閑話 弐
見ず知らずの少女を助けるシガール。
診療所に担ぎ込むが、そこで起こる問題。
剣客襲来の前日譚となります(今更感がマッハだが、気にしてはいけない)。
小綺麗にしてある診療所内の一角で、赤雷らは一息吐いていた。赤雷は腹が減ったと、パンに肉の腸詰めを三本挟んで頬張っている。シガールが屋台から買ってきたものだ。
赤雷のものは既に半分と無いが、シガールのそれは未だに手を付けていない様子だった。
「どうしたシガール、食えよ。気にすんな、なにもお前が気に病むこたぁねえだろう」
「あ、いや……俺は半分でいいよ。今は、食欲がないんだ」
ああ、そうかい。
ぶっきらぼうに言って足を投げ出す赤雷だが、視線だけはシガールへと向けている。
未だに少女のことが気に掛かるらしい。忙しなく身体を揺らし、診察中の部屋。その扉を凝視していた。
「……俺はお前しか護れねえからな」
「ごめんなさい、今何か言ったかな?」
独り言だと返すが、彼はシガールが心此処に在らずという様子を知った上で言ったのだ。こんな時位しか、本音を話せることはない。卑怯との謗りも甘んじて受け入れるつもりだった。
かつて他の異邦人がそうだったように、彼は蔑まれることを恐れているのだ。移り住んで此の方、弱みを見せる人間に優しく手を差し伸べる者はない。ならば、弱みを見せずに過ごすしかないのだ。
それは彼がこの国で幾年も暮らして知った、ひとつの処世術である。
──俺が屑なのに変わりはねえさ。しかし、シガールは護ってやるとも!
赤雷が思案に耽っていると、扉の向こうで乾いた音が発生。続いて怒号が響き渡る。話の内容を聞くに、目を覚ました少女がアルシュの頬を張ったらしい。
当のアルシュは朗らかな声で笑っていたが、問題は彼の補佐をしていたミシェルである。余計な世話を焼くアルシュを軽蔑するところはある。しかし、恩義ある人間が理不尽な目に遭い、黙って居られる彼女ではなかった。同性であるということも、激情に一層の勢いを与えたのだろうか。詰り方が、剣呑を通り越して一触即発の気配に転じている。
「このっ!? 浮浪者風情が、生意気なのよっ!」
二、三度のやり取りをした後、ミシェルの怒りは頂点に達したらしい。シガールはいたたまれずに、部屋の中へと飛び込んだ。
「おいミシェル君、落ち着け!?」
再度音が鳴ったのはそんな時だ。
アルシュの制止を振り切って、ミシェルは少女に手をあげたのだ。彼女もシガールが入ってきたことで、自分のしたことを理解したのだろう。先程の剣幕は鳴りを潜め、肩を落として俯いた。
シガールは無言のまま少女へと近付き、手を握る。顔をあげた瞬間、ミシェルは小さく歯軋りした。
「……ちょっと二人で外に行こう」
「ぁ……え!?」
戸惑う少女に頓着せず、シガールは赤雷の側を通って通りへと出掛けて行くのだった。
シガール達が姿を消すのを見届けてから、赤雷は部屋の中へ入る。しかしそこは惨憺たる状態であった。薬品は数本が陳列棚から落下し、小刀や器材が曲がるなどしており被害甚大といった様子だ。
ミシェルに至っては涙を流していた。シガールが視線すら合わせなかった事が堪えているらしい。加えて見ず知らずの少女に、想い人がご執心ときた。動揺したとしても不思議ではない。
「あ~あ、こりゃまた派手にやったな……。今までの中でいっとう酷いんじゃねえのか?」
「はて、その原因を作ったのは果たして誰じゃったかな?」
半笑いの赤雷は、しかしアルシュに睨まれ肩を竦める。
実際、アルシュの言う通りで、赤雷は子供が助けられる状態であれば如何なる時だろうと救う。勿論、シガールもその一人だ。
そんな中で手痛い竹箆返しを食らったことは多々ある。シガールに関して言うなら、似たような境遇で情が移ったから共に行動しているのか、と彼は考えた。無論、それだけではない気もしたのだが。
今も尚、極力子供は救ってはいるが、アルシュに対する負い目が無いわけではない。ぐうの音も出ないとはこの事だった。
「ミシェル、安心しろ。シガールはあの雌餓鬼を妹と思っているみたいだからな。ああもう! 分かったから、そんな顔をするんじゃねえよ──特に先生、あんただよ。……ったく、人が悪いぜ?」
皮肉げに嗤うアルシュは赤雷の元に近寄って尚、値踏みするような視線を向けている。が、そこで少女に関してあることを耳打ちされる。珍しく真顔で話している事から、冗談ではないことが知れる。
それを聞いた赤雷の瞳孔が収縮した。彼は自覚せぬ内に、冗談であるなら笑い飛ばしたくなる気分に駆られた。頭を掻きながら、そこに行き着くまでの会話。その取っ掛かりを考える。
そのどれもが芳しくない結果に結び付くだろうことを確信し、彼は深く溜め息を吐いた。
──まったく、本当に人が悪いぜ、先生。あいつになんて言えば良いんだよ……。
次話は、少しだけ時系列が動いたところから始めるつもりです。
私の作品、作品の中で時系列動かしてますが、他の作家さんも割りと時系列動かして……ますよね(不安)?




