42.「春の息吹を感じながら過ごす日々」
「御崎さん、今日のお昼はあの場所でみんなで食べることになっているから一緒に行かない?」
隣の席の御崎さんに声をかけてLIMEで他の子達に連絡をする。お弁当の包みを持って立ち上がる彼女とアイコンタクトを交わして教室を出る。
僕はスマホをポケットにしまい待ち合わせ場所に向かう──相倉さんが牧野さんを連れて来るらしくて僕らは玲さんを迎えに行く為に彼女の所属するCクラスへ──
「藤森さん? 今日は教室に来てませんけど……」
クラスメイトの女の子に玲さんを呼んで貰ったのだけど、どうやら彼女はCクラスにはいないらしい。
(となるとあの場所かなあ)
彼女だけに準備されている特別な個室。そう言えば玲さんはいつもあの場所にいるって言っていた気がする。
僕は御崎さんと玲さんのいる場所に向かう相倉さんには『少し遅れるかもしれない』とだけメッセージを送っておいた。
「いやあ、わざわざすまないねー。どうだい、良ければここでお茶でも飲んで行かないかい?」
「遠慮しておくよ。それより玲さん、今日は皆でお昼ご飯を食べるっていう約束をしておいたはずなんだけど」
「君はつないなぁ。たまにはじっくりと話す機会があっても良いとは思わないかい? ま、いいか。すぐに支度するから外で待っていてくれるかな」
僕と御崎さんは部屋の外で待つことに──一分も経たないうちに玲さんがトートバックを持って出て来る。
眠そうな表情をしている彼女はふわーっと欠伸をしてから部屋に鍵をかけた。
「お待たせ。いやあ、誰かと食事を取るなんていうことはあまり経験がした事がないんだ。今日は楽しくなりそうだ」
そう言って笑顔を見せる玲さん。僕らはちょっと早足気味で待ち合わせ場所に向かった。
「あ! 来た来た。こっちだよ〜」
僕らの姿を見かけると相倉さんが手を振ってくれた──僕も相倉さんとそばに居る牧野さんにも手を振った。
「遅くなってごめん。待たせちゃったかな?」
「平気だよー。私も牧野さんもそんなに待ってないから。ね、牧野さん」
「うん、だから大丈夫だよ。小鳥遊君」
僕らは靴を脱いで相倉さんが準備してくれたマットの上に座る──中庭の草木の独特な匂いが届く。陽だまりの中、眠たくなる様な空気が広がる。
前にここに来たときは御崎さんと相倉さんと一緒だったけれど、今日はあの時と比べると賑やかなものだ。
僕は相倉さんの隣に座り、その横に御崎さん、玲さんの順番で座っている。皆、それぞれに綺麗なおかずで彩られた個性的なお弁当箱が並んでいる。彼女達はお互いの料理の感想を言いながら口に運んでいく。
「はい、小鳥遊君。お茶」
「ありがとう。わざわざごめんね」
相倉さんからお茶を受け取ったぼくはきゅーっと一気に飲み干してコップを置く、暖かい陽気に包まれた僕らの秘密の場所は特別な空間に感じられた。
「玲さんは料理したりするの? 何かお弁当がシンプルなものばかりが入っている気がするけれど」
「ああ、自慢ではないが料理は割り得意な方なんだ。だけど、今朝は食材が少なくてね、あるもので考えて作ったからこんな味気のないお弁当になってしまったんだ」
「へえー意外ね。藤森さんて料理しないと思ってた。あ、これ食べても良いかな?」
「構わないよ。私も相倉さん達がどんなものを準備してくるか気になっていたからね。ふむふむ。今日は非常に興味深い」
科学者が研究対象を見る様な興味の眼差しでお弁当のおかずを見ると、タブレット端末を取り出して何やらメモをしている。
「これは美味しい! 御崎さんが作ったものだね。良ければ私にも作り方を教えてくれるかい?」
「別に良いけど……」
「感謝するよ。お礼に私のとっておきを御崎さんに教えるよ」
女の子達が料理の話で盛り上がる中僕はふと牧野さんと目が合う──僕と目が合った彼女は顔を赤くして俯いた。まだ照れくさいのかもしれない。
だけど、他の子達とも仲良くやれているみたいだ。三人だけの秘密の場所が今では五人が知っている、こうやって秘密を共有できる相手が増えていくんだろうなあ。
「正解だったね。相倉さんの提案は」
僕は隣に座っている相倉さんの耳元で囁く様に言った──彼女が仲を深める為に提案してくれたお昼を一緒に食べるっていう約束は大成功。
「そうだね。誘って良かったと思う」
このイベントをきっかけに今まで以上に皆と親しくなれた気がする。
今日の昼休みの時間はゆっくりと流れる様に感じる。皆の笑顔に包まれた校庭は春の優しい風が運んでくれる息吹が心地よい。
少し眠くなるけど、このかけがえのない時間を少しでも長く続けたいと思う僕は彼女達に積極的に話しかけた。
それぞれが違った反応で僕の話を聞いてくれる──今まで自分のことを誰かに話すなんていうことは好きではなかったけれど、変わって行こうと決めた日から僕はちょっとだけど、前向きになれたんだ。
お昼休みが終わっても余韻に浸りながら午後の授業に臨む。
