かけ湯って何ですか?
結局、麻美に押し切られる形で『温泉サークル』とかいう得体の知れないサークルに不本意ながらも入った私こと、不幸萌え美少女、雄琴天。まったく、何で私がこんな訳の分からないサークルに……ぶつぶつぶつぶつ。まあいい、いざとなったら、このサークルの根城を留守の間に火つけて焼野原にしちまえばいい。そうすれば、なんたらかんたらサークルの活動はもうできマセーンって寸法だ。萌え萌え少女が燃え燃えプレイってことですか。
「ヒッヒッヒ、燃やしてやるぜ……」
「天……エライあっくどい顔と声してるで自分。やめーや」
ゴキブリを叩きつぶして後悔したような顔で私を見る麻美。
しまった。うっかり、顔と声と言葉とオーラに放火相が出ていたか私。
「ち、違うよ麻美。今のは『ヒッヒッヒ、もやし喰ってやるぜ……』って言ったんだよ」
「あっはっはっは。もう、今から晩御飯のこと考えとんのんかいな。天は相変わらず食いしん坊万歳やなあ」
私の友達が超絶強烈にあほ過ぎて私の犯罪思考が捗りすぎる!
しかし、相変わらず食いしん坊万歳ってどういう意味だこらあ。精々、毎食どんぶり鉢にご飯五杯しか食わないだろーが。夜食は一番多めに摂ってるだろーが。間食は寝る前にしかしてねーだろーが。
「シャラップップ! 私語もそこまでにするのだ諸君! 着いたぞ……ここが君たちがこれから学び活動する我が『温泉サークル』の居城である! さあ、一人ずつ頭を垂れて入湯するのだッ!!」
「ほな、お邪魔しまーす」
江戸時代かよ。
アスパラメガネの戯言を聞き流して私は麻美に続いてサークルの部屋に入る。
部屋にはホワイトボードと何の変哲のない長椅子が二つ設置されているのみ。正直意外である。アスパラァの事だから悪趣味なグッズや怪しげなアイテムがひしめき合っていると思っていた。そしてその長椅子に頬杖をついてぼけ~っと上の空を絵に描いたような表情で丸椅子に座っている茶髪ロングの女子がひとり。
「む……。『しほり姫』しか居ないではないか。今日は新しいオタサーの姫を皆に紹介したかったのであるが」
「おい、そのオタサーの姫ってのやめろ。何かお前に言われると馬鹿にされてるみたいでむかつく」
「まあまあ。ところで有馬先輩……その女性は誰なんですか?」
「ふむ……このビッチは……」
ビッチって……。
そして、アスパラァが次に口を開く前に、件の女が頬杖を突いたままギョロリと眼を私たちの方へ言葉を紡ぐ。
「私の前世は……魔法少女だったの」
「はあ?」
「だからね、私は立派な『かんごふ』になったの」
…………。
だめだ、この女と会話していると頭がおかしくなりそうだ。
「『かんごふ』やなくて『かんごし』やろ」
そこはどうでもいい!
「ふむ……。『しほり姫』が言っていることはすべて事実であるぞ。このビッチの名前は『城崎詩織』、我が大学の学生ではあるが同時に現役かんごふでもある。無論、このビッチは君たちのパイセンであるのだから宜しくするのだぞ」
「……ヴい」
アヘェ顔ダヴルピースを私と麻美に向ける城崎とか言う女。
ヴい、じゃねーんだよ。言ってることはすべて事実だと?だったら何か?根暗女の前世は魔法少女だったとか言う妄言も事実なのか。あーあー……このサークルはアスパラァに負けず劣らずの変人の巣窟なのか?先行きが不安だ……早くもこの部屋に火を放ちたくなってきた。
「さて、ビッチの紹介はこれくらいにしておいて。さっそくであるが、はい! そこの天よ! 温泉に入る上で欠かせない大事な事とは何だッ!」
「は、はあ? し、知ら」
「その通り! 『マナー』であるッ!! テーブルマナー然り! パブリックマナー然り! 携帯のマナーモード然り! この世にはマナーなる常識で溢れかえっている! マナーを知らぬものは生きて行けぬと思いたまへ! 恥さらし! ちっちゃいころ、ママァにナニを教えてもらったのぉ? マナーであるッ! 当然、温泉にもマナーは存在するッ!」
ぶっ、ぶっ殺してぇ……このヴェジタブルメガネェ……。
「私の身体は剣でできている……」
「はいっ! そこのビッチ! その『マナ』ではないッ!」
