リリーと聖剣
「ねぇ、トナカイ?」
「どしたんリリー?」
「これを見てほしいの」
「この剣は……すごい魔力を秘めてるのよー」
「この国の広場に刺さってたの。何でも、勇者にしか抜くことが出来ないらしくて」
「そうなんねぇ。で、抜いたん?」
「うん。ひょいって簡単に抜けた」
「「……」」
「なんか嫌な予感しかしないけど、一応聞くのよ。大丈夫なん?」
「うーん……大丈夫、かな?」
「なんでそんなに曖昧なん?」
「私自身は特に問題ないんだけど……この剣、魔王討伐に失敗した古代勇者の霊が憑いてるみたいで……魔王を倒さないと成仏できないって、私の頭の中に直接語り続けてるの」
「そうなんねー……えっ」
「ついでにこの剣、古代勇者の霊が成仏するまで、剣を抜いた者の手から離れない呪いがかかっているらしくて……」
「……リリー、何でもかんでも引っこ抜いたら、あかんのよ?」
「うん、ごめんね?」
「それじゃ、早く魔王を探しに行くのよっふぅ!? ちょっとリリー! 急に剣を振り回したら危ないのよ!」
「あの……すごく言いづらいんだけど、トナカイの魔力量って、すごく多いじゃない?」
「うむ、こう見えても精霊だからね!」
「それで、古代勇者の霊が、魔力量の多いトナカイを魔王認定したみたいで……」
「トナカイのどこを見たら魔王に見えるのよ!?」
「えーっと、『魔力量がおかしいから、もう魔王でいいよね』だって」
「何でそこ妥協したん!? そして剣を振り回すのをっ! やめるのよリリー!」
「さっきから抗おうと全力で頑張ってるんだけど……『数千年の間溜め込んだ魔力と執念を舐めるな!』だって」
「そこまで言うならっ! 本物の魔王にそれをっ!? ぶつけてほしいのよぉぉ!」
「……腐っても勇者なのよ! さすがのトナカイも、かわすのが精一杯なのよ!」
「『腐っているとは失礼な! これでも神に選ばれた勇者だぞ!』だって」
「だから、そう言うなら本物の魔王に挑んでほしいのよ!」
「あっ! トナカイ危ない!」
「しまった! 油断したのよぉぉおお!?」
「トナカイィィ!!」
「と、トナカ……イ? うそ、だよね?」
「古代の勇者は……つよかっ……た……のよ」
「いやぁぁぁあああ!!」
「リリー……剣は……」
「ちゃんと外れたよ! 原型もないくらい砕いておいたよ!」
「そう、なのねぇ……じゃぁ、傍迷惑な古代勇者の霊も……」
「うん、成仏したよ! 完全に成仏する間際に全力で殴っておいたよ!」
「そう、なのねぇ……霊なのに、殴れたの……ねぇ」
「トナカイ死んじゃやだよぉぉ!!」
「もう、変なもの抜いてきちゃだめなのよー。よしよし」
「トナカイ!? さっき死にそうになっていたんじゃ……」
「トナカイ精霊だから、そんな簡単に死んだりしないのよー」
「じゃぁ、さっきのは?」
「古代勇者が満足して成仏するかなーって思って、演技したのよー」
「じゃぁ……トナカイ死なない?」
「うむ、リリーを置いて死んだりしないのよー」
「トナカイィィ!!」
「よしよし、リリーは泣き虫さんなのよー」
ある国の広場に刺さっていた、古代勇者が使ったとされる聖剣が、ある日突然姿を消した。
聖剣が持ち主によって、粉々に砕かれたことを知る由もない国の者は、聖剣に選ばれしものがとうとう現れたのだと、大いに喜んだという。