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第一話

★1


 頭が痛い。ここは、どこだ?わからない。真っ暗だ。


 確か俺は、あの時……そう。学校から帰ってきて、唐突な眠気に襲われてベットで寝たんだっけ。


 でもこの場所は、ここは俺の知ってる場所じゃない。ここは、どこだ、いったい……?


 頭に鈍い痛みを感じながら、俺、西島裕太は瞼を開いた。と言っても開く前と世界は変わらず、自分がどこか暗闇の中にいるのが分かった。


 起き上がってとりあえず歩いてみる。小物につまずきながらなんとか部屋の端に端にたどり着いた。


 ドア、かな?


 思い切って開けてみる。暗闇の中でもドアノブの箇所はわかった。


「!?……これは」


 ドアを開けると、その先には崖が広がっていた。崖の先には禍々しい渓谷が広がっていた。空の色は鈍色に紫を差した汚い色で、渓谷を形作る岩は尖っている。遠くに見える街並みは生まれ育った日本の街並みとは程遠く、どこか西洋風な屋根がこの景色にマッチしている。


 コロコロと小石と鎖が崖の下に落ちていった。気が動転してしまいそうだ。どういうことだ。なぜ俺はこんなところにいる?

 

 まるで夢を見ているかのような景色に、心を揺さぶられながら、俺は今まで自分が寝ていた場所を見た。


 ここも西洋風な部屋。天蓋付きのベッドに英国貴族が愛用するようなテーブル。そして本棚。ワンルームでそれ以外はなかった。と言っても部屋の広さは俺の住んでいる小岩のやすいアパートよりも格段に広い。


 窓はあるみたいだが、外から何かで塞がれて光が入ってこないようになっている。暗闇の理由はこれだった。


 さて、ではちょっと考えてみようか。俺はなぜこんなところにいるのか。俺は昨日、というか寝る前、御茶ノ水にある学校から総武線を使って小岩の家まで帰ってきた。家に着くとひどい頭痛に襲われて、薬を飲んでベッドで横になったんだ。


 で、目が覚めるとここにいた。……いや、さっぱりわかりません。俺の処理能力を超えています。はい。推理するにしても、肝心のこの場所に連れてこられるまでの記憶がないからどうしようもないんだよな。


 俺は考えるのをいったん止めて、ベッドに突っ伏した。きっと夢だろう。そうに違いない。そう思い込んで再び眠りにつこうと思ったのだが……


 むにゅう


 不可解な感触が胸のあたりにあった。平たい男の胸板とは異なる脂肪の感触が。


「な、なんだこれ!?」


 感触の発生源に触れてみる。むにゅうとやわらかい感覚が手から伝わってきた。久しぶりに掌に感じた双丘。これは——


「なんで、俺おっぱいが付いてるんだよぅ!」


 気が付くと声までも変わっていた。男のころの野太い低い声ではなく、甲高い女の声。歌姫のような優雅な声が頭蓋骨に響いている。


「女になってるのか?この俺が!?てことは……」


 ごくりと喉を鳴らす。視線の先には股間がある。服装はやはり違っていた。寝る前の男物の服とは異なり、レースで透けるネグリジェと露出の多い下着。いや、そこまでそろっていたら調べなくてもわかると思うが念のため。これは重要なことだ。これがあるか無いかで心理的にだいぶ違う。


 恐る恐る股間に手を這わせてみた。結果は……


「……ない。ナニが、なくなってる」


★2


「どういうことだ!?目が覚めたら違う場所にいて、よりにもよって男の身体を捨てている!」


 自分一人しかいないがとりあえず吠えてみた。いや、吠えなきゃやってらんない。だって、20年慣れ浸しんだマグナムくんがどっかに消えてるんだもん。


 悲しむ場所はそこなのかと誰かに突っ込まれそうな気がしたが実際悲しいものは悲しい。人間は潜在的に自分が所有している物を特別に思うそうだ。さらに、その所有物はほかのどんな物よりも価値があると思い込んでしまう。


 テレビの通販とか、ドモホルン〇クルとか、お試しセットで顧客に商品を使わせて、その商品を所有してもらうと、その商品がない生活が考えられなくなり無料期間後も買ってしまうという。


 つまり何が言いたいかと言えば、20年も苦楽を共にした自分の息子が、こうも簡単に姿を消すととても寂しいということだ。


「はあ……ていうかここどこなんだよ。こんな景色見たことないぞ。どこだここ?」


 もう一度ドアの外を見る。切り立った崖に淀んだ空。まるでゲームの世界の魔王の国みたいだ。


 家の周りは崖が取り囲んでいる。底は見えず落ちたら帰ってこれないと本能でわかる。どうやらこの家は崖の中にある柱のような岩の上に建てられているらしく、ドア以外からでも外に出ればすぐに落ちてしまう。とんだ違法建築だ。


「まるで幽閉でもされてるみたいだな。……ん?あれは」


 向かいの崖のずっと先に、人影が見えた。観光客か?どうでもいいけど。俺は助けを求めて手を振った。


「おーい!ここだー!助けてくれーーッ!!」


 しかし、人影は俺の声を聴いた瞬間。何やらたいそう驚いた素振りを見せて姿を消した。


「あれ、消えた……。なんだ今の?ただの見間違えかな?……それよりもおなか減ったな」


 とりあえずこの腹を満たす方法はないだろうか?


 俺はもう一度部屋を捜索した。




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