吸血種《ノスフェラトゥ》
ようやくヒロインの名前が決定。
カップリングは一応確定しています。
「あぁん?なんだぁお嬢ちゃん?」
「もうやめてあげてください。これ以上やると死んでしまいますよ?」
大柄なアージャに一歩も引かず、メイドさんはそう言って俺を庇う。
助けようとしてくれるのはありがたいが、これはマズい…。
「に…げろ…俺なら…平気だ」
「そういう訳には参りません。そんなに痛めつけられて平気な訳が無いじゃないですか」
俺の言葉にメイドさんはピシャリと言い放ち、一歩前に出た。
見た目は華奢でちっこいお嬢ちゃんが大の男を相手にする。
普通ならありえない事態だ。
カボチャマスクで顔立ちは分かりづらいが肌は綺麗で手入れが行き届いている。
そんな女の子が複数人と対峙する末路なんて見え透いている。
「やめろ…あんたには関係ねー…」
「そうですね。ですが、見捨てる様な真似もしたくありませんでしたので」
そう言ったメイドさんは手刀の形を作り、構えた。
「……ぶっ、ぎゃははは!なんだぁその構えは?そんな素人丸出しの格好で俺たちを相手にするってのかぁ?」
構えを見たアージャがゲラゲラと笑う。
対するメイドさんは一切の動揺を見せずに一度だけ鼻を鳴らした。
「ごちゃごちゃと御託はいいからかかってきなさい。遊び相手が欲しいならかまってあげましょう」
「……あぁん?」
メイドさんの挑発にアージャは表情を歪め、腰の剣に手を伸ばす。
…おい、相手は女の子だぞ!?
「言わせておけばつけ上がりやがって…女だからって斬られねぇと思ってんのかおらっ!」
キレたアージャは抜剣し、メイドさんに斬りかかる。
振り下ろされる刃にメイドさんは眉一つ動かさずに手を伸ばした。
ガキンという、凡そ人体と金属がぶつかったと思えない音が響く。
「……え?」
「随分ななまくらですね。所詮は三流ですか」
メイドさんは手で剣を受けたままそう呟いた。
「な…なんだ、それ…!?」
アージャの困惑は当然。
刃を受け止めたメイドさんは手のひらから血を流していたが、傷自体は浅く、それ以上刃が食い込む事はない。
何故ならば。
「………血晶魔法…」
彼女の手から流れた血が剣に絡みつき、硬質化してそれ以上動かないようにしていたのだから。
血晶魔法。
ある特異な人間たちのみが使用できる特殊な魔法。
血を媒介にし、武器や防具を創りだして戦う魔法の事だ。
そしてその魔法を使えるのは。
「ま、まさかこの女…」
「ええ、貴方の予想通り、吸血種ですわ」
吸血種と呼ばれる、アルヴィラの性質が浸透した人間だけだ。
「正当防衛、成立ですね」
「おわっ!?」
メイドさんは剣ごとアージャを引き寄せ、足を引っ掛けて転ばせる。
背を向けたアージャの腕を取って捻じりあげると、肩からボグッと鈍い音がした。
「う、ぎゃぁぁぁ!?」
「あらあら、関節をハズされただけで泣き喚くなんて、お子様ですね」
利き腕を使用不可能にされたアージャを見下ろし、メイドさんは奪った剣を放り投げる。
そして冷淡な視線を周囲に振りまいた。
「さて、残りの方々はいかがされますか?今私の足元に転がっているコレ以下の実力ならば、やめておいた方が良いと思いますが」
「こっ…このアマァ!」
「やっちまえ!殺っちまえ!犯っちまえ!」
メイドさんの挑発にアージャの手下達は、下手な三文芝居みたいな台詞とともにメイドさんへと躍りかかる。
「あらあら、随分とやんちゃな坊や達です」
メイドさんは剣戟の雨の中を踊るようなステップで掻い潜り、手のひらの血を硬質化させて刃を受け流す。
上手い。
自らの魔法の特性を理解し、最小限の動きで相手をいなしている。
一朝一夕じゃあの動きは作れないし、ただの人間じゃあの動きについて行けないだろう。
だが、油断が過ぎるぜ?
