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95.「Dinner Time」

「ああ、それじゃあ病院に行く時は父さんもついていくからな。検査の結果は気になるしな」

「ありがとう父さん。急にこんなこと頼んで悪かったね」

「なーに、気にしなくていいぞ。勇人には親らしい事をずっとやってこなかったからな、これくらいはなんともないぞ親子なんだから遠慮しなくていい」


 日本でも仕事をしている父さんは夜に電話をかけても普段通り接してくれる。父さんからは母さんの仕事の手伝いをしているっていうのは聞いている。


「勇人はこれから先自分で将来を決めないといけない時期が来るだろうが、父さんはお前がどんな選択をしたとしても親として見守っていくつもりだ。十年以上も片時だって勇人や母さんの事を想わなかった日はない」

「学園を卒業するまでには自分の考えを持って行動していくよ。父さんには色々と相談するかもしれないけど……」

「今度また学園を訪ねるからその時にお前が仲良くしている女の子を紹介してくれるか? その子たちと恋人になるかはわからないが父さんも一度くらいは挨拶をしておきたいからな、今は彼女たちと別の寮で暮らしているんだろ?」

「そうだよ。この間男子寮から引っ越しが終わったとこ・僕は広めな一人部屋を用意してもらった」

「なるほどな。セキュリティが最先端の建物だっていう話じゃないか。情報は母さんにもらったデータに入ってたから知っているぞ」

「そうなんだ。母さんは父さんには色々と伝えているみたいだね」

「ああ、勇人の事はわかる範囲で報告を受けるように約束したからな。けれども、母さんよりもお前の方が僕と連絡している機会は多い。美鈴はいつも忙しそうだしな、僕もメールと電話でしかちゃんかやりとりはしてない。日本に帰国したら会うのを約束してたんだけどな」

「父さんよりも仕事を優先するなんてあの人らしいや」

「勇人、お前が嫌じゃないのなら時間を作って三人で会わないか? もちろん断ってくれてもいい。お前は母さんとの関係があまりうまくいってないようだし、一気に修復するというよりは少しずつでも美鈴と話をししてみないか?」

「考えておくよ。あの人が来てくれるとは思えないけど……」

「はっはっは、手痛い言い草だな。分かった。母さんには僕の方から連絡しておくよ。そうだ、病院が終わった後は暇なんだろう? 検査が終わったら会えるように都合をつけよう。なーに、母さんの事だお前の体の結果が気になるだろうからもしかしたら来てくれるかもしれないぞ」

「病院は十三時前には終わるらしいからそのあとなら僕も時間があるよ」

「十三時か。分かった。その時間帯で食事でもしながら久しぶりに家族で集まろう」


 長い間失われていた小鳥遊家の家族が集まる、父さんはああ言っていたけれど、母さんが仕事を放ったらかしてわざわざ来るなんていうのは想像ができない。

 あの人はいつだってそうなんだから──息子よりも仕事が第一、だからこそ僕らの親子関係は冷え切って修復困難な状況になっている。


 期待なんてしない、ただ、僕はせっかく時間を作ってくれた父さんに迷惑をかけたくないだけなんだ。


 父との通話を終えてスマホをポケットにしまい込む──「ふぅ」とため息一つついて僕は部屋から出た。


「ん? 食堂の方が騒がしいな」

 廊下に出てほっつき歩いてると何やら賑やかな声が聞こえてくる。


「あ! 小鳥遊君も来たんだー。今はメルからルークランシェの料理を習っているんだよ」

 ニコニコしながら相倉さんがエプロンすがらで厨房から出てくる。ペンギンがプリントされた可愛いエプロンを着て髪をまとめている。

 僕は「可愛いエプロンだね」と感想を言ってキッチンを覗くとメルが嬉しそうな表情で料理を教えている。


「あら、勇人いらっしゃい。もしかしてあなたお腹が空いたのしら?」

「かもね、部屋から出たら食堂から元気な声が聞こえたから興味が出てきてみたんだ。それにしても驚いたなあ。メルが料理してるなんてね」

「意外かしら? ルークランシェにいた時は王宮専属のコックさんがいたから自分で作ることはないのだけど、アイリスに材料を揃えてもらってこうして振る舞っていたのよ」

「ねえねえ! これはどういう料理なの」

「ルークランシェの郷土料理ね、地元では良く食されるものなの、旬に取れた食材を調理して振る舞うのだけど、家庭によってそれぞれ微妙に味付けに違いがあって一つの料理なのに完成形は存在しないわ」

「へえー。それは面白いね」

「……小鳥遊君」

「御崎さん? どうしたの? 君はみんなと一緒に料理しないんだ」

「違うわ。ただ、あなたに聞いておきたいことがあって」

「聞いておきたいことって何?」

「うん、良ければ小鳥遊君がお家でどんな料理を食べていたのか聞いてもいい?」

「えっ……?」

「所謂おふくろの味っていうやつです!」

 ビシッと指を立てながら牧野さんが近づいてくる。なーんだ、そういう事かあ、けれども、何で御崎さんはそんな事を聞くんだろう? 


