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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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追跡 参

 ミシェルが追う男は、年かさの割に手強かった。警らである為、軽装に違いないのだが、その身のこなしは俊敏だ。加えて、薬をきめているにも関わらず、不測の事態を補う行動もとる。距離を詰められた時もそうだが、人を突き飛ばすなどして逃げ延びる機転には彼女も舌を巻いた。


 「……私が、仕留めなくては!」


 走りつつ、言葉が漏れる。息が上がる程疲弊していることに加え、捕らえることが出来ない(わずら)わしさが故だろう。余分な力みも手伝って、健脚を発揮出来ずにいた。その上、相手も死に物狂いである。一定の距離を辛うじて保つのが精一杯だ。だが、ミシェルは彼を壁の方へと追い込む事に成功する。


 ──後少しね。まったく、手こずったわ。


 ──が、男は驚きの行動に出た。

 壁の手前に集積された木箱の上を危なげなく駆ける。そして壁を難なくよじ登るや、木箱の山を蹴り崩すと壁の向こうへと飛び降りた。あまりの光景に一瞬閉口しかける彼女であるが、懐から取り出した鍵縄を用いて壁を越える。

 着地すると、そう離れていない場所で男を確認。束の間空回りする足を叱咤(しった)し、駆け出した。


 横目で見遣ると、人通りこそ少ないが、遠巻きに興味深く見つめる通行人の視線が痛い。赤雷とアルシュの方針に逆らっている後ろめたさも、彼女の焦りに拍車を掛ける。冷や汗が頬を伝い、吐息が乱れていた。

 隠密行動を取ることは即ち、つまりミシェル達が水面下で何かを企んでいたとしても、相手方に感付かれにくいという利点がある。たとえ不審な事案が起こったとしても、警戒を与えないことでもある。それは彼女が師事していた暗殺者から、嫌というほど学んでいたはずだった。

 ──ところが、赤雷への敵愾心(てきがいしん)。そして、若さ故の功名心が冷静さを欠かせるに至っていた。

 その為、最悪の状況を想定していない。目の前の事態の収拾しか映っておらず、もはや周囲が目に付かないのだ。

 或いは、赤雷かアルシュが介入することで解決を望む。他人任せな考えは、彼女にしてみれば非常に珍しいことだ。弱気になっているらしかった。


 ──駄目。あんな奴に……あんな奴に助けられるなんて御免だわ! 先生に迷惑を掛ける訳にもいかない。


 彼女は赤雷の冷笑を思い浮かべ、心の内で激昂。自分でなんとかしなければと奮起するも、改善の兆しひとつ見えない現状に胸が詰まった。


 ──何が、『お前は、もう何もしなくていい』……よ。


 昔赤雷に叱られた時の台詞が浮かんだからである。役立たずの(そし)りを受け、無力感に苛まれたくは無い。


 目標の男はと言えば、城へと一直線に向かわず、迂回を繰り返しているようだった。しかも、ミシェルは知らないことであるが、この先には歓楽街が待ち受ける。相手の思惑を考える余地も無いほど、一辺倒であることを自覚していなかった。


 そんな彼女を一層驚かせたのは、男の身軽さだ。

 ある時は手近な露店の骨組みを巧みに乗り越え、家屋の屋根づたいに逃走を図る。

 またある時は、高さ一五尺はあろう場所から跳躍するなど、とんでもない動きを見せていた。

 余程この町のことを知り尽くしていない限り不可能だと思われる逃げ方に、ミシェルは心が折れそうになる。息もあがっていた。

 飛び降りた際の衝撃を殺す術にも長けているのか、着地するなり再び逃走を開始。無尽蔵を思わせる体力に、僅かな感心さえ抱く程だ。


 「……何よ、あのおっさん。足、速すぎなのよ」


 泣きが入りかけた彼女の目の前に、黒い外套が降ってくる。

 ──否、それは男だった。彼は立ち上がるなり、不敵に(わら)う。

 歪められた口元には見覚えがある。この場で顔を合わせたくもない人物だ。よりにもよって、こいつか。無意識に呟いた言葉は(ののし)りであった。


 「ッは! 間抜けが逃げてやがる」


 不遜な、異国よりの来訪者にして殺し屋。そして彼女が最も忌避する男──


 「ミシェル、お前は休憩だ。なに、安心しろ。あのくそ野郎はな……俺らが仕留めてやるからよ」


 ──赤雷その人であった。

領主の私兵、その一人は最凶コンビに追い詰められる。

ミシェルと替わった赤雷らの作戦は、成功するのか?

無闇に目立つ行為へと及んだ彼女がもたらした結果とは?


次回、追跡劇が終わる……かも知れない。



*一五尺……およそ4.54メートル。当初は大体五メートル弱想定していたらしい。打ちどころが悪ければ即死の危険のあるスタント(?)

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