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炬燵の中は機械の国

 お母さんが呼んでいる。お夕飯できたよ、と。

 だけども翼くんはコタツから出ようとしなかった。

 廊下が寒いから? 違う。いま、いいところだからだ。

 クリスマスプレゼントで買ってもらったゲームはとても面白い。主人公が一人でいろんなところを旅をする。行く先々はどれも特徴的、魅力的で通り過ぎた街なのについつい何度も戻ってしまう。今はそれをじっと我慢してメインストーリーを進めている。これもこれで面白い。後から後から判明していく事実、設定は心を掴んで離さない。

 すると台所が戸が開き、スリッパの足音が聞こえた。

 いま、いいところなんだ。誰にも、母親にだって邪魔されたくない。

 翼くんはとっさにコタツに潜った。視界がだいだい色に染まる。ゲームの画面も同じ色に染まる。

 間一髪、ちょうどお母さんが入ってきた。


「あれ、いない……どこに行ったのかしら……あらやだ、コタツ付けっぱなし」


 そう言ってコタツを消すとコタツのある部屋を後にした。

 コタツの中は暗闇になる。ゲームの画面が色を取り戻す。優しいお母さんに感謝する。

 だけどどんどんコタツの中は温かくなくなっていく。それでも翼くんはコタツから手を出して電源をONにしようとしなかった。

 それはなぜか。いま、いいところだからだ。

 視界が暗くなっていくと瞼が重くなっていく。目の前の発光にしがみつくも首が床に落っこちた。


 気が付くと翼くんはコタツの外にいました。火の粉が舞い溶解した橙色の鉄が深い堀を流れ街中をめぐっている。


「どこだ……ここ……」


 彼は町を見下ろせる高台にいた。東西南北四方八方見渡せる、灯台らしき場所にいた。海らしき場所も見えた。波を打ち、強大な堤防に押し返されている。溶解した鉄ではないが虹色に発光していて入ったら体に悪そうなのは確か。見てるだけでも気分が悪くなる。


「そこで何をしている」


 履帯をちゃりちゃり鳴らしながら近づいてくる。


「識別番号は?」

「えっと……」


 答えに迷う。どう答えるか迷っているし、正体不明のロボットが突如出現し戸惑ってもいた。

 かろうじて顔を認識できた。車両部分の上に鉄の筒が立っていて、2つの目と口がくりぬかれていて顔のように見えた。筒自体がスピーカーになっていて声(?)はそこから出力されている。


「自分の識別番号もわからない不良品か? それならスクラップ工場だ」

「識別番号?」

「意思疎通はできるみたいだな。不良セクタか?」

「あ、あの……難しい話はわからないんですけど……」

「ひとまず応急処置として角にチョップを食らわせるか」

「何を言ってるのかわからないですけど、俺、人間だから、そういう痛いのは苦手かな」

「ニンゲン……どこのブロックのロボットだ……ニンゲン……人間?」


 その瞬間、筒の中から上空へ砲弾を撃ちだした。

 砲弾は花火だった。空の端まで消えずに飛び散っていった。


「人間! 人間! 人間!」


 砲台だったロボットは狂ったようにその場で信地旋回を繰り返している。

 身の危険を感じた翼くんは慌てて階段を下りていく。

 階段はまるで整備された影もなく、鍋に取り残された豆腐のように角が丸まり、へこみが多かった。しかし破片やほこりは落ちていないところから掃除はされていたようだ。

 山道のような凸凹に差のある階段を下り切って灯台を抜け出すも足を止めた。


「人間! 人間! 人間!」

「本物の人間! 人間!」


 夥しい数のロボットが灯台を包囲していた。大中小様々で魑魅魍魎とはまさにこのことだったが恐ろしいほどに規律的で前から背の順で整列していた。下はありんこから上は電信柱くらい。逃げ場はなかった。

 嫌な予感がする。ろくな目に合わないと確信する。

 恐怖に身を震わせていると緻密な整列に隙間ができたかと思うとあっという間に通り道が出来上がる。

 奥から無限軌道と筒を組み合わせたロボットが地面を削りながらやってきた。


「あれ、さっきの?」

「先程の機体とは似て非なるまったくの新型です。あちらの旧式とは違い、こちらは超新地旋回が可能です」


 顔の向きをそのままに車体だけがその場をぐるぐる。すごいんだろうけどなんか不気味だった。


「この後俺どうなっちゃうの。火炎放射? それとも炉に落とされる?」

「ご要望であれば」

「誰が望むものか!」

「では何を望まれますか?」

「何をって……」

「我々は人間様のいかなるご要望にもお応えします」

「え……?」

「繰り返します。我々は人間様のいかなるご要望にもお応えします」


 新型は超新地旋回を止めた。


「おかえりなさいませ、人間様。我々は人類……あなた様の帰還を心待ちしておりました。我々ロボットは人間様の、人間様による、人間様のために作られた存在。そのため人間様へのご奉仕を何よりの幸福としています……いいえ、我々はそれしか幸福を知りません。だから人間様、どうか我々にご命令ください。何なりとお申し付けください。どんな願いでもお応えします。だから我々に生まれた意味、意義をください」


