泉源と源泉って何ですか?
※怪奇!前回までの お さ ら い 。
有馬のアスパラァお兄さんから温泉についての最低限のマナァを学んだ天と麻美。そんな温…なんたら同好会のパコパコ部屋に一匹の美少女が現る。『箱根』と呼ばれたこの少女の正体はいったい何者なのでせうか……。
「うわい、えらい可愛らしいお人形さんみたいな娘やな。うちらにも紹介してーな、有馬先生」
麻美はこの温泉オタクの魔窟に珍入してきた美少女の頭を自分ちのワンコのように無造作に撫でながら、有馬に向かって嬉々とした表情でそう問いかける。美少女は禄に抵抗できないのか「えっ……」とか「あの……」とか小声で呟きながら、はにかんで俯いている。
肩先にかかるくらいの黒髪のショートカット、デニム生地のオーバーオール、触れると壊れそうな華奢な身体つき(見る人が違えば、不健康とも取れるだろうが)、白なめし革のような肌。確かに絵本の中で登場するお人形さんのような美少女であることは疑う余地もない。そして、侍の国ジャポンが異性のお突き合いを簡単に許容する国ならば、今頃私もルパン脱ぎで少女にダイブが必然であろう。しかし、しかし、だ。私は一つ、引っ掛かっていることがある。
「フハハ! そうか、天や白浜嬢はこの小娘とエンカウントするのは初めてであったな。紹介しよう! この娘は我がサークルの箱根、ふがふがっんっふ」
「しぃーっ! だ、だいちゃん! だ、だめっ……は、恥ずかしいから……下の名前は言っちゃ、や!」
有馬は麻美の言葉に答えて目の前の少女を勝手に紹介しようとするが、途中で少女はアタフタとしながら有馬の口を手で塞ぎ、ソレを阻止する。
……だ、だいちゃん?
いや、今はそんな思わずサブイボがお肌にブツブツと群生しそうなあだ名はどうでもいい。問題なのは少女の『箱根』という苗字だ。私の知っている『箱根』という名の寝ショベン野郎は南斗の拳に登場しそうな顔が厳つくて無駄にがたいの良い脳筋クソオタク番長である。ふう、我ながら何て未練たらたらなのだろう。普通に考えれば、目の前の少女があの私を振りやがったクソ野郎と結びつくわけがないし、『箱根』などという名前の同姓がいたところで何も不思議ではない。
「いやや、いぢわるせんと下の名前を教えてーな、箱根ちゃん。あ、そやそや、うちの名前は白浜麻美って言うねん、よろしくなー」
「あっ……だ。だめ、だめです。恥ずかしいから……お、教えません。たとえ目の前に何千、何万、何億積まれたとしても教えたくないです。うぅっ……恥ずかしい……」
ギューとまるで自分の愛玩具みたいにしまいには腕の中で抱きながら、少女の頭を撫で回す麻美。何だこのメス、いくらなんでもフレンドリーが過ぎるだろ。私と麻美の初顔合わせは河原で血で血を洗う地獄車だったんだぞ……何なんだ、このあまりにも違い過ぎるこの心がぴょんぴょん展開は。何かムカつくから、何の脈絡もなく犬の糞でも投入してやろうか。
「う゛っー……何なんそれー! そんなん言ってると、Twitterとかニヤニヤ動画とかで『この肉便器の名前、探してますッ!』とか拡散するで!」
「い、いやぁっ! や、やめっ……やめてください!! あ、悪魔……き、鬼畜! そんなの悪魔で鬼畜の所業です!!」
な、何故、下の名前を頑なに教えたくないのだ?
