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星空の季節 −Sweet×Sweet 番外編−

作者: 椎名璃月

やっと掲載出来るようになりました!…というわけで、本編の編集も完了しました。ぜひそちらもお読みください!それではどうぞ。

 分娩室に、元気な赤ちゃんの泣き声が響いた。

「…うまれたぁっ」


 5歳の少女・麻友。

 その父親・湊。


 小さな私営の産婦人科で、麻友の母親であり湊の妻である佐倉映夕が、女の子を出産したときの物語――。


「そうだね…」

 麻友の歓声にしばらく口を閉ざしていた湊が、感慨深そうに、声を震わせて、麻友の頭を撫でた。

「パパ、ないてるの…?」

「…嬉しいんだよ…」

 初めて見る父親の涙に、麻友は一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐにニッコリと笑った。

「…まゆもうれしい!パパがうれしいから、もーっとうれしい!!」


 麻友は、優しい眼をした父親が大好きだった。映夕のことも嫌いではなかったが、湊が誰より好きだった。

 初恋の人=湊に近かったかもしれない。


 湊は麻友を抱き上げて、映夕のそばに近付いた。


「…映夕、お疲れ様」

「湊…男の子じゃなくてごめん」


 え、パパ、おとこのこほしかったの?

 しらなかった…。


 …じゃあまゆ、いらないこなの?

 パパはおんなのこがうまれてもよろこんでたよ?



 麻友が不機嫌そうにしているのに気付いたのか、映夕は麻友に赤ちゃんの寝ているベッドの中を手招きして覗かせた。


「ほら、見てごらん。麻友の妹だよ。名前はまだ決まってないけど…仲良くしてあげてね、麻友」


 麻友は、湊を取られたくない気持ちと妹を可愛く想う気持ちに挟まれていた。


「…かわいーね、あかちゃん!」

 こうして麻友は、“いいこ”になる道を選んだ。

「麻友…」

 映夕と湊は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。


 これでいいんだ。

 ママとパパがわらってるから――。




 映夕に子供が生まれて1週間。退院を明日に控えた土曜日のこと…。


「麻友、ママのとこ行こうか」

「うんっ」

 麻友が助手席にちょこんと座ると、湊は車を発進させた。


「そうだ、麻友」

「なぁに?パパ」

「赤ちゃんの名前、“麻依”になったんだ」

「まい…」

「麻依の“ま”は、麻友の“ま”と同じ字なんだよ。麻友と麻依の、初めてのお揃い」

「…おそろい…」


 麻友があまりご機嫌でないことが気にかかり、湊は麻依の話をやめた。


「なぁ、麻友。麻友がどうして麻友って名前になったか教えてやろうか」

「…まゆ、ききたい!」

「はいはい」

 麻友の機嫌が直りそうなので、湊は何か嬉しくなった。


「麻友はね、ちーっちゃかったんだよ、生まれたとき。…この間、麻依見てちっちゃいって思っただろ?」

 麻友は静かにコクン、と頷いた。「麻依なんかより、ずぅーっとちっちゃかったんだ。ママのお腹に、大きくなるまで居られなくなっちゃって、ちっちゃいまんま生まれてきた」

 ちょうど信号だったので、小さかったことを身振りで見せた。


「だからね、お医者さんもママもおばあちゃんも…もちろんパパも、みんな心配したんだ。耳が聞こえないんじゃないかなぁとか、目が見えないんじゃないかなぁとか…元気な赤ちゃんじゃないかもしれないって。もしそうだとしたら、この子は幸せになれないのかなって…」


 麻友は、湊の眼に涙が浮かんでくるのを見ていた。


 …まゆがうまれたときも、パパ、ないたの?


「…それでね。麻友の名前決めるときは、“どうかこの子が幸せになりますように”って…ママとパパはそれだけ考えてた。…麻友、“麻”って知ってる?」

「あの、キシキシするいと…?」

「そうそう。…麻っていうのはね、そのまんまじゃすごく弱い素材なんだ。でも、縒り合わさって、糸や布になることで、今までの弱さがなくなる。はかなげって意味もあるけど、パパはそういうところも全部含めて“麻”って字が好きなんだ。それに、生まれたばかりの麻友にはその字がピッタリだった」


 熱中するあまり麻友に理解できない言葉が入って来ていることにも、湊は気付いていないようだった。

「それから、麻一本を強くする人達がいっぱい出来るように、それが家族だけじゃなくてたくさんの友達であってほしいって“友”って字を付けたんだ」


 まゆ…うまれてよかったんだね?

