202話 妥協案をプレゼンする
「読みました。その件でお話ししたいので、今からいらっしゃいませんか?」
《すぐ行きます》
わたしが伝言を風の精霊に預けると、即座に返事が返ってきた。
慌ててドアを開けに行ったら、ちょうど1号室のドアを施錠するウルマスの姿が見えた。わたしに気付いて駆け寄ってくる。
うわ~っ、何かすっごい笑顔なんですけど!
どう見てもすごく期待されている。なのにごめんね。あなたを待っているのは部族長というサプライズなんだ……。
案の定、家の中に入ったウルマスは、応接セットに座るグニラを見つけて驚きの声を上げた。
「長!? 何故ここに」
「スミレちゃんとは友達でねえ。二人とも陽月星記が好きで、時々こうしておしゃべりしておるんじゃよ」
「陽月星記って、古語で書かれた歴史長編小説では……。いや、そんなことより、一体どこで知り合ったっていうんですか」
「人族の亡命者が城下町で店を開いたと聞いてなぁ。どんな娘っこかと見に来てみたら、店番しながら陽月星記を読んでおるのじゃもの。驚いたわえ」
「ウルマスさん、驚かせてすみません。グニラおばあちゃんとは今日たまたま会う約束をしてたんです」
「グニラおばあちゃん……?」
「友達なんじゃからどう呼んだっていいじゃろ。ほれ、いつまでも突っ立ってないで、さっさとこっちへ来てお座り」
口をあんぐりと開けたまま立ち尽くしているウルマスにグニラが声を掛ける。
驚くのはわかるし、急にこんな展開で非常に申し訳なく思いつつも、テーブルの上にささっとウルマスのお茶を並べた。
仕方なさそうにソファーに腰を下ろすウルマスが恨めしそうな視線を向けてきたので、素直に謝っておく。
まさかこんなところに部族長がいるなんて思わないだろうし、わざわざ元人族の亡命者にこっそり訊ねたのに部族長にバレてるなんて最悪の事態だろう。
でも半分は不可抗力だよ……。伝言を送ったのはあなたなので諦めてください。
「すみません。わたしまだまだ魔族社会に疎くて、グニラおばあちゃんに児童文学の立ち位置についていろいろと教えてもらってたんです。ウルマスさんのことは伏せてたんですけど、先程の伝言を丸っと聞かれてしまって……」
「ちょうどスミレちゃんが考えた妥協案を聞こうとしていたところへ伝言が届いてのぅ。どうせならお前さんも一緒に聞いたらいいと思って呼んだんじゃ。さて、話を中断してしまったが、スミレちゃんや、そろそろ再開してもらえるかね?」
グニラに促され、まずは書籍化作品について感想をさくっと述べて、手早く本命作品の話に移る。
本命作品の感想として、とてもおもしろかったと言ったらウルマスに涙ぐまれてしまった。魔族的にはNGに抵触する作品だから、肯定されると思ってなかったのかもしれない。
感動してもらえたのはいいのだけれど、ここから先は厳しい内容になるので今から胸が痛い。
グニラに指摘された子供たちへ及ぶかもしれない危険な影響について伝えたら、案の定、ウルマスの顔はサッと青ざめた。
NGに抵触するとわかっていても、子供たちに読ませたい一心で児童文学作品を書くくらいなんだから、彼も子供たちに深い愛情を寄せている。なのに、自分の作品を読んだ子供たちが外の世界への憧れを強くした結果危険な目に遭うかもしれないなんて、考えただけでゾッとするだろう。
「……長、俺が浅慮でした。そんなこと、考えもしませんでした……」
「あくまで可能性の話じゃ。わたしもスミレちゃんに訊かれて昔の長老の言葉を思い出しただけで、推測に過ぎん。じゃが、可能性がある以上は慎重に動かねばならん」
「――とグニラおばあちゃんはおっしゃるんですが、わたしはウルマスさんのこの作品が埋もれてしまうのは非常にもったいないと思ってまして。おばあちゃんの指摘を聞く前に考えていた妥協案を、一応聞いていただいてもいいですか?」
「わたしらとは違う文化圏で育ったスミレちゃんはどんな案を出すのかのぅ。楽しみじゃわい」
ホクホク顔のグニラに対し、ウルマスは気落ちしたままだ。ショッキングなことを聞かされたばかりだし、あまり話を聞く気になれないか……。
でも、それはそれで仕方ない。わたしは自分にやれるだけのことをしよう。
最初の案はいわゆる学園ものだ。魔族国の学校は学園ではないので「学校もの」と紹介する。
「学校ものとは、その名のとおり学校を舞台に繰り広げられる青春群像劇です。成人したての魔族が王都の学校で体験するアレコレをドキドキとワクワクで彩ってみるのはどうでしょう。初めて接する他部族との交流を通して相互理解の大切さなどを描けば、多少登場人物が若過ぎても目こぼしされるんじゃないかと考えました」
「ふうん。子供を登場させられんのならせめて一番近い年代で、ということかえ。舞台が学校という物語は珍しいし、王都へ出てきたばかりの連中がてんやわんやするのはおもしろそうじゃのぅ。……お前さんは長いこと学校に通っておるから、話のネタも多かろうて」
ちらりとウルマスを見やったグニラの視線に、ビクッとウルマスが反応した。
……執筆に精を出しすぎて学業が疎かになってるんだろうか。ミルドの話だと、学校は里に行かせてもらっているんだから勉強を頑張るのは当然という感じだったけれど。
もしそうなら、理想を掲げるのは結構だがやるべきことはちゃんとやれと言われてしまいそうだなぁ。
ウルマスは首をすくめて少し頷いただけで特に何も言わなかった。どれだけ若くても成人は成人、子供じゃない。その点で妥協できないのかもしれないな。
続いて、二つ目に紹介するのは「擬人化」案だ。
「自分の部族や種族の子供を余所者の目に晒すのが嫌なのであって、それ以外の子供なら別にかまわないのであれば、魔族以外の人種や生物や架空の存在の子供世代が登場する分には問題ないのではと考えました。ただ、先程のグニラおばあちゃんの話を聞いた今では問題なしとは言い切れなそうだと感じています」
「ほほう! 魔族以外の子供とな」
「はい。魔族の物語を他の魔族以外の何かに当てはめて物語を展開するんです」
擬人化というより魔族化と言う方がより正確な気もするが、実はこの案に関しては言葉の定義よりもっと面倒な問題がある。
「……で、具体的には何者を擬人化するんじゃね?」
「それなんですよねぇ……」
魔族国には獣人族がいるから動物の擬人化は不適切だ。竜も竜人族がいるから無理。植物も鉱物なども精霊族がいるからダメ。火や風、雨や土すら精霊族に該当種族がいるから擬人化にならないのだ。
一体何を対象にすれば、この魔族国で擬人化が成立するんだろう?
