初動 壱
──五日後。
いつものように、夜警が物々しく城下の町を闊歩していた。娼婦たちは、篝火がもたらす仄暗い明りを背に客を誘う。時折、武装した兵士が彼女らの手を取り、娼館へと消えていく。
(やはり、余程女に飢えておるらしいな。ふむ、娼婦は領主のお眼鏡に適わぬということじゃろうが、一部の兵は気が緩みきっておる。そこに付け入る隙はある、か……)
アルシュは、路地裏の闇からその様子を観察していた。とは言え、何もこの五日間遊び呆けていた訳ではない。
赤雷一行はこの町の状況に疎いのだ。市井の連中が信用ならない以上、彼らの言葉を鵜呑みに出来ない。その為自ら動き、敵の状態は勿論町の実情をも把握する必要があった。
そして今日こそが、その為の布石を打つ機会である。
「まだかよ先生。あの男の動向はあんたが見張ってただろ? これじゃ埒が明かねぇ」
「喧しい。人間の行動に筋が通っていることはない──今までもそうじゃろ? 配置が変わる事も在ろうて」
赤雷のぼやきに、アルシュが溜め息交じりに応じる。実働部隊の癖になんとも口数の多いことだ、と呆れていた。
同時に、彼の不満が分からないでもないと思う。目標がこの付近を通り掛かる時間から、既に一刻以上経過している。口調から察するに、彼は出直しを提案しているらしい。
そこではたとアルシュは気付いた。
「いや、待て。阿片窟はどうなのじゃ? 初めて見掛けた時、そやつは近くに居た気がするぞ。今ミシェル君がこの近くに張っておるはずじゃが……」
「おい、それをもっと早く言え。つまりはあいつも不発って事だろうが。実行前から転けてるんじゃねえよ!」
アルシュは平静を装うが、僅かに目が泳いでいる。失念していたようだ。
そうなると男はそこで何かしらの薬物を取り扱うか、或いは自身で使用すると思われた。おおよそ一週間ほど掛ければ動きが分かると思ったが、見込み違いだったようだ。特に城を出入りする者となると、今を逃せば今後暫く現れない可能性もあった。動きを把握しきれていないだけに、目標が次に取る行動は不透明である。
そうなると、希望的観測で動くことになってしまう。そもそも、状況が確定したものとせねば、作戦は成功し得ない。赤雷らとしては、それだけは避けたかったのだ。
とは言え、早くに手を打たねば状況は悪化する一方だったことだろう。後手に回っていることは否めない。
「最近、どうにもすぐ思い出せなんだ」
「都合のいいときだけ年寄りぶるな──って、そんなこたあどうでもいい。場所は?」
「南に半里程度じゃ。行けばすぐ分かる」
くそったれと毒づく赤雷に、アルシュは申し訳なさそうに縮こまった。さして遠くもないが、早急に移動することは叶わない。状況がそれを許さないからだ。ましてや、人目を憚らずに町中を疾駆するなど言語道断である。何しろ、不確定要素は馬鹿に出来ない。兵士に通報でもされようものなら、その分行動が制限される。
歯痒いところだが、隠密行動を取った方が後々の行動に支障を来さないのも事実だ。
「先生はあいつと合流。暫くしてから来てくれ。そいつがやって来るかも知れねえからな。俺は、一足先に向かっておく」
「心得た。済まぬ、赤雷」
「構わねぇよ。だが、まさか俺があんたの尻拭いをする日が来ようとはな」
去り際に赤雷は呟く。
アルシュの衰えを実感したからだ。つまるところあれは、裏稼業を嫌がるそぶりというよりは、彼自身が潮時だと判じたからなのだろう。赤雷としては、長らく世話になった男であるだけに、寂しくも誇らしさ半分と言ったところか。
──まあ、俺が何とかすれば解決って訳か。状況はまずまず。立ち回りにさえ気を張れば、成らんこともねぇな。
決意とは裏腹に、彼が浮かべた表情は複雑なものであった。
次回、初動で暗殺任務に移行します!