放課後を迎えた僕は特にやることが無いから自分のへやに戻ろうかと考えていた。
「あのさ、予定ないのなら付き合ってほしいことがあるんだけど」
帰り支度を済ませてスポーツバッグに手をかけた瞬間御崎さんに話しかけられた。
僕は右手にバッグを持って彼女の机の横に立つ。
「良いよ、放課後の予定は特にないから付き合うよ」
「決まりね。それじゃあ行きましょうか」
周囲の視線は僕らの方に向けられているけれど、そんな事は気に留めていないのか御崎さんはただ真っ直ぐに前にだけを見て進んでいく。
静かな廊下に靴音が響く──いつも放課後になるとすぐに自分の部屋に戻ってしまうからこうやって終わった後の学園内を歩くのは珍しい。
彼女の用事付き合うとは言ったけれど、一体どんな用件なのかは聞いていない。僕はスポーツバッグを握る手にぐっと力を入れた。
「とりあえず入って」
女子寮の美咲さんの部屋まで案内された僕は彼女に言われるがままに部屋の中へ入る。
「お邪魔します」
この前来た時は御崎さんのお見舞いで訪ねただけだからこうやって改めて女の子部屋に入ると緊張する。
「座ってていいから」
用意されたクッションに座ってバッグを脇に置いた──一人部屋にしては十分な広さがある。流石は有名な学園といったところか。
女子生徒の部屋は僕の部屋ほどじゃないけど結構な広さがある。寮自体も大きいから必然的にこういう構造になったのかもしれない。
御崎さんはカーテンで仕切りを作る、多分着替えるんだろうと思う。
僕は黙って座り部屋の中をキョロキョロと見回す。
シュッと服の脱げる音が聞こえる──やましいことは考えていないのだけどカーテンの向こうで女の子が着替えていると思うと何かドキドキする。
なんていう浅はかな思考を巡らせているとカートンが開けられて私服に着替え終えた御崎さんが出てくる。
いつも学園で制服姿の彼女しか見ていないから普段着姿は何だかとても新鮮に感じる。あまりジロジロと見るのは失礼だから僕は目を逸らしながら部屋の天井を見た。
「小鳥遊君を部屋の呼んだのはね、あなたときちんとお話がしたいなって思ってたから。ほら、学園は同じクラスだけどなかなか喋る事が少ないじゃない?」
「確かにそうだね。僕は君ともっと仲良くなりたいと思ってるよ」
「本当に? 実は正直に言うとね、理事長から説明されたプロジェクトにあたし達が関わっているっていう実感が湧かないの。今まで男の人接する機会なんて限られていたわけだし、急にあんな説明を受けてもなかなか受け入れることができないの」
「だけどね、最近はちょっとだけど考え方が変わってきたんだ。相倉さんとかのおかげかな、LIMEであの子や小鳥遊君とやりとりをするようになってから学園生活が楽しいと思えてきたの」
「あたし達がこの学園に通えるのは限られた時間でしかないけど、卒業するまでに自分の将来のこととか真剣に考えておきたいの。その第一歩としてまずは小鳥遊君と親しい関係になりたいなって」
「あなたが誰を相手に選んでもあたしは後悔しないつもりだけど、だからと言って自分が選ばれないなんて言うのは考えたくない。やるからには真剣に取り組みたいの」
御崎さんの真っ直ぐな思いは僕にもちゃんと伝わってくる。それだけプロジェクトに対して真剣に考えてくれているんだ。
だから、僕はそんな彼女達に応えないといけない。僕は無意識に御崎さんの手を握っていた。
「大丈夫、御崎さんの言いたいこと、ちゃんと伝わってるから」
「僕の方が君たちに対して誠実な態度を取らなくちゃいけないんだ。だって、この学園に通っている子達が未来のことを真面目に考えている。僕はそれに応えられるだけに人間にならなきゃダメなんだ、それが僕がここにいる理由でもあるんだから」
「相倉さんや御崎さん達と話す様になって僕はちょっとだけど変わった気がするんだ。“変化”を怖がわらないで受けて入れたいと思うようになった。これから先、残された期間は多くないけれど、僕は君達の想いをしっかりと受け止めて成長していきたい」
「確かに最後に選ぶのは僕だけど、嫌なら断ってくれたっていい。だけど、自分の想いには不誠実にはなりたくないんだ。どんな結果を迎えようとしても僕は答えを出すつもりだよ」
今まで胸に溜め込んできたものを一気にぶちまける──最初に聞いてくれたのが彼女だ。今僕が親しくなりたいと思っている子にも自分の本当
の気持ちを伝えよう。
部屋に戻った僕は早速LIMEのグループにメッセージを送った。数分も経たないうちに皆からの返信が届く。
相倉さんは初めからプロジェクトに真剣に取り組みたいと思っていたようだ、玲さんは僕自身に興味があるみたいでプロジェクトの事はじっくりと考えて決めるらしい、牧野さんはまだ気持ちの整理がついていないらしいけど考えがまとまった時は教えてくれると言ってくれた。
皆がそれぞれの選択をしていくなかで僕は自分に出来ることを再確認して明日からの学園生活に臨んでいこうと気持ちを新たにするのだった。