「私の真名は『鳳凰院狂真』である……フゥーッハッハッハ……」
「その『マナ』でもないっ!! 少し煩いからビッチはこれでも咥えて黙って聞いていろ!!」
「ふがっ……こんにゃ、ほおひぃひょの、はいひゃらない……(こんな、大きいモノ、入らない……)」
野菜メガネは根暗女の口にもろきゅうを詰め込み、黙らせる。
……ついていけないこのオタッキー会話。
「温泉のマナーとは全部で七千九百七十七条あるッ!!」
「ヒッ、ヒェッ……! お、多すぎィ! そんなん覚えられへんで有馬先輩!」
「うむ。全部を語っていたら日が暮れ夜も暮れ世紀末である。なので、本日は特に大事なところを乳のように絞って……そうであるな、今日は七カ条紹介しよう」
「うわい、有馬しぇんしぇえ! 大好きや!」
「フハハハハハハ! そうだろう、そうだろう! 悦びのあまり思わず先生の下のお口にディープキスをしてもいいのよ?」
「あ、それは絶対嫌です」
な、何が、有馬しぇんしぇー、だよ。
最初っから七つしかねーんだろーがよこのエロ野菜メガネ。あー、麻美が目をキラキラさせてはしゃいでる姿に胸がむかつくし、得意げにドヤ顔で語る有馬とか言う雑魚にはもっとイライラする。有馬とか言う野菜メガネの毛という毛を燃やせばこの胸のムカつきも、イライラも治まるかも知れない。
「温泉のマナーそのいち! 『入浴前にかけ湯をしろ』」
「かけ湯? なんや、それ……? 何かの儀式かいな?」
「その通りっ、儀式である! かけ湯とはッ! 公共の温泉施設の浴室の入り口付近に必ずと言っていいほど設置されている肥溜めの形を呈した場所からお湯を汲み取り、己の身体にぶっ掛ける行為を指すのであるッ!」
「例えが汚なすぎんだよ、てめー! 氏ね!」
「へー……でも、有馬先生。何でそんなことする必要あるん?」
「フハハハ! 麻美くん! 君は何にも知らない赤さんのようなものであるな! かけ湯とは! 儀式であると言ったであろう! かけ湯をすることで今から己が入浴する温泉と一体化するのだ! いやっ、温泉だけではない! 宇宙……そう温泉を制する者は大宇宙を制するというであろう? そうだ……見よ……かけ湯をすることで我々は大宇宙と一体化するのだ……」
「おお……コスモス……我らが大地の恵みなるコスモス……お前は一体どこへ行ってしまったというの……」
アスパラメガネと根暗女は互いに肩を組み、恍惚の表情で、明後日の方向を見上げる。
何だこいつら。何か危ないヤクでもキメてんじゃねぇだろうな。やばいな、感受性が高く何でもかんでも吸収しやすい柔軟剤みたいな麻美はますます興味を引く話ではなかろうか。
「で? 本当のところは何でかけ湯なんてしはるんですか?」
意外と冷静であった!
「うむ……まあ、一つは単純に『衛生面』での問題であるな。これは何となく分かるか?」
「ああ、分かります。天の髪とか足とか……そういう恥部に綺麗なお湯をかけて綺麗にするってことやろ?」
「おい? おいおいおいおーい? 何で例えが私なんですかこら? あと、人の髪を恥部扱いって、おい? おい……?」
「そして、もう一つは『事故防止』である。ご年配の方が浴室で亡くなった等のニュースを目にしたことはあるか? 特に冬場ではあるが、冷えた身体にいきなり熱い湯に浸かると血圧が一気に上昇する。すべての健常者がそうとは言い切れないが、脳卒中や心臓発作のリスクが上がるし、要因ともなり得る。だから、まず始めに身体をぬるめの湯すなわち『かけ湯』で身体を湯になじませてから、入浴するのだ」
「かけ湯は……心臓の遠い手足からぶっかけるのよ……男の精●のように……分かった……?」
先刻から口を開けば妄言や変態語録ばっかだなこの城崎とか言う根暗先輩。
ていうか、さっき野菜メガネにもろきゅうつめこまれプレイされてたのに、何で普通に喋ってんだこの女……。
「はいっ、よう分かりました有馬先輩! 城崎先輩! ……で、あと六つのマナーは何ですか?」
「ふむ……それは……長くなりそうなので次回へ続く!」
「メタなご都合主義!!」