 騒いでいたロボットたちは静止した。電気を抜いたかのように静まり返っている。


「そ、それじゃあ、ひとまず……ここを案内してよ」

「了解しました。それでは案内させていただきます」


 すると別の方向から新しい列の割れ目が生まれる。


「車を用意させていただきました」


 黒い高級車、リムジンだった。


「う、うん。ありがとう。でもこれ、すごく長いね。プールの距離くらいある」


 25mはある胴の長いリムジンだった。タイヤは通常通り4つしかないものの、自重で歪んだり曲がったりせず腹をこすらずに走っているところを見るとこの国の技術力は創造主である人間以上なのかもしれない。というか曲がるときどうするんだろうか。


「過去のデータベースを検索したところ、長ければ長いほど人間様は喜ぶと。違いますか? 違うのであれば訂正いたします」

「俺にはわからないな。保留で」


 ドアが自動で開く。運転席はあっても運転手はいない。ハンドルが勝手に回る。自動運転のようだった。

 シートは上質な革であり固すぎず柔らかすぎず。


「ワタクシも一緒に乗ってガイドさせていただきます」


 ステップが低いので無限軌道でも乗れる優しい仕組みになっている。


「それでは出発進行」


 リムジンは発車する。エンジンかモーターかさえもわからないほど静かに発車したかと思いきや深夜のバイパスで聞こえる騒音と深夜のコンビニ周辺を徘徊してるようなウーハーまで大音量で流れる。


「なんだこれ! さっきまでなかったじゃん、これ!」

「過去のデータベースを検索したところ、人間様は乗車の際にはこのように音を楽しまれたとあります」

「訂正! 訂正!」

「すみません、うまく聞き取れませんでした」

「訂正!! 音はなるべく静かに!!」


 するとしんしんと雪が降り積もる冬の夜のように辺りは無音になった。


「……! ……!」


 それどころか翼くんの声も聞こえなくなりました。

 困り果てていると窓ガラスにプロジェクターが照らされていたことに気づく。


『ただいま消音中。音量調整する場合は窓を触って操作してください』


 書いてある通りに窓を触る。


「……あ……ああ……」


 上下でボリュームの大小を操作できた。謎の未知の技術だった。


「人間様。喉は乾いてませんか」

「あー、ちょっと大声だしたから、お水ほしいかも」

「こちら最高品質の水でございます」


 リムジンの天井からペットボトルが落ちてきた。


「……油だったりしない?」

「いえ間違いなく水でございます」


 匂いを嗅ぐ。おかしい様子はない。


「それじゃいただきます…………うわ、まずい」

「そんなはずはありません。最高に純度を高めた自慢の精製水です。過去のデータベースを」

「保留」


 平坦な道を走っていると川のようなベルトコンベヤーが見えた。その上には大量のパーツが波打っている。


「ねえ、あれは」

「あれは工場です。あそこで全部の機械が生まれています」

「でも組み立てている様子はないよね」

「そう見えるだけで実は組み立っているんです。我々は人間様で言う細胞に当たるナノマシンで出来上がっています。私にもこう見えて1兆個のナノマシンが組み込まれています」

「え、じゃあ、無計画で生まれているの?」

「はい。風の吹くまま機の向くまま。我々は人間様の生活を模倣しているのです」


 ベルトコンベヤーの川の向こうで白煙が上がっている。


「人間様。幸運が参りこんできました」

「何があったの」

「ミスコンテストの優勝者が現れました。ぜひともご見学ください」

「君たちに男女とか、あったんだ……。面白そうだから行ってみよう」


 リムジンは方向転換する。無理なドリフトはせず、ゆっくりと方向を修正していく。


「そういえば君たちの意思疎通は花火だったり狼煙だったり、なんだか古めかしいね。電波を使った無線通信はしないの」

「はい。人間様は遠距離での意思疎通を図る際は声よりも目を活用されます。そのため人間様の開発された技術、可視光通信を参考させていただきました。だから我々も最低限赤外線センサーを装備するようにしています。」

