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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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父の意地

「行ったか……」


 西日が照り付ける森の中、ソレイユはそっと安堵の息をつく。

 妻と子供が視界から消えて数分が経過しており、リュンヌが走っていた事から少しは距離を稼いだだろうとおもわれた。

 思えば、シガールが別れる際にあれほど泣きじゃくるとは思わなかったものだ。他の子に比べれば大人しいシガールだが、大泣きしてまでリュンヌの手をわずらわせようとは夢にも思わなかったのである。


 (あぁ、そう言えば。 シガールの奴は英雄だとか騎士に憧れていたっけ……)


 思い返せば、昔戦った事を語り聞かせると大層喜んだ事が何度も有った。当たり障りのないところをかいつまんで話すようなものがほとんどだったが、当の本人はご満悦といった表情を浮かべたものだ。

 そして話が終わると決まって、


 『俺も父さんや騎士みたいに強くなって、悪い奴らをやっつけてやるんだ!』


 ──と、どこまでもまっすぐな目をして、底抜けに明るい笑顔を見せる。

 寧ろ、年相応の笑顔を見せるのはほとんどそういった時に限られていた。好きなことには一途。それ以外の事柄には多少の腕白を見せる程度だった。


 (父親冥利に尽きるってもんだな。 ……でも、剣を振るう事ってのは、そんなに綺麗なものじゃない)


 憧憬どうけいを抱かれるのは、そう悪い話ではなかった。

 しかし、親として大切な我が子には荒事へ関わって欲しくなどなかった。危険だということは勿論あるが、それだけではない。

 その理由の最たるものこそが、


 (人を斬ったのも、もう十や二十ではきかん。 俺はただの薄汚れた殺人鬼さ……)


 ソレイユ自身の抱えた罪の重さである。

 かつて彼自身も息子同様、騎士に憧れを持ち英雄伝説に魅せられて──今まで何人、自身と同じ人間を斬って捨てたか──数え切れない流血を行った。それと同様に、仲間も大勢死んだ。

 昔、妻となる女性──リュンヌ──を救ったのも、単なる偶然の一致というものだ。(えにし)を否定する気はないし、出会いに感謝をしている。それでも、如何な綺麗事やお題目がついていようが、戦闘が──戦争が殺戮行為であることに変わりはない。

 息子にまで辛い思いをさせたくなかったのだ。

 普通の出会いをし、普通の人生を送って欲しく思った。叶うならば、血に塗れた道を歩ませたくはない。


 ──とどのつまり、俺は何がどうだろうが殺人鬼なのさ。英雄なんぞ夢物語。


 いつか、シガール(息子)と酒でも酌み交わしながら自らの汚点を告白しようとも思った。そうして酒の席の小話にでもしようと考えていた。

 ──それもこの分では、到底叶わぬ夢となるだろう。


 「──むっ!?」


 思考がそこまで至った時、ソレイユは包囲されている事に気が付く。

 装備の音から察する人数、その数凡およそ六人。弓兵も含めるとなお増えるだろう事が分かる。

 臨戦体勢に移行した頭脳は全速で回転。経験による擦り合わせと推測から即座に答えが導かれる。

 絶体絶命の死地──即ち詰みである。

 ソレイユは今日この日の装備選択が大いに失策だったと思い知る。

 普段は胸当てや肩当て、脚甲に部分装甲ポイントアーマーとかなりの重装備でことに当たってきたが、生憎と現在のソレイユは革鎧である。

 これは、護衛の連携阻害を憂慮しての事で、自身は遊撃に専念する為の配慮であった。無論このように裏目に出ようとは思わなかった訳だが。

 しかし、短所ばかりではない。

 金属装甲に比べれば紙同然でこそ有るものの、革の長所とは金属にない軽やかさ、そして腰やわきの動きを妨げない柔軟性である。

 それでも、結果はどちらも同じ事。

 生存率か、立ち回り。つまるところ、どちらにしたってどちらかを取り、捨てるということである。

 それにしたって野盗も革鎧と来た。得物はともかくとして、装備だけなら五分の条件だ。見たところ、練度はソレイユと同程度と思われる。

 だが、意気込みだけで覆せるものの数ではない。数倍以上の兵力差はそれだけで絶望的である。何故なら寡兵で多勢に切り込んだ結果はよくて玉砕か、さもなくば一方的な蹂躙(じゅうりん)しかないからだ。

 それも承知の上だ。妻と子供の為ならば、彼は命を捧げることすら(いと)うことはない。


 (最早これまで……シガール、リュンヌ。 俺の分まで生きろよ)


 剣帯から長剣を抜き放ち、下段にて構えを取る。

 得物をしっかと握る立ち姿は、歴戦の勇士独特の荘厳なたたずまい。

 地に根を張ったような頑強な形である。


 「さぁ、来いよ。 俺はここだ。 殺れるものなら殺ってみろ。 但し──」


 口角を吊り上げ、猛々しく宣言する。戦士の矜持きょうじや罪の意識といった建前は既にその面貌からは消え失せていた。

 ただ、己が妻や息子の為だけに手負いとなった獣がそこに居た。


 「この俺とて、ただでは死なんぞ!?」





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