終局 ~決別~ 弐
長くなりすぎました。
戦闘シーンで何千字も書ける方が可笑しいんや、私は悪く……いや、悪いか(゜ω゜;)
アルシュは程なくして隠れ家へと辿り着く。
ミシェルの出迎えを意にも介さず、赤雷の部屋へと乗り込んだ。その足音の間隔は酷く短く、歩調が荒い。
「赤雷、表に出ろ。話がある」
「なんだ先生、話なら此処でも──」
「──駄目だ、来い」
にべもなく言い捨てると、赤雷の襟首を掴んで引き摺って行く。有無を言わさぬ強引なやり口だが、彼は為されるがままになっていた。傷の件もある。下手に逆らえば、それが開くかも知れないと判じたのだ。
部屋の脇ではミシェルが困惑している。どうやらシガールの件も知らないらしく、彼は何処かと周辺を頻りに見回していた。
通りに面したところで、アルシュは彼の胸倉を掴んだ。
「お前、シガールに何を言った?」
不思議な抑揚で放たれる言葉だが、目が据わっている。口調も普段とは違い、威圧的なものに変じていた。
対して赤雷は臆するでもなく、不利な体勢だと言うのに自然体だ。それどころか、人の神経を逆撫でするような微笑みすら浮かべている。
「さてな、あれは存外に自意識過剰だからな」
言い終わるが否や、アルシュの拳が赤雷の水月に突き刺さる。衝撃が身体を突き抜け、傷に浸透する。身を裂かれるような痛みに眉を顰めながらも、彼はあくまで平然を装った。
「こんな時の冗談は好かんのでな。早く言え」
「ふん。あんたに一体何の関係が?」
そこでアルシュの顔が一瞬弛む──が、赤雷は顔面に正拳を見舞われる。次いで刀傷の箇所へ散発的に四度、終で更に顔を殴るという連繋だ。右眼の傷は癒えてすらおらず、反応さえままならない。赤雷は叫び出したくなるのを堪えるのが精一杯だった。
彼の顔は既に血塗れだ。どうやら先の一撃で鼻を折ったらしい。未だに流れ落ちる赤が石畳を濡らしていた。
身体を攻撃の余波で揺らされる度、彼は激痛に苛まれる。声ひとつあげないのは意固地になっている為だと、アルシュは感じ取った。追撃で繰り出された突きが、下腹部に重い痛みをもたらす。
すかさず衣服を巻き込むようにして彼を引き倒すと、アルシュは間髪入れずに脇腹へと爪先で蹴りを入れる。瞬間、赤雷の顔に脂汗が吹いた。傷に響くことも然ることながら、骨への負荷もあったからだ。耳に届いた音から察するに、骨に皹が入ったことだろう。
──まったく、容赦ねえなあ。
他人事のように考える赤雷。その間も、アルシュの手は止まることを知らない。
口の中を切り、頬が腫れ上がっていた。傍目にも酷い有様である。野次馬もいたがアルシュの形相を見た所為か、今やミシェル一人だけとなっていた。彼女は二人の様子を、ただ不安そうに見守っていた。時折顔を背けている辺り、余程見るに堪えないようだ。やや気位の高い節がある彼女だが、目には涙すら湛えていた。勿論、シガールの件に対して最初こそ赤雷を睨みつけていた。しかし今では、アルシュの剣幕にすっかり畏縮している様子だ。それでも尚、彼は止まる気配を見せない。
乾いた音が、心なしか湿っぽい音に変じた頃、アルシュはようやく手を止めた。視線だけ動かせば、彼の手も無事ではないことが知れる。皮が裂け、酸化した返り血を上塗りするように出血していたからだ。
ただでさえしかつめらしい顔が苦痛に歪んでいた。
「さあ、言え。何故シガールを突き放した。お前とて、少しは気持ちが楽になっただろうが!? それを言うに事欠いて『愛想が尽きた』? 一体何様のつもりだ!」
