38.「周りがどんどん変わって行く気がするんだ」
LIMEを起動するとトークのグループを確認するのが日課になっている。
新しく登録した牧野さんの連絡先を見ながらスマホを操作する。
──最近の新しいモデルを使っている僕は機種に特別なこだわりは無い。連絡が取れるようにと母さんがいつも最新のものを準備してくれてそれを使っているだけなんだし。
初期からインストールされているアプリで不必要なものはアンインストールしてるから容量とかの問題に悩む必要がない。
もう四人の女の子と仲良くなれた。前までの僕と比較すると驚くらいの進歩だと思う。
限られた時間で彼女たちとの仲を深めていかなくちゃいけない。
その手段としてLIMEをうまく使って行こうと思う──こうやって僕と仲良くしてくれる子が増えてくれたら嬉しい。
牧野さんは別のクラスだと思うけど、これからは会う機会も多くなってくるんだろうなあ。新しい出会いはいつだってワクワクとした気持ちになれるんだろう。
それはずっと僕が感じることの無い感情でもあった。一人を選んで友達もいなかった自分が人と巡り合う事になんて縁がない事だと思っていたから。
いつの間にか学園で過ごす時間をとても大切にしたいと考えるようになった。もっと彼女たちの事を知るべきだと思う。
早速今日から始めてみようかな。
いつも通りの時間に部屋を出た僕はまっすぐと教室に向かうのだった。
「おはよう御崎さん」
隣に座っているクラスメイトに挨拶してから僕は自分の席に座る──相変わらず他の子からの視線も気になるけど、そんな彼女たちに微笑みを返してからホームルームが始まるのを待った。
「皆さん、おはようございます。今日は今後の学戦の行事についてせつめいしますね」
みんなは担任の香月先生の言葉に耳を傾ける。僕はいえばぼんやりと外の景色を眺めていた。
「入学してまだそんなに経っていませんが皆さんは今後様々な学校行事に参加することになるでしょう。それは一人一人が意識を持って取り組むことになります」
香月先生は生徒達に諭すように言うと今後実行されるであろう学校行事についての説明を始めた。
詳しい詳細の書かれたプリントが配られそれぞれが目を通していく。
僕はこう言うことに積極的に参加した試しがない。女子が主役の学園で僕が取り組める行事なんて少ないだろうから──なんて言う事を考えてプリントを見る。
月ごとに様々な行事が予定されていて生徒達に休まる時間は少ない。
各部活のオリエンテーションは部活に入るつもりのない僕には縁のない行事だし。
「ミスコンなんてあるんだ」
年に一度の行事らしく紹介文も他の行事とは違った文体になっている。
どの行事も女子生徒が活躍できるように準備されたものだ。唯一の男子生徒の僕がやれることなんて──
──よくプリントを見ていると所々に自分の名前が載っていた。
これは一体どう言うことなんだろう? ミスコンの所には審査員の項目に僕の名前があるし……。
ていうか殆どの行事に僕の名前が載せられている。
「先生、これってどういう意味なんですか?」
疑問をすぐに香月先生に尋ねることにした。
「あら、どうしたの小鳥遊君。何かわからない事があるのかしら?」
「行事の至るところに僕の名前が載せられているんですが、これはどういうことなんでしょう?」
「あなたにも学校行事に積極的に参加してもらうという事です。名前が書かれている行事に参加することはもう既に決まっていることです」
「それって本当ですか? 見たところ僕が参加して良さそうな行事は少ないかと思いますが……」
「その辺は調整をしているから大丈夫よ。それに小鳥遊君が参加してくれた方がみんなやる気が出ると思うし、ね?」
先生はそう言ってクラスのみんなに呼びかける──クラスの女子達は頷いて決意を示す。
後で僕は神崎さんから学校行事の説明を再度受ける事になり、ホームルームは終わる。
