あれ、映倫はきっと仕事してないね。仕事しなくてもいいよ
「暑っ」
と、映画館から出て、彼は一言。
7月の日差しはたしかに暑い。冷房の効いた映画館から出ればなおさら暑い。
しかもこの映画館は駅から遠いので、これからこの炎天下を彼と二人で歩かねばならないのだ。
たいへんである。
私の横を歩く彼、唐沢くんは、いちおう私の彼氏というやつだ。
それほどかっこいいわけじゃない。
背は高いし、ひょろいし、顔は大きいし、顔の大きさの割に目が小さくて、まゆげが大きい。
それに、あんまり服装のセンスもよくない。今日のお召し物も、謎のキリンがプリントされた四十点くらいのTシャツである。
ただ、私だって、言ってしまえば可愛い容貌ではない。
メガネだし、ちびだし、腫れぼったい唇だし、くせっ毛だし。
そのうえ、あまり言いたくはないが、そこそこふっくらして……寸詰まりの体系である。
二人で並んで歩いているとき、ふと横目でショーウィンドウを見たりすると、そこに映った自分は唐沢くんよりも背が低いのに、幅は同じくらいなのだ。
……なんで唐沢くんはこんな私と付き合おうと思ったんだろうな、とは思う。
「どうだった? 面白かったよね?」
「笑った」
「よかった。字田さんに引かれたらどうしようかって、思って。ひやひやしてた」
いや。
面白かったよ、デッドプール。最高だったね。
デートで見る映画はあれくらい、くだらないのがいいのかもしれない。
ヒーローはクレイジー。世界は滅びない。最後にB級のカタルシスがあって、正義の味方が勝つの。
ちょっとエッチだったのは、まあご愛敬。あれ、映倫はきっと仕事してないね。仕事しなくてもいいよ。
「楽しかったよ。今度のウルヴァリンも、楽しみ」
「また来たいね」
「うん、また来よう」
唐沢くんがうれしそうに笑う。
まあでも、しいて言えば、個人的に消化不良だったのは、
「うーん。でもさ、やっぱりわたし、もっと滅茶苦茶なのを期待してたんだけど……。第四の壁をもっとしつこいくらい破るのかと思ってた」
「あー、さっきも言ってたね。あのくらいでちょうどいいんじゃないかな? メタはほどほどに入れるくらいがさ」
「ほどほどにすべきところが、ほかにあったよね?」
「そう、ですね?」
唐沢くんは草食系だ。
鈍感ともいう。
Tシャツのキリンにどこか似た、察しのついていない顔に、わたしはびしっと指をさす。
その指をぐるぐる回して、意図するところを唐沢くんに半目で、
「ほかにあったよね? ずっと『ああいう』シーンばっかり」
「そう、ですね。……あー」
唐沢くんは草食系だ。むっつりともいう。
おい。
見てたぞ。ちらりと私の胸に目をやっただろう。
わたしの胸は大きい。これも、私が太って見える原因のひとつだ。
アンダーもそれなりだけどね……。
私が気が付いたことを察したのか、唐沢くんはあわてて、わたし(の胸)から視線をそらそうとする。
「あ」
なるほど。
自分で確認して気づいた。べっとり汗でぬれていたんだね。
別に透けてはいないけど。
ちょっとこれは、拭かないとまずいね。
「どこかコンビニあったっけ」
「ご、ごめん、タオル……持ってなくて」
こらこら。
その謝り方は、気遣われてるんだか、言い訳されてるんだか、わからないぞ。
こちらこそ、汗かきな体質で、すまないね。
「いいよ、別に」
唐沢くんは困ったように私を見る。
ああ、私はどうしてこんな風な、可愛げのない言い方しかできないのかな。
ちょっと不満で、八つ当たりに、彼の胸に肩をぶつけた。
「あ、ほら、あったよコンビニ」
彼の手を引く。
ああ、ほらもう。
こんな風にしたって、手すらつないでくれない。
草食系。
鈍感。
ばーか。