そこで赤雷はアルシュの気持ちを汲むに至った。彼はシガールをただの子供として見ているのではない。寧ろ、ミシェルと同様に己の子と同等に思っているのだ。可笑しな話かも知れないが、時折見せる仕草には──多少なりと奇人じみた節こそあったが──愛があった。何より、人を思う意思がある。きっとそれは、こんな塵溜めには似つかわしくない、しかして尊ぶべきものだ。いっそ、こんなところには不向きなのだろうとすら思う。それほどまでにアルシュはシガールらを愛していたのだとも──。
赤雷は、自身の子すら満足に愛していないのだと言う自責に駆られる。比喩ではなく、本当の意味で胸が張り裂けそうだった。
最早彼は、言うより他になかった。言わずには居れなかったのだ。訥々と話すそれは、さながら彼が自身に言い聞かせるような口調であった。
「なあ、子供が親を気遣うってどんな気持ちだと思うか?」
「……?」
「あいつはな、俺の事で自分を責めてるのさ。『俺の所為だ。守れなかったから』ってな。菫だって、俺の事を気にかけて、自分の事を顧みずに死んだ。あいつらが俺の事さえ考えなければいいのさ。しかもあの馬鹿、事もあろうに俺の為に死ぬ気で居やがった──それも本気でな。だから、こうするしかなかったんだ」
弱々しく嗤う赤雷に対し、アルシュは眦を下げる。
赤雷が痩せ我慢しているように映ったからだ。
「お前は……何処までも馬鹿だな」
赤雷を解放し、背中越しにアルシュは言った。
「結局のところ、お前は人に弱みを見せる事をとことん嫌った。人はな、弱さを持っていない訳がない。そんな中で、シガールは儂に一度言ったことがある。『どうすれば赤雷さんと仲良くなれるだろうか』とな」
「……」
「お前は知らんだろうがな。儂の部屋で一緒に寝た時に寝言だが、お前と父親の事を呼んでいたんだぞ? ……まったく、人の気も少しは知れ、果報者が」
「はは……それじゃあ俺は、何の為にあそこまでしたってんだ」
「不器用だな、お前は。彼もそうだった。その辺りよく似ているとも──不器用なところも、な。或いは、今この時も……いや、よそう。仮定の話はどうも好きになれん」
アルシュはその場から静かに立ち去る。
水滴が石を穿ったのを認め、空を仰ぐといつの間にか曇っていた。
「涙雨、か」
背後から聞こえる嗚咽は彼の耳朶に辛うじて届くが、それは程なくして強まる雨脚に塗り潰されていった。
「赤雷だな?」
見たところ革鎧を纏った男が五人、赤雷を包囲し声を掛けて来たらしい。
微酔い特有の上機嫌も、口に残る葡萄の瑞々(みずみず)しい香りも一瞬にして失せた。彼は、そもそも前後不覚となるほど酔ってはいない。素面も同然である。
生涯癒えることのない傷を負った手前、これまで以上に警戒する必要があったからだ。無論、今まで好機とばかりに乗り込んできた連中はいた。しかし、赤雷の力量を前にその悉くが返り討ちに遭った。
それでも難癖を付けたり、命を狙う輩が増えたのは彼が隻腕、隻眼となってしまってからだ。とは言え、培った経験、身体に染み付いた技が消える訳でもない。
己と相手の力量差も測れぬ荒くれが増えるのも詮無いことではある。今まであるものを失い、据わらないのは当初のうちである。今の彼にとっては、雑兵の相手など軽い運動のついで程度の感覚だ。
──いい加減うんざりしてくる。死に急ぎの木偶共が……。
邪魔なシガールが居ないのを良いことに、こうして実益よりも面子を重視する連中がのさばっているのだ。
赤雷は様々なことを加味した上で尚、それが我慢ならなかった。
シガールが彼の元を去って既に半月が経つ。
戻ってくることを淡く期待してはいたが、そろそろ潮時かも知れない。
──と、そう感じていた。
刀を抜き、手近な男へ踏み込むと同時、刃を滑らせ喉元へ突き付けた。円滑な体捌きと足運びの為せる技である。反応すら許さぬ挙動が破落戸連中の度肝を抜いた。
