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ビット・フェンという男。アルカ・ドリィという少女。

 今後の方針をざっくりと決めた俺達は、一階に戻ってきてアルカ嬢がここに留まる旨を伝えた。


「というわけで、アルカ嬢達はガルサにいる間、ここを利用するそうです」


「何がどういうわけなのよ」


 ぽこん、とレイラちゃんは俺の頭を引っ叩くが、いつもより当たりが軽い。

 うーむ、女連れ込んだことと客を連れて来たことを天秤にかけましたか。

 それによってちょっと叩いて釘を刺しとく程度には緩和されたらしい。

 結局叩くのかよ。


「自己紹介がまだだったわね。アルカ・ドリィよ。よろしくお願いね」


「ジャクリーン・ターナです。ジャコとお呼びください」


「……レイラ。レイラ・ガイザー」


 アルカ嬢達が頭を下げると、レイラちゃんもそれに倣った。

 今更感丸出しだが、レイラちゃんのファミリーネームはガイザー。似合わない。本人の前で言うとドつかれるので絶対言わないが。


「……ビット、この人達何者?どう見ても、ウチみたいな場末の安宿に寝泊まりするようには見えないんだけど」


「……自分で言うか?」


 レイラちゃんは疑わしげに俺とアルカ嬢達を見比べる。

 アルカ嬢達が青猫亭を利用するのは良いが、どこぞの令嬢が下町の宿に寝泊まりするのに違和感を抱くのだろう。


「で、何者なのよ?」


「知らん」


「…………」


「睨まんといて」


 じとりとレイラちゃんが俺を睨め付ける。

 騙すようで気が引けるが、アルカ嬢達が吸血種ノスフェラトゥだとバラすわけにもいかない。


「そんな目しないでくれよ。あの娘らにも色々あるみたいだからさ」


「…………」


 疑わしげな目は変わらないが、一応納得したようだ。

 安宿を利用する令嬢が脛に傷持つ身だと思ったとかその辺りかね。


「さてアルカ嬢、あんたらはこれからどうする?」


「ん…とりあえず、今まで使っていた宿を引き払うわ」


 アルカ嬢は指を中空で回しながら答える。

 ああ、そう言えば、アルカ嬢達を昨日見かけたならば、少なくとも昨日は何処かに泊まっていたということになるのか。


「ちなみに何処に泊まってたんだ?」


「ここから東の地区だけど…どうしたの?そんなに驚いた顔して」


「…………」


 嬢の言葉を聞いた俺とレイラちゃんの顔が僅かな驚きに変わる。

 東の地区って、あの辺りはパンひとつ買うのにも金貨を使うセレブ街じゃねーか。

 俺だって数年に一回行くか行かないかだぞ?

 そんな所で普通に宿を取れるって、本当にどこぞのお貴族様か?


「じゃあ行ってくるわ。ジャコ」


「はい」


 アルカ嬢とジャコが席を立つ。

 その所作は何処か優雅で、育ちの良さが垣間見えた。


「いってらっさい。適当に茶でも用意しとくよ」


「ふふっ…ありがとう。行ってきます」


 俺の言葉にアルカ嬢はクスクスと笑い、二人は一旦青猫亭を後にした。






「ねぇジャコ」


「はい」


 青猫亭を出て東の地区へ向かっているアルカは、自分の左後ろを歩く従者に声を掛ける。


「彼の事をどう思う?」


「……私の主観になりますが、宜しいでしょうか?」


 少し考える仕草を見せた後、ジャコの口から出た言葉にアルカは続きを促す。


「はっきり申しますと、あれほどの回復力を持ちながら吸血種ノスフェラトゥではないと言ったり、旧時代末期の生まれだと言ったり、少々怪しい人物ではありますが、アルカ様をたばかる目的で協力を提案した訳ではないと思います」


「そう、殆ど私と同じ見立てね。私はもう少し違う見方だけど」


 ジャコから見たあの男の評価を聞いて、アルカはコクリと頷いた。

 アルカの返答にジャコは怪訝な顔をする。


「僭越ながら、アルカ様の御評価は如何なるものですか?」


「………彼は多分、私達を監視する為に協力を申し出たんじゃないかと思うのよ」


「監視…ですか?」


 アルカの言葉にジャコの瞳が険しいものを宿す。

 殺気立つジャコへアルカは「落ち着きなさい」と言葉をかけた。


「恐らくビットさんは排斥派の人間じゃないわ」


「……根拠は何です?」


「だって彼……」


 アルカは次の言葉を強調する為に一拍置き、続けた。


「………すっごく弱いもの」


「………確かに」


 アルカの意見にジャコは同意する。

 先程着替えている最中の彼を盗み見たが、刺青で覆われた男の体つきは、凡そ戦闘向きとは言い難かった。

 自衛もままならないのが見て取れたあの体たらくで、彼が刺客と考えるのは早計が過ぎる。


「では彼は何のために監視を?」


「………さあ?そこまでは分からないわね」


 何故彼が自分たちを監視するのか。

 アルカとジャコは目的の読めないビットに対し、僅かだが警戒することを決めた。

 どうせあの弱さだ、いつでも切り捨てられると。






「…………へくしっ。………ずずっ」


 むぅ、なんかくしゃみ出た。

 俺はちり紙を取り出して鼻をかみ、鼻水を拭い取る。

 風邪………っつーか、誰かが噂してたな。多分。

 タイミング的にアルカ嬢達かね。


「さて、あの娘らがここに来たことでどう動くのやら」


 気品溢れるあの令嬢の事を考えながら呟く。

 多分あの娘らは俺の事を警戒してるだろう。

 吸血種並みの再生力を持ち、千歳を超えるとうそぶく俺を疑うのは当然だ。

 ………俺が協力を申し出た理由は、監視のためだって事も看破されてる。

 まあ、あんだけあからさまに親切押し売ってりゃ嫌でも気付くわな。

 でも、俺の身体を盗み見て弱いって分かったから、歯牙にも掛けないだろうねぇ。

 裏切ったら切り捨てる気満々だ。裏切る気はさらさらねーけど。


 んで、肝心の監視の目的だが。

 実のところ、無い。

 いや、無いわけじゃ無いけど、理由としてはあまりにも弱すぎる。

 俺が彼女たちを監視すると決めた理由は、興味が湧いたからだ。


 常人種と共存を目指す吸血種。

 血と涙が大量に流れた人類史の新たな1ページ。

 そんな瞬間をこの目に出来るのなら、クソみたいなこの人生に張りが出る。

 その程度のしょーもない理由なのだ。


 あの二人は俺がそんな下らない目的で自分たちを監視しているなんて、思ってもいないだろう。

 年寄りは退屈が嫌いなんだよ。


「………面白くなってきましたっ」


 この先常人種と吸血種がどの様に交わるのか、その先が楽しみで俺はクツクツと笑った。

基本的にクズ思考。

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