 恥ずかしくてそんなことは聞けなかったけれど、聞いたとしてもパパは頷いてくれるんだろうな――。麻友はそんなことを想っていた。



 退院して、麻依と映夕は家に戻ってきた。

 その途端、平日保育園に行っている間が凄く平和になった。

 麻友が家に帰ってくるなり麻依は泣き出したし、麻依に嫌われているのかと思って麻友が泣いても、映夕は振り向きもせず、麻依をあやしつづけた。

 そんな毎日が続き、麻友が日に日に笑わなくなってきたことに最初に気付いたのは、保育園の先生だった。


「麻友ちゃん、どうしたの?具合悪い?」

「…え」

「お熱あるのかなぁ?ちょっとおでこ出して」

 少しひんやりとしているのに優しい手で、先生は麻友の額と自分の額の温度を比べる。

「お熱はなさそうね。…麻友ちゃん、笑ってごらん?」


 笑ってごらん、と言われた瞬間、麻友の眼から涙が溢れた。


「…れいせんせいのほうがずぅーっと、まゆのママみたい…。まゆのママ、まいのママになっちゃったぁ…」

「麻友ちゃん…」

 “れいせんせい”はどうすることも出来ず、ただ麻友を抱きしめていた。



 ――春、麻依が生まれて4ヶ月経った頃――。


「…はい、解りました。8時頃ですね。はい、お大事に…失礼します…―麻友ちゃん」

「…はい」

 麻友が振り向くと玲がいた。

 いつもなら映夕が迎えに来る頃なので、麻友は鞄を手に立ち上がろうとした。

「待って、麻友ちゃん。あのね、麻依ちゃんがお熱出しちゃったんだって。病院行ったりするから、ママしばらくお迎えに来れないんだって」

「…」

「大丈夫よ、先生と遊ぼ」

「…れいせんせい、まゆ、おトイレいってきます…」

 そういって麻友は教室を出ていった。そして静かに、保育園を抜け出した――。



「麻友ちゃん!?麻友ちゃん!!」

 10分経っても麻友が帰って来ないので、玲は声をあげながらトイレへ向かった。

「麻友ちゃん!?」


 そこには、誰も居ない――。



「麻友ちゃん!!」

 半分泣き叫ぶように玲は麻友を呼んだ。

「いったいどうしたって言うんですか、玲先生。未満児クラスの子が寝てるんです。静かにしてくれませんか」

 玲が振り向くと、いつも優しい園長先生が厳しい顔で立っていた。

「子供が…居なくなったんです!!」

「…何ですって…!?すぐお家の方に連絡して。終わったらすぐに探しに出るのよ。咲先生と夏美先生にも出てもらいましょう」

「…はい!!…あ、すずらん組の佐倉麻友ちゃんです」

「解ったわ、伝えてくる」


「…麻友ちゃん…っ」

 玲は、走り出した。


 そのころ麻友は、保育園からかなり離れ、同時に家からはもっと離れた場所へ向かっていた。


 遠足で行った、プラネタリウムへ――。


 とは言え、真冬の空の下。

 吐く息は白く、足の感覚もなくなってきていたし、当然夕焼けの時間は過ぎて、真っ暗だった。

 その暗さも手伝って…道もよく解らなくなってしまっていた。




「こんなに遠かったかなぁ…?」


 次第に独り言も増えてきていた。




「ひゃあっ」

 寒い日が続く最近は雪も溶けにくくなって来ているのか、路面は凍っていて、麻友は足を滑らせて転んでしまった。


 保育園の制服のスカートは膝上丈で、衝撃はそのままに伝わってくるはずだった。


 だが、感覚のないせいで冷たさ以外の痛みは感じなかった。

 膝を擦りむいたかもしれないけれど、そんなことを考えていたら前に進めなくなることは解っていた。

 ケガをしたと気が付いたら、進みたくても身体が拒んでしまうだろう。


「おひざは…みない。あたし、ケガなんかしてないもん…!!」


 実際には擦りむくどころか、麻友の膝は鋭利になった氷に切り付けられて、白い靴下が血で染まろうとしていた。



 麻友の意志は固く、膝を見ようともしなかった。




「…どうしたの、一人?何歳?…お名前は?」

 この辺りに住んでいると思われる20〜30歳ほどの女の人が麻友に声を掛けた。

「さくらまゆ!5さいですっ」

 鼻と頬を真っ赤にしても笑顔を絶やさない麻友見て、彼女も笑った。

「…寒いでしょう?いらっしゃい、すぐそこに私の家があるの。ココアでも飲んで温まらない?それにそのお膝、とっても痛そうなんだもの。消毒しなくっちゃ」 膝のことを言われて、麻友は初めて自分の膝を見た。かなり出血している。