「俺はな、今苛ついてんだよ。死にたきゃ表で思い切り殺ろうぜ、な? 死人の後始末ほど面倒なもんはねえんだからよ」
「──てめっ!? いい気になるなよ、こっちはそいつを殺られても四人だ。一人で覆せる状況にも限度が──」
「いや、三人じゃよ?」
そこにはアルシュとローブ姿をした人物が居た。しかも男達の背後を取っている。アルシュは小刀をあそばせており、ローブ姿の人物は腰に曲刀を佩き、手には短剣と、油断ない。
どちらに飛び掛かっても、手痛い反撃を貰うことだろう。仮に赤雷を潰せるとしても、背後から小刀と短剣を投擲されてはひとたまりもない。命あっての物種とはよく言ったものである。
男は苛立ち紛れに椅子を蹴倒して喚いた。
「その素っ首、いつか落としてやる。せいぜい長生きするんだな!」
「ふん……どっちが?」
小者にお馴染みの捨て台詞まで残し、彼らは撤退して行く。それを赤雷は茶化して見送った。
「それにしたって、ローブを羽織っていても特定するだけの頭はあるんだな。いやはや、まったくもって驚いたぜ」
「抜かしおる。それが袋の鼠になっていた男の台詞か? 儂とミシェル君が居らねば危うかったというに、お主と来たら……」
「俺が雑兵ごときに後れを取るとでも? ……おい、ちょっと待て。ミシェルだと?」
アルシュは呆れたように言い放ち、赤雷が心底意外そうな顔でローブの人物を見る。そして、フードを外した風貌は正しくミシェルのものであった。思わず彼は素っ頓狂な声をあげる。
「なに、儂の顔馴染みに女の暗殺者が居てな。少しの“誠意”で短期間だが、鍛えて貰っていたというだけじゃ」
アルシュの説明に、赤雷は感嘆の声を漏らす。見てくれだけなら幾らでも飾りようはある。だというのに、ミシェルの体捌きには無駄が少ない。駆け出しにしては、異常とも言える風格が漂っているからだ。
「そいつ、なんて化け物だ……。シガールが居なくなってからだろ? 短期間で、それも素人にここまで仕込むたぁ大したもんだが、末恐ろしいったらねえぜ」
「まあ、お主と殺り合うのは避けたいと言うからのう。実力なら五分五分といったところか。……まあ、ミシェル君の素養もあろうがな」
最後は聞こえなかったのか、聞き返す赤雷。しかしアルシュは知らぬ存ぜぬを通した。ミシェルの耳に入ろうものなら、凄まじい形相で睨まれかねないと思ったのだ。
「聞こえてますよ、先生」
アルシュは肩を竦めるしかない。ただ、冗談めかしている風であることから、怒っている訳ではなさそうだ。
シガールが居ないことに加え、修練に勤しんでいたのだ。彼女が多少寂しく思っても、何ら不思議はないだろう。気が紛れはしたのだろうが、年頃の少女だ。それだけに気掛かりではあったのだが、杞憂らしく安堵する。
──心配するまでもない、か。存外儂らが思うよりも彼女は強いのやも知れんのう。
そう言えば、とアルシュは話を切り替える。
「駄目じゃな、シガール君の足取りは掴めておらん」
「……そうか。無粋な連中のせいで折角の酒も不味くなった、呑みなおしだ」
そういって、赤雷は主人に蜂蜜酒と蒸溜酒を頼む。
なみなみと注がれた黄金の色合いが、薄暗い店内にささやかながらも華を持たせた。柔らかな曙光にも似た空気が優しさを演出。粗暴、不衛生が代名詞であるこの街で、唯一不可侵の聖域とさえ錯覚させる雰囲気だ。
呷るように一口、残った葡萄酒を飲み下してから彼は少しずつ語っていく。何時しか内容は、アルシュとの出会いからシガールの事へと話は変遷していった。
「思うに俺は、シガールに対して素直じゃなかったのかもな。菫の時もそうさ、手前の娘だってのに要らねえ気ばかり回して、取り返しが付かねえことになった」
