兆し 壱
巻き舌宇宙で有名な紫ミミズの剥製は、ハラキリ岩の上で音叉が生瞬きするといいらしいぞ。要ハサミだ、61!
──10分後。
アネモネやクレマチスは汁が付くとかぶれる事がある。剪定する時は手袋をつけた方がいいかも知れんな。
(果たしてこんなことで、いいのだろうか?)
騎士団に入ってはや半年。
シガールは、悩んでいた。訓練や演習で日々を過ごしていたが、実戦は盗賊の排除や巡回など、ごく限られる状況でしか発生しない。
剣を握ることに嫌悪感がないと言えば嘘になる。
そうは言っても、何時までも座学や実戦とかけ離れていては不安が募るものだ。実際、戦闘行動と知識としての戦闘行動には天と地ほどの差がある。
そもそも、不確定要素を内包するからこそ修練を重ねる訳ではある。とは言え、戦場には特有の空気があるものだ。混戦、或いは敗走時ともなれば、新兵など蹂躙される未来しか残らない。
個々の戦闘ともなれば、正式な剣術など意味を為さないことも往々にしてある訳だ。土くれや手甲、果ては石ころまで戦局を有利にする道具になる。剣の腕だけが立つだけでは不完全だ──彼はそう考えているのだ。
結局シガールは、新兵達と打ち解けられずにいる。だからと言って、気にならないという訳でもない。如何に仲が悪かろうと仲間は仲間だ。
──楽観的な考えでは、いずれ致命打に繋がりかねない。
赤雷に言わせれば、浮き足立った集団ほど脆いものはないとのことだ。現にシガールは、盗賊連中を単身で壊滅させた彼の手腕を目にしている。
粋がる男達の台詞が命乞いに変わるのはすぐだった。ところが本当の戦いを知らない者が多いというのに、根拠のない自信に鼻息を荒くしている始末だ。もっとも、知らないということはある意味幸せではあろうが。
逆にスブニールの言い分は、あっさりとしたもので「無知ってのはそんなモンだろ」と鷹揚に構えてさえいる。楽観的な彼らを前に、自身の若かりし日を重ねているのかも知れなかった。
スブニールに喝を入れてもらうよう頼んだが、相手にされないだろうとの言葉で一蹴されてしまうのだ。頭を抱えるのも当然である。
だが、シガールの悩みの種は他にもあった。それは、捨てたはずの夢にしがみつく形になったことである。
──大切な人を守りたい。
その一心で騎士になることを夢見て、父の背中を追ってきたのだから。
しかし、現実とは非情なものだ。憧れであった父は呆気なく命を落としてしまった。
赤雷の元へ身を寄せ、寝食を共にした結果わかったことは、矜恃だけでは生きていけないということだった。
時には下劣な手段を用いてでも生き残り、そして這いつくばってても勝ち残ること。それを為すには、傭兵となる方が効率的だと知ったのだ。
その結果、思わぬ誤算で騎士の一員と相成った。
嬉しくない訳がない。
ただ、そんなシガールの胸中は複雑極まりなかった。彼自身が未練がましく過去の夢にしがみついているようであること。またそれを諦めていないということを、まざまざと痛感させられる結果となったからだ。
「こんなの、まるで当て付けみたいじゃないか……」
そこまで言って、これはかつて家族や仲間達を守れなかったことに対する罰なのだ、と自分に言い聞かせる。そうでなければ、気が触れてしまうのではないかと思えたからだ。
「おい、シガール。こっちに来いよ」
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、スブニールは気安い口調でシガールを呼びつけた。
傭兵達には、さながら息子のように可愛がられていることもあり、彼らの語気は多少荒いながらも気遣わしげだった。
スブニールは、いい意味でそれがない。あくまでも気軽に話し掛けてくる。人の事情に深く踏み込んで来るような、野暮な真似はしないのだ。
曲がりなりにも、人の上に立つものの貫禄とでも言えそうなものを伴っていた。
「うわ、お前さんひでぇ面だな。しかもこんな隅の方に座っててよ? そんなんじゃあお前、根暗って言われちまうぞ」
「案外、遠慮がないんですね」
「応とも! それが俺の長所なんだ、知ってたか」
離れた場所から、「短所の間違いだろって、ほれ。早く言ってやれ」と隊の誰かが指摘し、笑いが起こる。
彼らとは短くない付き合いから、それが冗談だと分かった。スブニールが躍起になって否定する姿に、シガールは然り気無い優しさを垣間見る。
「スブニールさん」
「あ? なんだよ、お前まで俺を貶すってのか?」
「──ありがとうございます」
シガールの顔を見た彼は、一瞬固まった後に口を開く。
「へへっ、ちったあマシな面になったじゃねえか。ほら、お前さん成人してたろ。今なら一緒に旨い酒が呑めそうじゃねえか、なあお前達!?」
スブニールは、やや照れ臭そうに後ろ頭を掻くのだった。
微笑ましげに笑みを浮かべる者、茶化す者と様々だが、シガールは既視感に見舞われた。
居心地のよさに、かつての居場所を想起した為だ。
「皆、ありがとう」
シガールは頭をスブニールの脇に抱えられながらも、むさ苦しい男達と笑い合う。男同士、互いに要らぬ気遣いをする必要がないからこそのやり取りだ。
しかし、幸せとは永続きしないのが常である。
それから七日後、彼らは厳しい現実と直面することになるのだが、この時誰一人として思う由もなかった。
心理面に踏み込みつつも、少々ライトなノリにしてみました。
でも実際、鬱成分はマシマシになってますがね(笑)
だからと言って、ずっと緊迫してちゃあダメだ、あくまでも緊張と緩和を使いこなさなくては!
↑出来ているとは言ってない。
ホラー作品書こうかと思っていたら、ホラー作品どころか、拙作で手一杯でござるの巻。
P.S.二次元の女は無条件で愛せる──だからと言って、お前を愛してはくれないがな!
まさに外道(笑)!