穏健派、排斥派。
亀の甲より年の功
青猫亭の俺の部屋。
一番奥まったここならば盗み聞きされることはそうそう無いだろう。
「さて、招いて早々悪いけど、あっち向いててくれ」
「?何故かしら?」
俺の言葉にアルカ嬢は小首を傾げる。
………流石に言わなきゃわかんねーか。
「男のストリップが見たいならご自由に」
「…………ジャコ。後ろを向きなさい」
「は、はい!」
俺が血まみれの服を肌蹴させると、二人は慌てて後ろを向いた。
……良かった。二人が男の裸に興味津々とかじゃなくて。
身体の汚れを拭き取り、さっさと着替える。
「……よし、もういいよ」
質素な部屋着に袖を通して声をかけると、二人は少し顔を赤くして此方に向き直る。
部屋にあった椅子に座るように促し、俺はベッドに腰を下ろした。
「そんじゃあ話の続きだ。追われてるって言ってたけど、誰にだ?」
俺が二人に問うと、アルカ嬢は顎に手を当てて目を細め、ジャコはあからさまに躊躇する。
……巻き込みたくないって顔してんなぁ。
「心配しなくても、助けてもらった時点で首突っ込む気満々だから、言って楽になっちゃえよ」
話すことで情報の共有者を得る、それだけで多少は気が楽になるものだ。
俺の言葉を聞いたアルカ嬢は少しの躊躇いの後、意を決したように頷いた。
「………私達を追っているのは、同じ吸血種。それも人間に対していい印象を抱いていない一派よ」
「………なるほどねぇ。上位種気取りのバカがやらかしたか」
アルカ嬢の言葉の後、数秒の間を置いて俺がそう口にすると、二人の顔は驚きに染まっていた。
「い、今の説明だけで分かったの?」
「分かるさ。人類史は迫害と身内回しの繰り返しだからねぇ」
自らと異なる者、自らより劣る者を排斥する風潮は昔からある。
俺だって伊達に永く生きちゃいない。
様々な土地を流れてきたこのクソみたいな人生で、虐げられ、涙を流す人間を嫌というほど見てきた。
俺が産まれる遥か以前には肌の色の違いだけで迫害対象に見られていた時期もあったらしい。
長寿且つ特異な魔法を使う吸血種が常人を見下すのは、ある意味では人間として間違っちゃいない。
間違っちゃいない、が、少なくとも正解じゃあねーな。
「共存共栄が出来なきゃ、数で劣る吸血種の首を絞める事になるって気づかないもんかね」
「………ええ、その通り。だから私達は常人種との共存を謳う一派を結成した」
アルカ嬢は真面目な顔でポツポツと話し始める。
ちなみに常人種とは、文字通り吸血種から呼ばれる普通の人間の事だ。
「私達なりに努力はしたわ。吸血種に対して好意的に見てくれる領主に掛け合って、吸血種の自治体を作ったり、魔物から常人種を守ったり」
「だが、そう上手くは行かなかった。……大方、頭の固い老害どもに邪魔されたんだろ?」
「………何故そう思うのかしら?」
合ってるけど、とアルカ嬢は胡乱げに俺を見る。
初対面の筈なのに尽く事情を看破されて怪しんでいるのだろう。
……怖い怖い。ただの年の功だっつに。
「理由は簡単さ。反吸血種思想は、今よりも昔の方が遥かに酷かったからだ」
今でこそ『気味が悪い人間』程度の認識である吸血種だが、それはここ100年程前からの話だ。
それ以前の吸血種の認識は、腫れ物扱いが可愛いと感じるほど酷いもんだった。
バケモノ扱いは当たり前、見世物小屋に売られる事もあれば、老化が遅く頑丈なのを良いことに奴隷同然の労働力、果ては金持ち共の玩具にされることもあった。
そして最もタチが悪いのが、吸血種は常人種の両親からも生まれてくること。
吸血種とはアルヴィラの性質に影響を受けた人間の突然変異。
産まれてすぐは常人種と変わらないが、歳を経て血晶魔法や老化の遅延が目立ち、親に捨てられる事も多々あった。
親の愛情を知らず、人の温かみを知らず、ただ虐げられてきた。
そんな地獄を経験してきた古い吸血種に取っては、常人種は憎むべき怨敵であると同時に、過去の恐怖から排斥しようと考えるのは当然の帰結だった。
吸血種の世代が変わって共存を謳った所で、前世代の吸血種が常人種と手を取り合うことは難しいだろう。
「………とまあ、吸血種と常人種の確執の底にはこういう事情があるって知ってたんでな。それがあんたらの事情に察しがついた理由だ」
「…………ねえ、ひとつ疑問なんだけど」
アルカ嬢が困惑気味に手を挙げる。
あら、説明が分かりづらかったか?
「……なんだ?今の話にどんな疑問が?」
「私ですら詳しく知らなかった事なのに、何故貴方はそんなによく知ってるの?」
「実際見てきたからな」
当たり前の様にそう口にすると、アルカ嬢もジャコも首を傾げる。
…………ああ、そう言えば言ってなかったっけ。
「あんたらの目には、俺が二十歳前後に見えてるんだろうけど、実際はものすごい年食ってんぞ」
それこそ化石レベルで。
「…今、何歳?」
「ああ?今は神暦何年?」
アルカ嬢の問いに俺は今の暦を問い返す。
ちなみに神暦とはアルヴィラが神となってからの暦である。
「……今は神暦1322年よ」
「じゃあ1340歳。旧時代末期の生まれなんでな」
「……………」
アルカ嬢はじとりと目を細める。
うん、信じてねーな。
「深い事情を話すつもりはねーけど、一応本当。で、だ。あんたらが追われる理由は分かった。腕っ節にゃ自信ねーが、ジジイの知恵を借りたいなら力になるぜ?」
俺はアルカ嬢に右手を差し出す。
数瞬、アルカ嬢は考えるような仕草を見せ、俺の手を握り返した。
「……ありがとう。お言葉に甘えるわ」
人物紹介コーナー。
ビット・フェン 1340歳 男
174㎝ 50㎏
アイタイプ ダークブラウン
ヘアカラー 白と黒が混ざった灰色
主人公(笑)。美形でヒョロい。女たらし。
創世神アルヴィラによって不老不死になってしまった不死人。
メシ、女、煙草で生きてるダメ人間。
非力且つ体力も無ければ魔法も使えない。
しかし旧時代から生きてきた中で培った知恵と知識はすごい。
不死人になる以前はとある施設の研究員だった。
ご意見ご感想お待ちしております。