そして伝説へ
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ございません。あと、温泉知識及びその他諸々は作者の偏見も多少なりとも入っておりますので、どうかご容赦下さいませ。
桜が生き物のようにまるで呻りを上げながら宙に舞い、狂ったように咲き乱れる季節。
桜だけではない。A4サイズのチラシ──勧誘のチラシだろうか?……もやや強い風に飲まれて、晴天の空を彩っている。
春。
別れ。出会い。リスタート。
幾多もの色々な経験を十八年間積み重ねてきた私は学び舎たる校舎を眺めながら、そして十八年間の重みを忘れぬように、一歩一歩かみしめるように学内の桜並木を歩いていた。
「あでっ」
何にもないところで、ずっこけてしまった。
「あっははっ! 天は相変わらず、ドジッ娘ポエマーやな」
今の今まで私と一緒に桜並木を闊歩していた女子が前のめりにこけた私に向かって、指差しながら高笑いする。な、何だと……な、何故、私が隠れポエミストであることをこの女は知っている!あと、私はドジッ娘などという萌え属性は装備している!そして私は決して、元やんなどという人種などではない!
「こ、こらあ……人様に指を差さないでよ。そんな非常識な行為をしてるとアメリカだったら黒人ポリスに『ユー、イッチマイナ!』とか言われて次の瞬間には銃殺だよ?」
「いーっひっひっひ。強がっちゃってまあ……赤くなっちゃって、天ちゃんはとってもかぁいいでちゅねー。写メ取って、インスタに投稿したる」
ぴろんぴろん
「こっ、てっ、てめえ! このアマ!! ナニを撮ってやがる!! ぶち殺すぞごらあ!!」
「天、口調、口調……やばいで」
ひとしきり怒りを目の前の関西弁アマ公にぶつけると、周りから短くヒッという声が聞こえてきた。
見ると、ひそひそと私を見ながら話をする連中がいた。あっ……う。や、やべえ……じゃなくて、やばいです。私は決して元ヤンなどという穢れた存在ではないのですが、ついカッとなってやっちまい……だ、だめだ、何で私は心の中で犯罪者をプレビューするみたいな言い方してんだ。と、ともかく、天、落ち着くのよ、天。貴方はやればできる子、今のあなたはAKIBAとかいう穢れた金づるのオタッキーが沸いてるクソ街の一角にある冥土喫茶の店員……冥土さんなのよ。
「お、おほほほほ……麻美ちゃん? も、もうおいたはだめだにゃ~~……」
ぎりぎり……
「あっはっは。……うちにアイアンクローかますのやめてくれへんかな?」
未だ収まらぬこの怒りを『萌え萌えきゅんきゅんらぶりーはーとぱんち』で目の前のアホ女子の鳩尾に叩き込みたい。しかし、私がそんな暴力行為をしてしまうと私の黒歴史がバレてしまうかもしれない。私こと、『雄琴天』の黒歴史もといレディース時代の姿を知る輩はここにただ一人……そう、この目の前の関西弁を駆使する女子『白浜麻美(しらはまあさみ」)』のみ。
「はあ……今日はこれで許してあげるけれど、本来なら私の過去を知っているっていう時点でリンチで東京湾行きなんだからね。知らない人の前で不用意な発言は麻美の寿命を縮めるだけなんだよ?」
「可愛らしい仕草やけれど、言ってることは到底美少女とは思えないどす黒い台詞やなあ」
麻美は人懐っこい笑みを浮かべ、自分の頬を掻きながら呟く。
くっ……ああ、認める。先刻は純情ぶって、無理矢理可愛らしいおにゃのこを演出しようとしていたが、私の本質は堅気でないアレな人種である。
二年前。
関西圏内の巨大暴走族のひとつ……『極楽浄土』の九代目総長、雄琴天。
その頃はその肩書に何の不満も無ければ寧ろ誇りとさえ思っていた。金属バッドで敵勢力のアホどものどたまをかち割り、ポリに補導されるのなんざ日常茶飯事。万引きなんざお手の物。時には怖いお兄さんたちの事務所に石つぶてを投げ込んだこともあった。兎にも角にも毎日が綱渡り的で、そして刺激的で楽しい日々を過ごしていた。
しかし、そんな暴力がモノを言う世界で過ごしていた私にもついには春が訪れた。
関東圏内の巨大暴走族『天獄』……野郎のチームではあったが、そのチームの初代総長、箱根陣太郎……不覚にも彼奴の姿を見た瞬間、心不全に陥ってしまった。いや、心不全は言い過ぎたが、兎にも角にもひとめぼれであった。本来の肩書を忘れて私は勢い余ってそのクソ野郎に告白した。
『時代は萌え萌えなんだよ……』
箱根野郎は私にかって、そう言い放ち立ち去ってしまった。
はああぁ?何だそのクソ台詞……な、何が、萌え萌えだよ。お前の髪を燃やしたろか、とかその時はフラれたショックで憤りを感じていたが、強がっていても根は相当ショックであったのだろう。一週間寝込み、悩みに悩んで考えた結果、足を洗おうと!ふっつうの少女になろうと!
それからの私は生活を改め、萌え萌え美少女になるべく努力に努力を重ねた。
妖怪のような化粧も改め、薄くし、髪も金髪から黒に染め、ロングからショートに切った。九九もまともに言えない頭脳であったが、必死になって勉強し、何とか国公立に入学できた。
「そやけど、ほんま頑張ったなあ。まさかあの天がうちと同じ大学に入学……感慨深いなあ」
「も、もぉ~~……やめてよ、麻美。そんなに褒められると嬉しさのあまり、金属バットを脳天に叩き落としたくなっちゃうよ」
「あっはっは。天はすぐ化けの皮が剥がれるなあ」
兎にも角にも、無事大学デビューを果たせたのだ。
あの頃の血生臭い日々とはおさらば。今日から私は萌え萌え美少女に生まれ変わるのだ!そして、手始めにまずは大学でこみゅにてぃを広げなければ。そしてそのツールとして、サークルだ、真の萌え萌え美少女になるべくサークルに入らなければ(義務感)。
「で。麻美、手始めにどこのサークルを締め上げる?」
「そうやなあ……うちは文化系のサークルに入りたいんやけどなあ」
「ふむ……それならば、おススメのサークルあるぞ。『温泉サークル』……温泉好きの温泉好きによる温泉好きのための温泉を愛する人種が集まったステキングな同好会だぞ」
麻美とどこのサークルに入ろうかと話し込んでいるといきなり右肩をがしっと掴まれる感触を感じた。横目で見ると麻美も左肩を掴まれていた。何事かと、首だけ後ろに振り返ると。
「温泉サークルに入らないかね、君達」
絵に描いたようなガリガリメガネがそこにいた。