べ、別に目の前の少女が私の元カレ(←只の妄想)と同姓だから気になっちゃうのキャッハァアア☆とかそういうのではないが、そんなに下の名前を隠されると何が何でも知りたくなる私の天邪鬼な一面がひょっこりぴょこ~んと出ちゃうではないか。
「ふむふむ、しかし、しかしだ。箱根嬢、人という生き物は基本的に天邪鬼なイき物であってな。嫌よ嫌よも好きのうち。とある褌芸人なんかは『絶対に押すなよ』などと振りをしてまで相手に反対の行動をさせるという身体を張った狂気のネタを繰り出すというではないか。だから! 俺はあえて言おう! この娘の名は! 箱根陣太、ふがふがあっはぁあん♡」
「やぁあああ! だめって言ったでしょ! だいちゃん! ぜったい、だめ!」
「イ゛ィ゛ッー!」
「ビクッ……ど、どないしたん天? 死にかけのショッカーみたいな声出して……具合悪いん? 顔悪いで、あんた」
「い、いや……何でもない、ぞ。って、誰の顔が悪いだコラ!」
「いや、今の天、ほんまにクソを我慢してる畜生みたいな顔してるで」
はあはあ……うん、落ち着け、落ち着くのだ、私。
まだ、まだだ、まだ。目の前の少女が奴の訳があるまい。奴の名前は確かに『箱根陣太郎』などという名前であるが、目の前の少女がまだそうと決まったわけではない!『箱根陣太』そこまでしか聞いていないではないか!もしかしたら『陣太』という名前かもしれない、もしかすると『陣太百乃助左衛門』などというトンデモ☆彡ネームかもしれない。……まて、よ?目の前の奴は少女……少女なんだよな?少女……しょうじょ……あぶのーまるしょうじょ……うっうーん、頭がががががが。
「ふむ、まあ、よかろう。あらたなるメンバーとの初顔合わせはこれくらいにしておいて、温泉講座を進めようではないか!」
オイコラ進めんな!まだ、肝心なところが明らかにされてねえんだよアスパラぁ!!……と声を張り上げたいところであるが、だ、だめだ。麻美みたいな純粋な好奇心という名の下心からきてる興味ならまだしも、今の私は過去の未練からきてる知りたいという心だ。変に意固地になるのも変だし……と色々と足りない頭で考えていると、誰かの視線を背中に感じた。気になって振り向くと、そこには箱根という少女が私を生まれたての赤子のような瞳でジッと見つめている。
「あっ……」
キュンッ♡
私がその赤さんのように見つめる瞳に答えるように殺意のこもった瞳で返すと箱根という少女は顔を赤くさせ、プイッと明後日の方向に向いてしまう。な、なんだ。今の蛆虫と毛虱が沸いて出そうな擬音語は?
「さて、温泉とは……はいっ、白浜嬢! 俺が何といったか覚えているか?」
「『地中からゆう出する温水、鉱水および水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)で特定の温度または物質を有するもの』……でしたっけ?」
「その通りである! さて、今回はこの温泉という言葉を狭義的な意味で掘り下げるとしよう」
私を無視していつの間にか有馬の温泉講座が進んでいた。
ていうか、一字一句間違えずに即答する麻美にちょっぴりどん引きしている私がいる。
「『特定の温度または物質』……この部分を掘り下げるのね、有馬君」
「その通りだ看護ビッチ。さて、天よ……まず、この『特定の温度』とは具体的に何度を指すと思う? 自分の感覚で良い、思ったことをそのままプレゼンするのだ」
「あ? え? あ、え、えーっと……ひゃ、百度?」
「……。なんだ? その気の迷った小学生が思い付きで答えたような解答は……反省しなさい」
有馬アスパラサイト大助はふーやれやれを絵に描いたような顔で私に向かってそう吐く。ぶち割りたい、このメガネ。
「では箱根嬢、分かるか?」
「は、はい……確か、『摂氏二十五度』だったような」
「はい、大正解! 見事正解した箱根嬢には俺の使用済みのブリーフを貴様の口内に投函してやるぞ。それは兎も角、正確には『泉源の水温が摂氏二十五度以上』である。これが温泉の定義の一つである」
有馬が鼻の穴を大きくして語っている傍で箱根という少女は「セクハラだよう……」とめそめそと泣いていた。
「ほーん、じゃあ、沸騰した水道水は温泉とちゃうんやな」
「フハハハハ! 白浜嬢は天と違い、理解が早くて実に良いな! まあ、補足しておくとこれは基本的な定義であって『泉源が摂氏二十五度以下』の温泉もあるということもさらに付け加えておくことにしよう」
「さっきから泉源って言ってるけれど、泉源ってなんなん?」
「ふむ、泉源とは……泉の湧き出るもと、と字引等では表記されているが、温泉では湯が湧き出る場所を指すのである。また、字を入れ替えただけの『源泉』という言葉もあるがこれは湧き出た湯そのものを指す。『泉源』と『源泉』……似て非なるものであるので注意するのだぞ」
「へー……わかったような、わからんような……」
「フフフ……『特定の物質』についても長ったらしく説明しようかと思ったが、予定変更である。いつまでもダラダラと温泉座学をしていてもつまらないだろう? 諸君! 明日は一日、開けておきたまへ! 実地勉強だ!」
次回予告『そうだ有馬温泉へ行こう』