107.「Cyber Space」
「小鳥遊さん、いつもよりもお疲れさまです。たまにはお休みするのもいいと思いますよ」
「そうしたいのだけれど、仕事がまだ残っているから休むわけにはいかないのよ。今日中にチェックしておかないといけないデータもあるのよ」
「あら、息子さんの経過報告ですか? ちゃんとレポートを仕上げてくるのはさすが小鳥遊さんの息子さんって感じですね!」
「……そうかしら」
直人さんからの帰国の連絡を受けても仕事中だった私は事務的な変身をすることしかできずにいた……あの人は私の仕事のことに対して理解があるのだけど、多分勇人のことに関しては父親として真剣に向き合うのでしょうね。
「遺伝子の部分は問題がないようですね。さすがに変化することないでしょうが息子さんの状況は常に気にしておかないといけないですよね。将来的にプロジェクトを成功させるために彼の存在は必要不可欠でありますし」
「酷い母親でしょう? 息子を仕事の道具に使うなんて……けれど、わかっているわ。このプロジェクトを何としても完遂しなくちゃいけないのよ。それが私がこれまで積み重ねてきた仕事の最終点でもあるのだから」
「息子さんとはちゃんとお話しているんですか?」
「いいえ。あの子は私のことが嫌いだと思うから」
「そうなんですか? ですが、きちんと話すというのも大事なことじゃないですか? 家族なんですから」
「そう簡単なものではないのだけれどね──うちには複雑な事情があるのよ」
そう、私が今までは母親としての愛情を注いだのなんて数えるほどのない。あの子が生まれた時、直人さんと将来のことについて語り明かした、彼は仕事で海外に行っていても勇人を気にかけていて、近況を聞く連絡をよくしてくれていた。
同じくらいの年の子と比較すると随分大人しく成長してしまった我が子に対して上手く接することができずに仕事に逃げてきた。家で勇人の遠くから眺めているような視線を見るのが耐えられない。
仕事が終わり帰宅したときは眠っているあの子の寝顔を見て私はほっと安心した。
親らしいことをしてこなかったから私と勇人の仲は想像以上に拗れてしまっているの……。
時々私からの連絡に反応して来ない。あの子が何を思って何を考えているのかなんて親である自分でもわからない部分が多すぎる。
勇人の報告書に目を通しながらプロジェクトの進捗状況を確認する──期限は高校三年間に一時的に設定しているのだけれど、それから先の事はプロジェクトのシーケンスを考慮しなくちゃね。
あの子が自分で決めて、将来のために行動をする日が来るのかしら? プロジェクトに反発して投げ出すような子じゃないのはわかっているけど、今後どういう展開に転ぶのかは未知数。
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母さんに報告書を提出してから僕は部屋のノートパソコンでネットサーフィンをしている──好きなゲームのホームページを見ながら、スマホでお気に入りのトラックを流す
Bluetoothイヤホンを接続するとすぐに音楽が耳に入ってくるボリュームを操作して周囲の雑音をシャットアウト。
リストの順番から再生されるサウンドが音楽空間に自分の“意識”をチューニングして目を閉じると青い閃光が脳内を高速移動して電子の信号となって脳に伝達される──ノスタルジックな雰囲気に心を落ち着かせながら僕は昔のことをふと思い出した。
小さなころに見た母さんの笑顔──ぼんやりとだけれど、それを思い出す、目を輝かせながら学校での事を母親に報告する子どもは素直な気持ちで大好きだった母に頭を撫でてもらって嬉しそうに眉を下げた。
いつからだろう? 僕が忘れていったのは、母さんの仕事が忙しくなり始めて家に帰る時間が遅くなり一人で過ごす時間が増えてきてから自然と母さんと話すきっかけも失くしていた。
学校から帰っても部屋でゲームをして過ごす日々──仲のいい友達も作らないで孤独といえる日常を送る中で僕はその生活に慣れて次第と母親と会うのでさえ億劫に感じていた。あの人の考えていることを理解したいとは思わない。
自分で選んだ進路さえ変えられた僕は母親に反発もできた。だけど、そうしなかったのはやっぱり僕がまだ自立する覚悟が足りないからだろう。
部屋にいる時くらいは嫌な事を考えるのは避けようせっかくの唯一心の休まる場所なのにベッドから体を起こしてデスクに座ってパソコンを立ち上げるとサクサクと起動してデスクトップにアイコンを並べていく。
ネットブラウザを開くと僕はずっと前から気になっていたワードを検索して電脳空間の与えるシグナルを全身で受け入れた。