「あたしは小鳥遊君の好みも知っておきたくてそうしたら料理を作る時により一層頑張れる気がするの」

「家で食べてたのものかー。正直うちではお手伝いさんが料理を作ってくれてたから御崎さんが期待しているような応えは出せないと思うよ・栄養管理された食事が出されただけで──ああ、ごめん。こんな時に言うのもなんだけど皆には知っておいてほしいんだ」


 僕は小鳥遊家の事情を彼女達に話す──隠す必要なんてないんだから、僕が母親と上手くいっていない事、子供の頃母さんの手料理なんて食べたことがないという事実、みんな真剣な表情で聞いてくれている。

 御崎さんの言葉が心に重く響く──彼女は僕の好みを知りたいと言ってくれた。相倉さんもメルも僕の為に美味しい食事を提供しようと頑張ってくれているそういう彼女らの気持ちを無碍にするわけにはいかない。


「ごめんなさい。嫌なこと聞いちゃって」

「いや、御崎さんは何も悪くないよ。僕がちゃんと話さなくちゃいけなかったんだ、こうやって『聖蘭寮』で暮らすわけになったから隠し事はしたくない」

 みんなの楽しい雰囲気を崩したくない……。僕は取り繕うように笑顔を見せて食堂の椅子に座った。

 メルの故郷の料理がどう言ったものなのか若干の興味がある。

 コップに注がれたリンゴジュースの琥珀色越しに様子を伺いながら食事が完成するのを待った。


「お待たせしました。完成ですよ。藤森殿は食器の準備をお願いします」

「任せたまえ。ああ、そうだ、牧野さんと御崎さんも手伝ってくれるかい?」

「良いですよ」

「仕方ないわね、あたしも早く食べたいし」

 座っている僕に優しく微笑みかける御崎さん──僕はコップのジュースをゆっくりと飲んでから準備をしている彼女達を凝視した。“小鳥遊班”の全員がテーブルに着く。食堂でみんなでの食事かあ。すごく良い時間を過ごしているなと感じる。

 それぞれが自分に着くとアイリスさんがお皿に料理を取り分ける。メルも手伝ってルークランシェの料理がテーブルに並んだ。

 外国の食事を体験するなんて滅多にないから何だか緊張してしまう……。

 なんてゴージャスな夕餉なんだろうか? 部屋でカロリーバーやバランス栄養食品で済ませる食事とは大違いだ。

 準備されたナイフとフォークを器用に使いこなして食べる──子供の頃嫌と言うまで教え込まれた礼節がこんなところで役に立つなんてね。


「美味しい! こんな美味しいものは初めて食べたよ」

「うふふ、気に入ってもらえて嬉しいわ。アイリスと二人で頑張った甲斐があったわね」

「私も調理には参加しましたが大半はメルア様がやってくださいました。皆さんの喜ぶ顔が見たいと言っていたので大成功ですね」

「ほんとー。海外の料理なんてレストランでしか食べられらないと思ってたよ」

「うむ、美味だな。メルさんの腕もさる事ながら食材も新鮮でイキの良い物が揃えられているのだろうね。この盛り付けは見事だ」

「ありがとう」

「牧野さん? どうかしたの」

「いえっ……。メルアさんと一緒に夕飯を食べていると何だか夢の中みたいに思えちゃったんです」

「それは私もそう思います」

 姫城さんと牧野さんは目をまん丸 にしながら料理とメルの顔を交互に見比べていた。


「確かにそうね。わたしも誰かの為に料理を振る舞うなんていうきかいが少なくてみんなに喜んでもらえるのか心配だったの」

「とっても美味しいよね! 私、メルから料理教わりたいなぁって思っちゃった」

「あら、わたしはあなた達から日本の料理を教えてほしいと考えてるわ。勇人の好みだって知っておきたいのよね」

「それは全員同じじゃないかな? 私は料理には興味がなかったが小鳥遊君のためと言うのなら真剣に取り組んでみようかな」

「じゃあ、皆で時間を作って“小鳥遊班”で料理会をやろっか!」

「全く、相倉さんはいつも決断が早くて羨ましいね。キミのそういう前向きな部分は私も見習うべきだと感じているよ」

「わ、私もお料理をもっと勉強したいです。それから皆さんとも仲良くなれたらなって」


 楽しい時間はあっという間に過ぎると言うけれど、僕らのディナータイムはゆったりと時感が流れていき、食事が終わり今日の感想を言い合いながら女の子達は和気藹々とお風呂場に向かう。

 僕は自分の部屋に戻ってノートPCを立ち上げると書きかけのレポートの続きに取り掛かるのだった。

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