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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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危難

 「急に慌ただしくなったかと思えば、今度は物音ひとつしなくなった。一体なんだったんだ」


 ほんの少し前の事だ。参謀らを探して城の上部へとやって来た赤雷は、血相を変えて駆けていく兵士を横目にみた。潜入が感付かれた、或いは姿を見られたかと身構えたが、どうにも違うらしい。辺りを引っ掻き回すことすらないことから察するに、別の問題だろう。

 因みに、混乱の中で彼が慌てて隠れたのは、通路に立ち並ぶ甲冑(かっちゅう)の陰だ。二間にも届く威容だったのは幸いしたが、見付かるのではないかと気が気ではなかったのだ。得物から手を離したく無いほど余裕がなくなった。それを失態だと思っている彼は二度と御免だと、そう小声で(こぼ)す。


 ──む、誰か居る。


 その時赤雷は、通路の曲がり角に人の気配を感じた。恐らく、単独行動の者だろう。彼は静かに鯉口を切る。やり過ごす事が前提ではあるが、発見された場合はその限りではないのだ。まして、遮蔽(しゃへい)物すらない今の状態では、隠れるという選択はない。最悪斬り倒すことも考えられた。


 「……赤雷か?」


 だが、彼の焦燥(しょうそう)も、心臓の嫌な拍動も即座に霧散する。聞き慣れた声の主は、別動中のアルシュだ。何故彼がこんな場所に居るのかという点は気になるが、些細(ささい)な疑問を洗っている(ひま)もない。

 立ち止まっている時間すら惜しいのだ。姿を見せた彼に、赤雷は得物へ伸ばした手を下ろす。


 「なんだ、先生かよ。危うく斬っちまうとこだったぜ……」


 安堵(あんど)するが、彼の態度に違和感を覚えた。普段であれば軽口の応酬となるはずだが、それがない。先の言葉にアルシュが答えるとするなら、「目は節穴、感覚に至っては鈍感そのもの」だろうか。気を抜けない現状があるから黙っているのか、と赤雷は早合点する。


 「──すると、お主ではないな。やはり、思うように身動きが取れんというのは何ともやりづらいことよ」


 「なんだ、随分と思い詰めてるな。完璧主義が仇になったわけか? 俺が言うのもなんだがよ、これ以上ない采配だと思う。一体何をそんなに心配しているんだ」


 やや楽観視が入る赤雷の言葉に、アルシュは口ごもる。余程言葉にしたくないのか、視線が二度三度と泳ぐ。やがて、観念したかのように口を開く。


 「……恐らくじゃが、ミシェル君が捕まった」


 罪人が己の所業を告白するような、強張った声色だ。最悪の事態などは予想外だったのだろう。呆気にとられた赤雷は、間抜けな顔を披露した後、彼へと詰め寄った。


 「おい、嘘だろ!」


 「先程、不(てい)の輩を捕縛したという(しら)せが入った。その顔からすると、お主にも心当たりはあるようじゃが」


 赤雷の脳裏に、兵士らの騒ぎが浮かぶ。流石に末端までは情報が行き渡らないだろうが、捕縛した者が逃走を図る事を見据え、警戒を最上級まで引き上げることだろう。或いは、仲間がいることを考慮しているとも考えられる。そうなると、ミシェルの側だけではない。いずれにしても、身動きが取れなくなるのは確実だ。

 アルシュによると現在、城の下層へと兵が流れている。現状、この辺りは手薄ではあるものの、上層までやって来るのも時間の問題である。順当に考えれば、彼女が囚われているのは最下層ということになるだろう。


 「捕まったのはお主かと思うた。奇策を(もっ)て、内から切り崩そうとしたのやも知れんとな。こと用心深さにおいて、敵は儂らより一枚上手じゃ。恐らく、彼女はもう……」


 「泣き言はそれだけか」


 それは凍てつくような声だった。隻腕という枷を背負って尚、死地へ踏み出そうという決意を伴うものだ。死なば(もろ)とも、そんな言葉すらもが浮かぶようである。凄まじい殺気に、空気がひりつく。


 「頭をむたごらしく殺れば、兵は(ひる)む。血路を開くのも、そう難しい話じゃねえ。あいつをむざむざ死なせるなんざ、冗談じゃねえ。舐めた真似をした連中には、相応の報いをくれてやる」


 その顔つきは、アルシュが彼に出会った時以上に鋭い。面倒がっては居たが、修練も欠かさず行っている。「諸手で扱えないのなら」と、片手で得物を振るい、(はら)の据わり方も研究していたのだ。まさに不屈の剣士である。赤雷は今一度、かつての己に立ち返るのかも知れない。彼は、赤雷による事態の打開を期待していた。

 ミシェルは彼を嫌っているが、赤雷自身は彼女に軽口を叩く程度だ。寧ろ、好ましく思っているのかも知れない。懸念はいくつもあるが、柄にもなく賭けてみたいとアルシュは思ったのである。


 「頼む、お主しか頼れる者は居らぬ。出来るのなら助けて欲しい」


 「言われるまでもねぇ。お互い、持ち場に戻るとしよう。頼りにしてるぜ、小隊長殿」


 そう言った彼の目は、まさに人斬りのそれだ。身を(ひるがえ)し、逡巡(しゅんじゅん)も見せずに窓から身を乗り出し、屋根や壁伝いに下へと降りていく。片腕であることなど、今の彼には些末な問題にすぎなかった。慎重かつ迅速な動きのお陰で、危なげなく移動することが出来るのだ。地上から吹き上げる風に肝を冷やしながら、彼は先を急ぐのだった。

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