 ケガをしていることを肯定したくないのか、麻友は俯いたままだった。

「そうだ、美味しいパイがあるのよ。林檎は好き?」

「…すきです」

「なら決まりね。じゃあ行きましょう」

 その女性――相原郁未は、茶目っ気たっぷりに笑うと、麻友の手をひいて歩きだした。


「ほら着いた、ここよ」

 小さいけれど品の良さそうなマンションだった。数ヶ月前に麻綾を産んだばかりのはずのその部屋に――子供は居なかった。


「私、相原郁未って言うの。すぐ近くにプラネタリウムがあるのは知ってる?私、小さいころから星が大好きでね、そこで働いてるのよ」

「プラネタリウム…!まゆ、そこにいこうとしてたんですっ」

「あら、そうなの?そうだ、私、あそこまで行かなくても、麻友ちゃんにお星さま見せてあげられるわ」

 麻友は目を輝かせて、幸せそうに笑った。




「…よしっ、よく我慢できたわね。じゃあ少し待ってて」

 郁未は消毒を済ませると、無邪気そうな笑顔で、でも優しく麻友の膝に絆創膏を貼り、“プラネタリウム”とアップルパイの準備をしに郁未はリビングを離れた。


 すうっと息を吸う。

 どことなく、自分の家の雰囲気を感じた――。



 …視界が滲む。


「麻友ちゃん…」

 生クリームをのせた温かいココアと甘い香りのアップルパイをお盆に載せたまま、郁未は言葉を失った。


「…お母さん、好き?」

 やっと出てきた言葉はそれだった。


 麻友は黙って俯いていた。

「ホントは…好きなんだよね?お父さんのことも」

「すき…」

 麻友の目から涙が溢れ出す。

「まゆ…いもうとのことすきになれないから…きらわれちゃったんだぁ…」

 絞り出すような声でそう言って、小さな手で顔を覆った。




 麻友が目を閉じている間に郁未は、片手で麻友を抱きしめながら片手で別のことをしていた。


「…麻友ちゃん、目開けてごらん――」



 一面に広がる星空。

 世界を煌めかせる光が、部屋中を満たしていく。



「きれい…」

「…お星様ってね、季節で見えたり見えなかったりするの。夏に見えてた星が冬には見えなかったりね」

 突然郁未が語り出したので、麻友は一瞬キョトンとした。

「麻友ちゃんもそうなんじゃない?麻友ちゃんの素直な気持ちが隠れちゃってるんじゃない?」

 麻友はハッとした。

「そうかも…しれない…」


「でもさ、プラネタリウムなら、いつも全部のお空が見れて、いつも素直な気持ちでいられるんだよ…。だから、きっと大丈夫」

 郁未が優しく麻友の髪を撫でると、麻友はこくんと頷いた。




 そして、麻友はアップルパイを食べてココアを飲んだあとに眠ってしまった。


 ――どうせ明日は第四土曜日だから、少しくらい“子供”のそばに居たい。


 そんな想いから郁未は、麻友をしばらくの間ひざ枕していた。


「佐倉麻友、って…歩未の大学の友達の娘よね…」



 解っていたからこそ、ツラかった。

 いっそ麻友を自分の子供にしてしまえたらいいのに…郁未が麻友をさらっても、可愛い妹を傷つけるだけだということが。


 数時間前は他人だったはずの麻友と郁未の間には、絆のような物が生まれていた。

 そんなとき、タイムリミットを告げるように、時計の短針が動く音が部屋に響いた。


 …9時だ。


 静かに麻友を布団に寝かせると、ゆっくりと立ち上がった。



『もしもし、歩未?あのね…今、湊さんの娘さんを預かってるのよ。もう遅いし…連絡とれる?』

『そうなの!?そういうことなら連絡してみる。ちょっと待ってて』

『うん…』

『…お姉ちゃん、ホントに後悔してないの?』

 してる。

 妹の友人との間に子供をつくってしまったこと。

 それを相手にも…歩未以外の誰にも言わずに産んだこと。

 その子の名前に、当て付けのように、彼が好きだと言ったその1文字を入れたこと。


 麻綾が生まれて来なければよかったのにと思うときすらあった。


 だから、手放した。


 いつか、相原の姓を捨てたら会いに行こうと心に決めて。


「ありがと、歩未」

「気にしないで。感謝される側なんだよ、お姉ちゃんは。映夕も湊も…安心してた。歩未のお姉さんのとこなら大丈夫ねって」

 無邪気に笑う歩未の言葉が突き刺さる。

「…待ってよ!!…私…麻友ちゃんのこと…自分のものにしようとしてたのよ!?大丈夫じゃないわ…っ」


「お姉ちゃんっ!!」

 歩未が声を荒げる、のは…郁未の記憶では初めてだった。

「あたし…お姉ちゃんのことだけは信じたいの…!それがお姉ちゃんにとって重荷でも、あたしにはなくちゃ困るんだから…っ」

 歩未が、そんな風に想ってくれてたなんて――。






「麻友、どうして出て行ったりしたの!!」

「…ごめんなさい…」

「謝ってって言ってるんじゃないわ!理由を聞いてるの!」

「だって…っママもパパも、まいのほうがだいじなんでしょ!?まゆなんていなきゃいいんじゃないの!?」

「バカっ」

 映夕の目からは、涙がこぼれていた。

「いなきゃいいなんて…麻友の口からそんな言葉聞くなんて…っ」 顔を手に埋めて泣く映夕の肩を支えながら、湊は麻友に向き直って言った。

「ママもパパも、麻友のこと大好きなんだからな」

 発せられた言葉が信じられず、麻友は一瞬キョトンとして…顔を赤らめて頷いた。




「ほら、おいで。星空が綺麗だよ――」

椎名は…ずっと書きたかった麻友の話を書けて大満足です!よろしければ評価・感想も寄せていただけると嬉しいです。本編の方も今日は2話同時更新してあります。ぜひお読みください!!

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