40.「僕がこの場所にいるためにできることは」
『今のところは特に大きな変化を迎えているわけではありませんがプロジェクトの遂行に問題はありません』
『そう? 歩美も無理をしないようにね。理事長のアナタが倒れたら学園の運営に支障をきたすわけだし』
『分かってますよ。美鈴さんに心配をかけるような真似はしませんから。それよりも近いうちに学園に顔を見せるって言う話は本当なんですか?』
『ええ、そうよ。プロジェクトの進み具合はアナタから報告は受けているのだけれど、実際に自分の目で見て確かめたいこともあるのよ。それにあの子……勇人の事も気になっているし』
『やっぱり息子さんことは気になるんですねー。きちんと伝えてあげたらいいのに』
『私は今まであの子に何もしてあげられなかった。今更母親らしく接しても勇人が困るだけでしょ』
『そういうものですか? 美鈴さんが今までやってきたことを息子さんに話せば理解してもらえるんじゃないですか? 少なくとも彼と話した感じではそんなに強情な性格には思えませんでしたし』
『どうかしらね……。それは話してみないことにはわからないわ。とにかく近いうちに学園に顔を見せるつもりだからその予定でお願いね』
『わかりました。また何かあればその都度報告します。それでは私は仕事に戻りますね』
美鈴さんからの電話を終えてパソコンのモニターを見る──ここ最近少しずつだけれど、学園内の変化を感じるようになった。
全校集会でプロジェクトについて生徒たちに説明してから空気が変わっていった。
今のところ他の学校へ転入したいと願い出る生徒の存在は確認できない。上級生は結果を残さないと行けないと焦っているけど彼女たちは卒業まで日がないから一日たりとも無駄にできない。
一度でもプロジェクトに関わってしまえば中途半端で終える訳にはいかない──今後の進路に関して相談を受ける教師たちも大変ね。
作成した報告書に目を通しながら仕事を進めていく。私にできること、やるべきことをこなしておかないと美鈴さんに自分が残した結果を見てもらうために。
もっと生徒達が触れ合えるような学校行事やイベントを開催する予定も考えてある。それも全てはプロジェクト遂行の為、時間を取って彼ともしっかり話をしたいと思う。
ゆっくりと流れていく時間を感じながら気を引き締めて仕事に取り組むのでした。
*
最近は何だか自分でも積極的に慣れている気がする。クラスメイトの女の子達との会話を楽しむようになりつつある、女の人に対しての苦手意識を払拭できるようにしないと、まだ僕と深く関わる子がいないから知られていないのもあるんだけど、これから彼女達と親しくなるうちに僕の心の奥底にある気持ちが大きくならないことを祈るしかない。
苦手の程度にもよるのだけど僕の場合は他人と関わるのを極めて避けてきた。中学時代も仲の良い友達もいなかったし、自分が自ら望んだ事だとは言え寂しい学生生活を過ごしていた。
愛想良く振る舞ってはいるけれど本当はどこかで彼女達を避けているのかもしれない。恋愛をすることで傷付く事から逃げているだけ──僕自身は変化を恐れているのかも……。
本当なら自分の決めた進学先で友達も作らずに学生生活を迎えて、卒業後の進路だって母さんに話さずに全部僕が勝手に決めてこうどうしていただろう。
この学園に通うことになったのは母さんに言われてからなんだけど、いや、性格にはある重要なプロジェクトに僕自身が深く関わっているわけなんだけどね。それでも学園にいるうちは自分の価値を見出せる気がするんだ。
事実昔の僕では考えられないくらい早く親しくなれそうな女の子達と知り合えた。彼女らが僕と仲良くするのは理由があると分かっているけど、毎日何かしら些細な出来事が僕の学生生活に一種の望みをもたらしてくれている。
惰性で過ごしていた日々から脱却して充実した生活を送れる事に幸せを感じているんだ。
スマホに登録される連絡先が増える度に嬉しく思う。LIMEでチャットしていると寝る時間も遅くなる、そんな日常が僕をちょっとずつ変える。
変わるのに恐怖を覚えることだってあるだろうけど僕に取ってはどれも新鮮で今までに体験した事がない事ばかりだ。
純粋に【小鳥遊勇人】に興味を持ってくれている生徒がどの程度いるのかも気になるけれど、僕は彼女達に相応しい人間にならないとダメなんだ。
母さんにプロジェクトの進捗状況を尋ねられた際に何も無いでは僕がここにいる意味すら失ってしまうかもしれない。
将来を共にする相手を選ぶ時迷いのない決断ができるように成長していかないと。
その最初として僕から仲良くなった女の子を声をかけようと思うんだ。そんな小さなことから初めてみようと思う。
これから先に出逢える子、そしてこれまでに出逢った子達との思い出を大事にしたい。
自分の居場所は僕自身が選んで行くしかなさそうだ、まだ、心の奥にある女性に対する苦手意識を気づかれないように──そしていつしかそれを克服してありのままの自分で彼女達と向き合える日が来ることを。