「やはり、お主の不器用は生れつきじゃな」
「ほっとけ」
「それにしても……シガール君は中々どうして、人目に付かぬ術に長けておる。ここに留まっても埒があかんじゃろうな。さて、そこで提案じゃが……この街を出るつもりはないか?」
此度の事件に対して語る中であった為か、酒はもう殆ど残っていない。アルシュは、間抜けにも瓶の底を覗きながら言った。
「ここ最近で分かるじゃろうが、儂らは今かなり危うい状況にある。横の繋りはあると自負しておるが、それでも時間の問題じゃ。生きておれば──そう、旅でもしておれば、な。或いは再会も期待出来よう」
「わらひ、先生に付いて行くわあ」
ミシェルは口に食べ物を頬張ったまま即座に意を述べるが、アルシュにたしなめられた。酒が入ったこともあるが、それにしても酷い有り様だ。ろれつも回っていない。
「……ま、まあな。上には上がいるってもんさ。俺でも太刀打ち出来ない奴が居ても可笑しくないだろう。いいぜ、先生。あんたの提案に乗ろう。だが、その前に──」
「「──アルベールを始末する」」
二人は声が重なったことで呆気に取られるも、すぐに笑みを浮かべる。アルベールが傭兵達と繋がっている以上、先の件で密接に関与しているのは最早疑いようもない。“落としどころ”は肝要だからだ。
そんな中ミシェルは大胆にも、彼を誘き寄せる囮役を買って出た。
彼女としても、アルベールの行為に対して思うところがあるのだろうか。
何より、顔割れしている赤雷らでは誘き寄せることすら難しいのは当然である。腐っても騎士である以上、警戒心が高いことを考慮すると、一見非力な女性が適任かと思われたのだ。彼らは難色を示しつつも、結局彼女を頼る方向に話が進む。
酒に弱いミシェルが、思いの外懸念材料となったのは詮方なき事だろう。
この時の事を彼らはこう語る。
「今後の……いや、彼女の為だ」
──と。
──三日後。
アルベールは、街の中央付近にある売春窟へと足を踏み入れていた。極端なまでに肌を露出した輩が多い、ともすれば目の毒とも捉えうる通りだ。華美な装飾と、太腿まで裂けた大胆なスリット。娼婦にありがちな、やや不健康そうな肢体をこれでもかと誇示している。
(やっとこさ事後処理も終了か。まったく、クール隊長は堅物で困るねえ。確かに、あれは正義感が強すぎて目障りだ。そりゃあ連隊の中でも浮きますわ)
クールはデポトワール連隊の隊長だが、元は近衛だったとかいう話だ。左遷された頃からまことしやかに噂されていたのが、「公正明大過ぎるあまりに疎まれた」と言うものだった。
成る程、一理ある。アルベールはそう結論付けた。
街でも異彩──勿論、様々な意味を込めて──を放つ人物だ。或いは真実なのではないかとすら感じている。何せ堅物であることにかけては右に出るものが居ない。隊の評判も良くなく、陰口を叩く者が殆どだ。何故なら、品行方正が服を着て歩くような人物であり、規律に厳しすぎるきらいがあったからである。クールを心酔する部下が団内で三名だけというのも合点がいく。
今まで被害の総括や、詰め所の修復などに従事していたアルベールとしては、肩の荷が降りた気分であった。優秀なのは間違いないだろうが、口煩い上司は総じて求心力が低いものだ。人的被害が少なくはないため、騎士団としての機能は低下しており、クールの件も相まって士気はだだ下がりである。
それというのも、クールは王都に召喚されたからだ。内容は今回の事件に対する対処と責任追及だったらしい。
