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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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アルシュの受難

巻き舌宇宙で有名な紫ミミズの剥製は……(ry

 ──赤雷、確かに情報は大事じゃ。敵地に入らねば成果が得られんのも、重々承知しておるとも。とは言え、どうしてこうなった。


 赤雷の顔を思い描き、アルシュは心中で深く嘆いていた。事の発端は、彼との作戦立案に(さかのぼ)る。派手な行動は取らない方針が(まとま)り、ようやく話が実りあるものへと変じた頃だ。それまでひとつの提案に対して熟慮する様子を見せていた赤雷が、おもむろにこう告げたのである。


 「俺達は相手の事を何も知らない。だが、手っ取り早く敵を知る方法がある。それは潜入をすることだ。俺としては、この件に関してのみ先生に全てを(ゆだ)ねようと思う」


 開いた口が塞がらないとは、この事だろうと彼が痛感したのは言うまでも無い。現に赤雷は万全を期す為、状況の悪化や取り逃がすことに至るまで、不測の事態を踏まえた上で改善点をあげる等していた。そんな彼の荒唐無稽(こうとうむけい)とも言える策に、アルシュは当初猛反発したのだ。そこまでは良かったのだが、続く赤雷の言葉をも予期していなかった。


 彼曰く、「他に適任と思われる奴が何処に居る」とのことである。聞けば、町長らとの話が纏まる頃から既に思索にふけっており、その為の行動を考えていたらしい。

 まずミシェルは論外だった。体格や声質で女だと露見する可能性が高いからだ。次に赤雷は自身も適さないとした。言動が荒っぽい上、異邦特有の(なま)りがあるのだ。これが避け得ぬ問題であり、看過出来るものではなかったのである。

 そうなると、残る者は一人しか居ない。


 「おのれ赤雷」


 恨めしく独り()ちる。何よりアルシュは現在、領主の居城に足を踏み入れているのだ。ゴシック様式の荘厳な装飾と、乳白色の柱が目についた。尖頭アーチは、見上げると迫り来るような圧力を放っている。

 失言ではたと我に返り、それとなく警戒するが取り越し苦労であった。

 

 彼は別段この役回りに対して(いきどお)っているわけではない。

 不満を述べるならば、赤雷の態度に対してであろう。

 鎧を装着し、帯剣するが早いか、彼は大笑したのだ。事前に、アルシュとよく似た人物を狙っていたとは言え、いざその段になると実にそれらしかった。だが、それが逆に彼を高笑いさせるに至ったのだ。どうやら、不健康とも取れる外見までそっくりだったらしい。

 目尻に涙を溜め、周囲を(はばか)らぬ程転げ回り、「えらく仏頂面な騎士様だな、オイ!」と吐き捨てたのである。鉄拳を見舞って黙らせたのは是非もない、アルシュはそう考えていた。


 城の間取りは広い。目見当を付けて逃げるにしても、空き部屋が幾らか存在する。逃げ込んだ先がそれでは目も当てられない。だからといって、アルシュが当て()なく動いていても、不審に思われてしまう。

 先程にしてもそうだ。


 それは、領主の居住区画を探ろうとしていた時の事である。

 標的だった男は、それなりに交友関係があり、なんと小隊長でもあったらしい。生前の彼と親しかったと思われる部下四人に出くわしたのだ。

 当然、ある程度は観察していても、人となりまでは把握しきれるはずもない。当たり障りのない会話を交わし、不都合な内容については薬物によって陶酔しているかのように演じた。目論見(もくろみ)としてそれは成功し、特に問題ないかのように思われた──その矢先、別れ際に届いた言葉で肝が冷える事となる。


 「隊長、なんか変わっただろ?」という、その一言でアルシュは極力敵と接触しないことを決めたのだ。口調は気を配っていたつもりだった。無論それは、態度においても言える事であり、なおざりにしたつもりも無かったのである。或いは、人が纏う空気の違いをそれとなく感じ取ったが故の一言だったのかも知れない。

 彼としては、疑念を抱かせるのは得策でないと信じていた。だからこそ、兵達の中に在っても堂々とした足取りで前へと進むのだ。


 アルシュは考えを纏めながら、巡回と称して各場所を回る。調度品等で目印をしているつもりだが、心許(こころもと)ない気持ちが拭えなかった。至るところの作りが非常に似通っている為、判別が厳しいのである。

 こと逃走時となると、最悪戦闘に入るだろう。混乱した状態で、平時と変わらぬ判断が下せるとは考えにくいのだ。


 ──むぅ……全ての部屋と通路を把握するのは骨じゃな。せめて領主らの部屋への侵入経路と逃走経路を、それぞれ別に用意するが賢明か。


 目的を達成するまでは確かに重要だが、落ち延びることもまた然りである。死んでは先立つ物も手に入らないのだから当然だ。また、壁を伝って逃げるにしても、その姿を見られないとも限らない。不安定な足場に在って、雨の如く矢を放たれればひとたまりも無いのである。逃げ様が無いことも問題だ。

 至難ではあるが、ある程度の警戒体制への理解も必要だと思われた。更に、決行直後の身の振り方も検討しなければならない。アルシュが出来る事は小隊の指揮と、偽情報を全体へ行き渡らせる事だ。


 「やれやれ、案外楽なのじゃろうとばかり思うておったが……とんだ役回りじゃわい。せいぜい嫌がらせに徹するとしよう」


 誰に見せるともなく、彼は困り顔を作って見せる。比較的実直そうな人間を巻き込むか。品定めする算段を始めた彼は、遠目に青年を見掛ける。

 微笑とは裏腹に、アルシュの口の端は(いびつ)に吊り上がるのであった。

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