暗躍
現代アクションもののタイトルは……そうだな。
仮に、"銃火の遠雷"とでもしておくか。
しかし、現代アメリカに近い設定でいくなら、タイトルは英語表記が望ま……(割愛)
ミシェルが城の北側から侵入した頃、赤雷は時間をずらして到着する。薪の爆ぜる音が不規則に鳴っていた。正面の入り口はアルシュの手引きにより、門番らが引いている。
とはいえ、流石に警戒していない訳でもないらしい。遠目ではあるが、城壁に設えた窓や、屋根の上などで数人の弓兵が睨みを利かせている。ご丁寧にも、彼らの周りには明々と火が灯され、鷹の目を活かす工夫が凝らしてあった。
だが塵溜めでの毎日は、けして無駄ではない。
見晴らしが良い場所ということは、おのずと限定されるということでもあるからだ。それ即ち射線が通るような位置取りであり、裏を返せば死角に入れば捕捉すらされないということになる。
訓練を受けた兵士と言えど、駆け回る獲物を仕留めるのは至難の業だ。赤雷に言わせれば、この国のそれなどは所詮的当て。急所を捉える事はまずないだろうと考えていた。真に恐るべきは、卓越した腕前の人間である。能ある鷹は爪を隠す。彼の脳裏にはそんな言葉が浮かんだ。
一方で、アルシュの手腕は高く評価すべきものだ、とも思ってもいた。
一介の隊長が兵の配置を変えるなど、そうそう出来るものではない。たとえ口先八丁で誤魔化したとしても、いずれは露見する。そうなってしまえば、怪しまれるからだ。
持論とそれに伴う推測を織り交ぜ、巧妙に策の穴を隠したのだろう。そもそも、状況とは流動的なもの。場合によっては、咄嗟の機転こそが命運をも左右するのだ。冷静な判断と手腕に、彼は内心舌を巻いていた。
「いい仕事ぶりじゃねえか。流石は小隊長殿、年季が違うぜ」
小声で呟くが、彼はすぐに口をつぐんだ。そう遠くない場所で足音が聞こえたのである。全ての兵がアルシュによって動かされている訳ではない。失念してこそいなかったが、彼は急がざるを得なかった。いつ平時と同じように巡回を開始するかは、状態による。更に言えば、不審に思われた時点で退却はおろか、殺害の実行すらままならなくなることも否定出来ないからだ。
息を殺して覗けば、二人一組で回っている兵士が赤雷に背を向ける格好で歩いていた。薄暗がりの中ではあるものの、当然のように完全武装である。一人は片手にランタンを提げていた。そこまで観察したところで、彼は肝を冷やしながら即座に物陰へと潜り込んだ。
──危ねぇ。俺とした事が、とんだ醜態を晒すところだったぜ。
それこそ赤雷は、発見されてしまったのではないかと思った。束の間、呼吸が乱れてしまうほどだ。
そも、人間と言えど動物である。無防備なままの背を向けるなど、自殺行為に等しい。だからこそ、なのだろうか。こと戦闘における技術を高い水準で会得した者ほど、背後からの視線には敏い。それも不思議なことに、後頭部付近を凝視していると大抵の者が振り向くのだ。
父──もとい、師の言葉がよぎる。彼はそれを痛感していた。
何故なら、二人の内の一人の鼻先がゆっくりと横を向いたからだ。動きが自然であった為、赤雷も慌てて隠れたのである。勿論、ただ何となくこちらに顔を向けるつもりだったのかも知れない。
だが、立ち居振舞いは手練れのそれである。体幹のずれは無い上に、利き腕は剣帯から離してすらいない。剣気の類を感じ取り、無意識の内に振り向いた可能性は高いだろう。
(……恐ろしい奴らだ)
此処に詰めている連中の中に、自分以上の遣い手が居ないとも限らない。分からないのは、凄腕で仕官の話がありそうな奴でも平然と狼藉を働くことがままあることだ。
隻腕となった今でも鍛練は欠かさず行っているが、かつて大立ち回りをした頃に立ち返れるかは分からない。刀とは、基本的に諸手で扱うものだ。実戦ともなると、肚の据わり次第では格下にも付け入る隙を与えかねない。
──赤雷は頭を振った。
「……その時はその時で、捨て駒らしく足掻くとするか。あれの件も伝えた。何も問題はない」
──元より一度は死に損なった身。なればせめて、アルシュらの為ならん。
命を擲つ心算は毛頭無かったが、彼の意思は強固だ。それは、死に場所を決めるということではなく、帰還の意を顕にするものだったのである。
赤雷は、遮蔽の向こうを彷徨く男たちをやり過ごすべく、思索に耽った。
剣術とは試斬ではない。
斬ることに拘泥するならば、術理からは外れてしまう。
小手などと侮るなかれ。
努忘れるな。小手に一太刀でも貰えば、勝負の行く末など見えたも同然と心得ることよ。