「残るは太陽や月、星とかの天体系――いや、無理ってわかってますから! さすがにそこは理解してますから大丈夫ですよ!?」
グニラとウルマスがギョッとした顔でわたしを見たので、慌てて否定する。
以前、魔王たちとお花見した時に、元の世界では月は満ち欠けするから月見もするのだと話したら酷く気味悪がられた。
魔王はそれほどでもなかったが、ヴィオラ会議のメンバーの反応を見て、不変の象徴である月の見た目が変化するのは非常に恐ろしく禍々しいことなのだとわたしも理解したのだ。
その陽月星を成長という名の変化を描く物語に使ったら、子供たちがとんでもなく不吉な存在になってしまう。
「そ、それでですね、最終的に擬人化する対象として思い付いたのが、……これまた問題があるかもしれないんですけど……精霊です」
「精霊、とな」
「はい。特に精霊族にとって精霊とはとても大切な存在でしょうから、こういう風に扱っていいものかわからないのですが……。精霊の見習いというような位置付けのキャラクターを魔族の子供に見立てて物語を展開したらどうかなぁ、と……」
自信がないのでボソボソと話すわたしを食い入るようにグニラが見てくる。
わたしにとって精霊とは契約を交わした四人の精霊ちゃんたちなので、毎日一緒に過ごしている、かわいくてニコニコ元気で愛しい存在なんだけど。
グニラが眉間にしわを寄せて考え込んでいる。うう、やっぱり不謹慎とか言われてしまうだろうか。
「あの、精霊を擬人化するというのは不謹慎でしたでしょうか」
「……いや、悪くない。存外悪くないぞ、スミレちゃん」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。子供のうちから精霊に親しむという点で教育的に良いと言える。それに、大人向けにも教訓めいたものを盛り込めそうじゃしのぅ」
例えばじゃが、と言ってグニラはいくつか例を挙げた。
現在の魔族国には精霊を使役対象と勘違いしている魔族がいる。そんな者どもには少ししか協力してやらなくてよい、と精霊見習いたちが習うとか。
魔素が少ない、循環がおかしいと精霊たちが苦痛を訴え、精霊を大量投入し自然治癒力で魔素の循環異常を治す話とか。
「精霊に親しむ気持ちを育む、魔素の無駄遣いを戒める、大量投入に対する意識低下の阻止などにも役立つじゃろうて。明らかに良い点があるなら、魔族たちもそう目くじらを立てんよ。そういう方向で、空想の精霊の世界で精霊の少年少女に活躍させてはどうかねえ」
「おお~っ、精霊族だからこそ書ける精霊の世界って感じですね! さすがグニラおばあちゃん!」
部族長のお墨付きも出たことだし、これならどうよ?とウルマスを見てみたが、気落ちしたままなのか、それとも単に気乗りしないだけなのか、心を動かされたようには見えなかった。
頼まれたから案を考えたのに……と思わなくもないけれど、自分の夢や理想が子供たちに危険を及ぼす可能性を孕んでいたという事実に打ちのめされたばかりで、今は他のことに考えが回らなかったとしても無理はないか。
そもそも、ウルマスにとってはこの状況自体が不本意だろうし……。
反応も薄いまま、ウルマスはひと言ふた言礼を言って帰って行った。
その背中を見送る。
肩落としてるなぁ……。
これまでが順風満帆だったというか、今まで魔族の誰かに手助けをした時はすごく喜ばれてきたから、相手にこれほど失望されたのは初めてだった。
そのことに、何だかわたしもすごくショックを受けている。
グニラは気に病むなと慰めてくれたけれど、失敗した、対応を間違えたと思うと悔やまれてならない……。
その後、いつものように陽月星記の萌えトークをしたが、いつも程には盛り上がらなかった。せっかく久しぶりに会えたというのに、グニラには申し訳ないことをしたなぁ……。
帰り際、もう足の痛みがないからと元気良く馬車へ乗り込むグニラの姿を見られたのがせめてもの救いだ。
ハァ。人付き合いって難しい。
こういうのは異世界も元の世界と変わらないな……。
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