112.「マクロフォーカス」
新しい寮に引っ越してきてから慌ただしい毎日を過ごしている──だけど、不思議と嫌な感じはしない。
今まで積極的に女の子たちと関わり合いを持っていなかったけど、寮で生活を共にするうちに彼女たちの生活の一部を知ることができている。
時々僕の部屋を訪ねてくる子もいるんだけど、まだ部屋の中に入れたことはない。
彼女たちも簡単な用事はドア越しで済ませてよっぽどの時は問題解決のために僕が女の子たちの部屋の前まで行く。
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実はメルから夜のお茶会に誘われた事があって、外にテーブルを並べて二人だけのティータイムを楽しんだこともがある。
月明かり照らされる彼女の綺麗な髪は風に靡いて揺れる──外国人の女の子は独特な雰囲気を持っているなっていう感想を持っているんだ。
エメラルドグリーンの瞳がまっすぐと僕の顔に向けられるとメルは優しく微笑んだ。本当に素敵な笑顔で目の前でまるでおとぎ話の世界が展開されているようだ。
現実と物語の世界の境界すら感じさせないほどにゆったり流れる時間の中で紅茶を淹れたティーカップが二人の空間に彩りを齎してくれる。
「夜のお茶会にお誘いありがとうございます。お姫様」
メルの前に跪いてまるで騎士のみたいな態度で接すると──目を丸くした彼女は差し出した僕の手を取って笑いかけてくれた。
「急にごめんね。なんだかおとぎ話みたいな展開に僕もとてもドキドキしてるんだ。だから咄嗟にこんな態度を取っちゃったんだ、変な思いさせたかな?」
「いいえ、国にいる時にこういうのは慣れているのだけど、勇人がするとまた違った雰囲気があるわね、宮殿にいるナイトとは違って物腰が柔らかくてわたしはいいと思うわ。わたしも緊張することがないもの。ねえ、わたしのナイト様」
さっと僕の手を取ってくれたメルはそのまま胸の位置まで持ってくると手を握り返してくれた。
神秘的な月は遠くの空から僕らを変わらずに照らしていた──宇宙からしてみたらこんな僕の時間なんてほんの一瞬の星の煌めきよりも些細な事、だからこそ人はその一瞬一瞬を大切にすることができるのだと思う。
「こうしてメルとゆっくり話をできるのは嬉しいよ。入学してから色々とあって毎日が慌ただしかったからね、ああいや、別にそういうのが苦手だっていうわけじゃないんだ。これまでの生活と比べると変化が大きくて驚いているだけだよ」
「あらそうなの? 勇人は自分の事をあまり話したがらないからみんなも気にはしていたわ。でも、無理に聞くよりもあなたが自分で話したいと感じた時にお話しするのが一番だと思っているから」
優しく笑顔を向けてくれたメルの頬がほんのり赤く染まっていた──綺麗な金色の髪が風になびいてゆらゆらと揺れている。
じっとメルの瞳を見つめるとエメラルドグリーンの瞳が僕を捉えていた。本当に綺麗な目をしている某国のお姫様とこういう時間を過ごせるなんていうのは想像もしていなかった。
月を眺めながらメルの淹れてくれた紅茶を楽しみ穏やかな夜はゆっくりと過ぎていく──二人だけの時間はまるでその空間を切り離したように夜のお茶会にフォーカスをする。
「今日は一段と月が綺麗だね。部屋から眺めるものとは違う雰囲気があって僕は好きだよ」
「そうね、勇人との夜のティータイムってとっても優雅で素敵な時間だと感じるわ」
「ありがとう。僕もそう思うよ。けれど、なんだか不思議だよね、生まれも育ちも違う僕らはこうして同じ月を見ながら過ごしているっていう状況が」
「あら? 勇人って意外とロマンチストさんなのかしら」
「ああいや、そうじゃなくて、僕は素直に感じたことを言葉にしてみただけなんだ。正直に言えばこの学園に入学したのは僕に意思ではなくて母親の影響が関係しているんだ」
プロジェクトの事をメルに話してしまう──嘘を言っても仕方がないって感じたからだ。本来の僕は自分で進学先を決めていてその為に勉強も頑張っていたのが母親に覆されて望んだ形にはならずにこの学園に進学してきた。
しかも突然プロジェクトを聞かされて僕が学園に通う目的さえもあの人に決定されていたんだ。
反発することだってできたかもしれないけれど、僕はもう諦めているのかもしれない。
母さんと親子関係を続けていけるのかは分からないし、あの人は息子を仕事の一部としか見ていないのだか……
だけど、良いんだ、僕には戻ってきた父さんがいる。父親が理解者だというのは僕の心に安定をもたらしてくれるのだから。
っといっても父さんと会って話をしたのもついこの間の話だけど──それでも信頼はしているし、父さんも今後は僕の為に色々と動いてくれるようでそれが嬉しい。
僕はこれまであった出来事を邂逅するかのようにメルとの会話に集中した。