教室では行事の話題で盛り上がっている、クラス別に対抗して行う競技とかもあってそれぞれのクラスに対抗心を持たせるのが目的らしい。
体育祭ではクラスの団結が大事になる種目等が多く導入される見込みだ。
もちろんどの行事の中心は女子生徒達なんだけど、その中で僕は特別な存在らしい。
今までちゃんと学校行事に参加して来なかったからやる事が増えて来るのを思うと今から気持ちが沈んでくる……。
周りに積極的に関わって行こうと決めたはずなのに……。
「小鳥遊君ってお昼はいつもどこで食べてるの?」
三時間目の授業が終わり休憩中にクラスの子から話しかけられる。
「決まった場所でいつも食べるっていうわけじゃないかな。ただ、教室で食べることは少ないけど」
「そうなんだーもしも良かったらうちらと一緒に食べない」
「いいよ。迷惑じゃないのなら」
「やったー。正直断られるんじゃないかなって思ってた」
「そんな事しないよ。せっかく誘ってもらえたのに失礼な事できないし」
教室でお昼を食べるのも悪くない──クラスの子と親睦を深めるいい機会かもしれないし。
もちろん彼女達が自分の為に僕と仲良くやって行こうと思っていてもそれでもいいんだ。
どんなきっかけだろうと僕に興味を持ってくれたんだから。
お昼になってさっき僕を誘ってくれた子がお弁当を持って僕の前の席に座る。そこに彼女の友達達も加わって賑やかな感じになる。
僕はあらかじめ買っておいたパンと飲み物を机に置く、少し狭いけれど仕方ないか。
賑やかな食事は嫌いじゃない。女の子達の会話に入ることもせずニコニコとしながら彼女達とのお昼を楽しむ。
「小鳥遊君っていつもパンなんだ?」
「そうだね、正直量は足りていなんだけど自分でお弁当を準備する事なんてしないからお昼はいつもこんな感じだよ」
「ふーん、そうなんだ」
彼女は何かを考えるような仕草を見せる、僕は食べ終えたパンの袋をゴミ箱に捨てると次に食べるやつをスポーツバッグから取り出す。
固形のバランス栄養食品とエネルギーゼリーとプロテインバーだ。
朝ご飯はいつもこの手の食品で済ませる事が多くて常時携帯している。
手軽に食べられるから気に入っている。
男子寮の僕の部屋には携帯食が常に補充されている。寮に入った時に専門の業者に頼んで準備してもらった。
実家にいる時はお手伝いさんが料理を準備してくれる事が多かったけど中学校でお昼の時によく食べていた。もちろんお弁当も持たされていたからそれと合わせて食べるんだ。
「正直、女ばかりのクラスだと居心地悪くない?」
「最初はそう感じていたけど、今では大分慣れたよ。体育の授業の時に移動しなくちゃいけないのは面倒だけどね」
「うちらは教室で着替えてるもんね。移動してから着替えないといけないとかマジで大変だね」
「そうだね。でも、僕は今こうやって君たちと話せる事を嬉しく思ってるんだ。少しは仲良くやっていきたいと考えてるし、まだ気持ちが整理できてない子も多いと思う。だけど、せっかく同じクラスになれたんだから僕は君たちと仲良くなりたい」
自分が考えている事を素直に伝えてみる──おそらくクラスにいる他の女の子達も僕の言葉を聞いているんだろう。
「うちらももっと小鳥遊君と仲良くなりたいと思ってるよ。ね? そうだよね」
彼女の隣にいる子はゆっくりと頷く。それに他の子達も反応する。
とりあえずこのクラスの女の子達は純粋に僕との仲を深めないと考えてくれているようだ。
僕は彼女達にお礼を言って一人一人の名前を聞いた──同じクラスの子の名前くらいは覚えておこう。
ある一人のクラスメイトの呼びかけでAクラスのみんなで共通のLIMEグループを作ることになった。その中心にいるのは僕でクラスの連絡とかに使うみたいだ。
どんどん自分の周りが変わって行くのを感じとる。人を変えるにはまず自分から変わらないといけない。
僕はちょっとずつだけど前向きになってこれからの事を考えるようになった。
新しい“変化”がもたらす効果が学園中に広がりを見せるのをひしひしと感じる。




