鹿にされて以来、サンタさんも魔法も人前では信じない事にしている
「どっきりなんでしょ? 嫌なイタズラね」
きっと、どこかに隠しカメラがあるんだわ
《疑い深いわね〜。まぁ、無理もないけど……あ、そこの竹ほうきを手に取ってくれる?》
「……別に良いけど」
石壁に立て掛けておいた、ボロボロのほうきを手に取ってみる
《跨がってみて?》
「い、嫌よ!」
《お願い! お肉弁償するから!!》
「………………ち、ちょっとだけなら」
恥ずかしいけど、お肉の為渋々ほうきに跨がる
もしこれが放送する事になったら訴えてやる!
「……こ、これで良いんでしょ!!」
なんで私がこんな事しないといけないのよ!
《ありがとう。はい、じゃ飛べ》
「何を言って……」
ふわふわっと、軽い浮遊感ほうきが、と言うより、私自身が浮いてゆく感覚
「な、なにこ……れ!?」
周りを見てみると、家や壁は無くなっていて、いつの間にか私は電柱のてっぺんと同じぐらいの高さに浮いていた
「と、飛んでるの!?」
ほんとに飛んだ!
《そうよ〜。これで信じてくれた?》
「う、うん! ……す、凄いなぁ」
雪を驚かしてあげようかしら……ついでに、あいつも
「……ねぇ、ちょっと飛んで来て良い?」
《良いわよ。でも、三つの規則があるからそれを聞いてからね》
「規則?」
《そう。それを破ると、魔法の力は失われるの。
ええと、一つ、魔法を悪用してはいけない
二つ、魔法を人に話してはいけない
三つ、使う魔法は一日三種類まで》
「……つまらないわ」
人に自慢出来ない魔法なんて、何の価値があるのよ
私は高度を下げ、地面に降り立ち、わんちゃんに右手を突き出す
「魔法要らないからお肉弁償して」
《え゛? ま、魔法よ? ハリーポッターとか見た事無い? 魔法ってスッゴク凄いのよ?》
「使い道ないもの。それよりお肉が無いと、いつもの寂しいカレーになっちゃうわ」
《いつもの?》
「あ、う……と、とにかくそういう事だから!」
《…………ねぇ、花梨ちゃん》
「何よ!」
《お肉がやっすいスーパーがあるの知ってる?》
「馬鹿にしないで。そういう情報は逐一チェックしているわ。例えば三つ駅向こうのスーパーは、夕方5時からタイムサービスでお肉が半額になるとか、隣町の精肉店では豚肉が三割引きとか」
《く、詳しいわね……じゃ何でそっちで買わないのかな?》
「遠いからよ。電車で行くと予算オーバーだし、自転車で行くと時間掛かるし…………あっ!」
《そう。魔法で飛んでゆけば直ぐに着くわ》
「へ、へぇー、中々便利かもね」
凄い、凄い、凄い!!
計算では、近所のスーパーで毎日のオカズを買う場合と、安い所のスーパーでの差は一月で2735円もあった
それだけ浮けば弟達のオヤツ代になるかもっ!
「き、興味無いけど……魔法、貰っておいてあげても良いわ」
《ふふ。……はい、六百円此処に置いておくわね》
わんちゃんが地面にお手をすると、何処から出したのか六百円が現れる
「う、うん」
お金を拾って、がまぐちにしっかり仕舞う
《……花梨ちゃん。美味しいお肉と、優しい心をありがとう》
そう言うと、わんちゃんは陽炎の様にフワッと消えてしまった
「あ……こ、こっちこそ」
……ありがと、
「…………よーし! 目指す先は三つ駅向こうのスーパーよ!」
少しの寂しさを振り切る様に、私はホウキに跨がって空高く飛び、スーパー目指して疾走した
続く……かも