トナカイの身代わり人形
「あ、トナカイー」
「……」
「あれ? トナカイ?」
「……」
「トナカイが返事をしてくれない……」
「……」
「むーっ! トナカイーっ!」
「……」
「……そっか、トナカイがそういう態度をとるなら、こっちにも考えがあるんだから!」
「……」
「とりゃー! もふもふーっ!」
「……」
「はふぅ……もふもふ……」
「およ、リリー? どしたーん?」
「……はっ!? 意識が飛んでた」
「リリーはほんとに、もふもふが好きねぇ」
「!? トナカイが二人いる!」
「リリー、トナカイは一人だけなのよ?」
「えっ、でも私がもふもふしてたトナカイは」
「あ、それトナカイの身代わり人形なのよ」
「身代わり人形?」
「うむ、我ながらよくできてると思うのよー」
「全然気付かなかった……不覚」
「むふー、リリーを欺けるほどの出来栄えだったのねぇ」
「ショックだからちょっと休んでこよ……」
「そうなん? 元気だすの……ちょーっと待つのよー!」
「びくっ……な、何かしらトナカイさん」
「リリー、動揺して口調が変わってるのよ? その手に持ってる身代わり人形を、どうするつもりよ?」
「えっ、あら私としたことがー、ついうっかりー」
「困った子なのよぉ。あ、そうだ! トナカイと今から勝負して、リリーが勝ったら身代わり人形を一日貸してあげるのよ!」
「ほんとにっ!? 頑張る!」
「それじゃ、トナカイが合図を出すまで向こうの岩の影に隠れていてほしいのよー」
「隠れるの? わかった」
「まだかなぁ……」
「いいのよー、身代わり人形を選ぶことができたら、一日貸してあげるのよー」
「トナカイの声が直接頭の中に!?」
「がんばって、探すのよー」
「わかった!」
「「……」」
「!? そこらじゅうトナカイだらけ!」
「うーん、どれだろう。どれも同じに見えるよ……」
「!? よく考えたらトナカイじゃなくて身代わり人形を選べばいいんだった……これは、私の圧倒的有利!」
「せっかくだから、一番もふもふしたい人形にしよっと!」
「んー、これも、あれも、それも良かったけど……! これだっ! このもふもふが至極!」
「私が選ぶのは……このトナカイだーっ!」
「……リリー? 残念だけど、本物のトナカイなのよ?」
「えっ……」
「「……」」
「も、もういっかい「はい、残念でしたー」あぁぁ……私のばかぁぁ!」
「リリー、ざっと数えて百体は身代わり人形を置いてたのよ。この中から本物を選ぶことのほうが、難しいのよ? むしろすごいのよ!」
「うん……身代わり人形は、あきらめるね」
「また、気が向いたら身代わり人形を貸してあげるのよぉ。元気出すのよぉ」
「うん。今日はトナカイで我慢する」
「うむ、トナカイで我慢するのよー……あれ?」
結局リリーはトナカイを一日もふもふし続けた。
転んでもただでは起きないリリーであった。