「あぁ、知ってる。昔のゲーム機がWi-Fiじゃなくて赤外線通信だったんでしょ」

「少し違いますがおおむねその通りです」


 会場に着くと大量のロボットが集まっており、皆の視線? がステージの上の飛行機型のロボットに集まっていた。


「おぉ、かっこいい……これは表彰されるわけだ」

「かっこいい、ですか? 我々には理解できない感情です」

「ええ、違うの? 何をもって彼女……彼? は壇上にあがったの」

「それはもちろん、総重量が限りなくぞろ目に近かったからです」

「ん?」

「かのロボットの重量は999.99999999999999999999999999……」

「あぁ、もういい。なんとなく、わかった」

「これから表彰式が始まります」


 壇上に現れるは巨大な扇風機と噴霧機。噴霧機の容器には何故か虹色に光る海水のような液体が入っていた。

 扇風機が回りだす。すると同時に噴霧機が発射される。


「……あれは何してるの?」

「これも人間様を」

「塗装?」

「それに近いものですがある諺をなぞっています」

「どんな諺? 絶対違うと思うけど教えて」

「可愛い子は錆びさせよ」

「そんな諺、俺は知らない」


 目を離していたら飛行機型のロボットはあっという間に錆びてしまっていた。


「あぁ、せっかくかっこよかった飛行機が……」

「次にメインイベントが始まります」

「まだあるの……」


 地面が割れると鉄球を吊るしたクレーンが出現した。

 鉄球はすぐさま放られ、飛行機型のロボットを壁もろとも粉砕した。


「これが全人間様の憧れ、壁ドンでございます」

「もういい。リムジンに戻る」

「そうですか。この後の予定ですがもうすぐ宿泊施設に着きます」

「……もういいよ、俺はもう帰る」

「ですので宿泊施設にご案内を」

「違う。もう俺はこの国、この世界から出ていく」

「……申し訳ありません。聞き取れませんでした」

「聞き取れなくたっていいよ。俺には関係ない話だ。これは夢なんだ。もう十分付き合ったから起きてもいいでしょ。あーおなか減った」


 翼くんは夢から覚める秘訣を知っている。それは目をつむることだ。夢への入り口が目をつむることなら出口もまた目をつむること。

 目をつむる。そして目を開けた。


「……よし、起きた!」


 翼くんがいたのは暗いコタツの中ではなかった。

 辺りには魑魅魍魎と表現できる黒塗りの機械、そして粉砕された飛行機型のロボットが転がっている。


「いけません、人間様。あなたはここにいるべきです」

「帰ってはいけません。我々とずっと一緒にいましょう」

「人間様を退屈させないよういくらでも努力します」

「ここは難しい勉強も小うるさい家族もいません。あるのは娯楽と快楽です。我々はいくらでもあなた様を楽しませて見せます。だから、だから、だから、だから置いてかないでください」


 無数の機械が捕まえようと迫ってくる。


「訂正! 俺を触っちゃいけない」

「申し訳ありません。そのパラメータを変更する権限はあなた様にございません!」

「なんでもありじゃなかったのかよ!」


 機械の数は限りないがその移動速度はバラバラであった。足の速い小さなミニカーが足をまとわりつくが走るのには差し支えない。裸足で踏んだら痛いが幸い靴を履いている。


「やばい、やばい、どうしようどうしよう」


 とにかく少しでも時間を稼ごうと視界に入ったリムジンに飛び乗った。

 窓に轢いた虫のように機械が張り付いてきて、端からひびが入っていく。窓が割れて侵入されるのは時間の問題だ。


「逃げなくちゃ逃げなくちゃ」

ダメもとで運転席に座る。アクセルを踏んでみると前に進んだ。


「よし動いた! でもどこへ逃げる!?」


 翼くんは必死で考えた。機械でも追いかけてこれない場所……。


「山は……だめだ。無限軌道がいるしこの車よりどんな悪路でも追いかけてこれる。空も……だめだ。飛行機型がいた。あの様子だと珍しくない」


 考えているうちに電信柱サイズの機械が目の前に現れて体当たりをぶつけてきた。

 シートベルトしていたおかげで怪我したのは車のワイパーだけだった。

 今の拍子でギアをいじっていないのにアクセルがバックに入る。踏めば踏むほど後ろに猛スピードで下がっていく。

 バックカメラはない。ルームミラーしか頼るものがないが車両が長すぎるので鏡には車内しか映っていない。

 とにかくぶつかるところまで思いっきり踏もう。

 踏んだ後に思い出す。


(あれ、この街には至る所に溶解した鉄が溶岩のように流れる堀があったような)


 夢というのは悪い考えばかり現実になる。

 リムジンは後ろから堀に落ちた。落ちた瞬間から氷のように溶けていく。


「だめだよ、これ! 死んじゃう! いやだ! 死にたくない!」


 脱出しようにももう間に合わない。足先が溶岩に触れる。


「熱い!!!!!」


 ごつん、と額をコタツの天井にぶつける。

 周囲は熱く、オレンジ色だった。


「熱い! 熱い!」


 慌てて這い出る翼くん。それをニヤニヤしながら母親が見下ろしていた。


「あれ、そんなところにいたの。気づかなかった」

「絶対嘘だ。わかっててやったんだ」


 コタツの上にはぐつぐつと煮えたぎる鍋があった。


「ごめんごめん。それじゃあご飯にしましょう。箸をもってきて」

「はい……」


 翼くんは台所に箸を取りに行く。

 ふと今まで見ていた夢を思い出しそうになる。

 慌てて首を振って記憶を振るい落とす。

 感覚でわかる。

 あれは悪夢だった。

 どんな悪夢だったかは覚えてはいないけど、しばらくコタツの中でゲームはしないでおこう。

 そう、心の中で決めた。

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[良い点] ・リムジンのくだり ・諺のくだり ここが特に笑いのツボだったんです……。 [気になる点] ・冬の童話祭HPでは「逆さ虹の森」設定使用作品になっているところ (検索条件に【企画内イベント参加…
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