「伏せろっ!」
「!」
息が整った俺の叫びに、メイドさんは咄嗟に両足を前後に広げて態勢を低くする。
おお、身体柔らかいねぇ。
下らない感想を漏らしながら俺はメイドさんを庇うように飛び出し、彼女の背後から振り下ろされた剣を体全体で受け止めた。
「がぶっ…!」
「なっ…!?」
「ちぃっ!」
剣を振るった犯人…アージャは狙い通りに行かなかった事に舌打ち、そのまま俺を袈裟斬りに掻っ捌いた。
「バケモノが!邪魔しやがって!」
「黙りなさい卑怯者!」
「へぶぅ!」
メイドさんはアージャの顔面を蹴り、硬質化した血液を纏わせた掌打を胸に叩き込む。
強烈な打撃を受けたアージャは壁に叩きつけられ、そのまま泡を吹いて気を失った。
「ひっ…あ、アージャがやられた!?」
「ば、バケモンだぁっ!」
アージャが一撃でやられたのを見た他のバカ共が後じさり、戦意を失って逃げて行く。
危険の去った路地裏には気絶したアージャとメイドさん、そしてくたばり損ないの俺だけが残った。
「もし、もし!しっかりしてくださいまし!」
「がひゅ…だい…だびじょるぶ…」
胸から血を噴き出しながら手を挙げ、駆け寄ってくるメイドさんを制する。
そんな高価そうなメイド服を血で汚しても弁償できんぞ。
「全然大丈夫じゃ無いですよ!?自分を助けようとした相手を庇って怪我をするなんて何を考えているんですか!?」
先程までの淑女然とした態度は何処へやら、メイドさんはカボチャマスクを揺らしながらわたわたと慌てていた。
あら、もしかしてそっちが素?
「ははっ…その慌て方、さっきみたいな…キャラ付けするより…いいんじゃないの?」
「こんな状況で何を言ってるんですかぁー!?」
俺が軽口を叩くとメイドさんはわーきゃー騒ぐ。
助けた方より怪我している方が冷静になっているというそんなトンチンカンな状況で、『彼女』は現れた。
「………ジャコ?」
「……あっ!アルカ様!?」
騒ぎを聞きつけてか、女性の声が俺の耳朶に触れる。
鈴の音色を思わせる綺麗な声だ。
声の方に目を向けると、失血でぼやけた視界にまばゆい白銀と金の髪。
ジャコとかいうメイドさんが呼んだアルカ様とは、昨日見た金髪令嬢さんだった。
「………とりあえず、この状況の理由を教えてくれるかしら?」
「え、えぇと、この方を助けたら助けられて、怪我をさせて…!」
令嬢がジャコに問うと、ジャコはしどろもどろながらこうなった経緯を簡単に説明した。
事態を理解した令嬢はコクリとひとつ頷く。
「………そう。兎にも角にも彼を医者に…」
「要らん」
令嬢の言葉を遮るように俺は身体を起こす。
メイドさんが説明する合間に既に俺の傷は塞がっていた。
「………え?えぇぇ!?」
「………」
メイドさんはあからさまに驚き、令嬢も僅かに目を見開く。
「貴方…吸血種?」
「違う。それと似たようなもんだけどな」
貧血でふらつく身体をなんとか立ち上がらせ、俺は令嬢の質問に否定の言葉を返した。
あ、やば、やっぱ立てねぇ。
ばたんとうつ伏せにぶっ倒れる。
「………大丈夫?」
恐る恐る令嬢は俺の背中を擦る。
直後。
ぐぎゅるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅ………。
獣の唸り声と錯覚するほどの鈍い音が俺の腹から響いた。
「あら…今の…」
「………………………………………腹、減った」
元々の空腹と魔力で血を補填した副作用の空腹で、俺の身体は指一本動かなかった。
「………ふふっ。面白い人ね」
俺の醜態に令嬢はクスっと笑う。
あ、可愛い。
「そらどーも。……悪いけど、助けたついでに一つ頼まれてくれるか?」
「何かしら?」
「………道を教えるから、俺の定宿まで運んでくれ。メシおごるから」
俺の提案に、令嬢は再びクスクスと笑った。
「ええ、構わないわ。私はアルカ・ドリィ、彼女はジャクリーン・ターナ」
「…………ビット・フェン」
将来俺は思う。
これから生涯の伴侶となる彼女、アルカ・ドリィとは、もう少しロマンのある出会いをしたかったと。
※技名を叫んでから殴るマンガは関係ありません(多分)。
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