しかし、持ち前のくそ真面目さを発揮してか、厳重注意に止まっている。軽傷を含め死傷者三八名、詰め所は半壊という懲戒処分ものの失態を考えれば、まさに異例の対応であった。或いは近衛だった頃の伝が働いたかも知れないが、アルベールにとってはとるに足らない些事だ。
──さて、いい女は居ないもんかね。娼婦はやはり初な女が一番なんだがな……。まあ居なけりゃ、居ないで考えはあるが。
一月近い間、禁欲生活を送っていたアルベールは我慢の限界である。
そして、とうとう通りを抜けるまでの間、目ぼしい女を見付けられなかったのだ。
「ああ、駄目だ。仕方ねえ、田舎娘でも手篭めにするか」
黒い欲望にアルベールは顔を歪める。
己の欲望を満たさんが為に、他者をも虐げようとするであろう。この男は何処までも腐っていた。
「あ、あの……騎士様。わ、私を買ってくれませんか?」
そこで声を掛けられ、彼は振り向く。そこには、小柄でありながらも引き締まった肢体の女がいた。髪は赤銅色でなだらかなウェーブ状、肌は白く娼婦に比べれば──スリットも慎ましやかで──目立たない服装だが、胸元が強調されている。瞳は円らで愛らしく健康的で、男の劣情を掻き立てる風体である。年の頃は一〇代半ばと言ったところだろう。
不慣れな客引きのか細い声音がそそるのだ。それだけでアルベールはご機嫌となった。
「おうとも。お前のような上玉なら金貨三枚でも惜しくねえぜ」
舌舐めずりしたくなる衝動を抑え、彼は少女と夜の道を歩いた。
半刻もいかぬところで、彼女が立ち止まる。周囲は静寂が支配しており、人気などはない。強いて言うなら、手前で浮浪者がまばらに数人目についただけだ。
「しかし、こんな人気のないところまで来る必要があるのか?」
「それは、その……初めてで恥ずかしいから」
そうかい。
それだけ言って彼は、彼女を乳房を服の上から鷲掴みにし、揉みしだく。辛そうな嬌声と仕草がアルベールの情欲を最高潮へと高める。
「よお、デポトワールの副長さん」
「──っ!?」
唐突な声に、声を詰まらせるアルベール。
そんな咄嗟のことにもすかさず反応する辺り、騎士団の副長を務めているだけはあるようだ。次の瞬間には身を翻して、後退し始めていた。僅かに訛りのある公用語は、忘れようもない赤雷の口調そのものだ。
──ちっ、赤雷かよ!? 面倒なのに目ぇ付けられちまったぜ、くそが!
「そやつ一人だと思わぬことじゃな、青二才」
「げ……アルシュの野郎まで」
背後にアルシュが登場したことで、アルベールは焦燥の極致にあった。前方には赤雷がいる以上、どちらかを排除せねばならない。双方ともに荒事の専門である以上、明らかに分が悪かった。
血路を開かんと赤雷に斬りかかるが、隻眼とは言え彼もさるもの。彼の刀と切り結んだアルベールの得物は空高く舞い、甲高い音と共に接地。鎧袖一触と呼ぶのも滑稽な光景である。
半ば勢いで突貫した節もある。そんな剣が、一矢報いようはずがないのだ。
絶望を前に、彼は膝を折った。地獄すら生温い責め苦に為す術がなく、手立てひとつないのだから無理もない。情けない声をあげながら後退りする様は、浅ましく生にすがる亡者も斯くやである。
「さぁ、楽に死ねると思うなよ」
「先生、私も少しこの人を痛め付けても?」
気が付けば、先程の少女が手にナイフを構えている。
──嵌められた。
そう思うのも、何処か他人事に感じられた。否、そう思うより他にないのだろう。
似つかわしくない程爽やかな笑みを浮かべ、アルシュが音頭をとった。
「そうじゃな──では三人でやろう。さあ、生まれてきたことを存分に後悔させてやろう」
──翌日、アルベールの遺骸と思われるものが発見された。
思われる、というのも身に付けているものから推測された身柄だからだ。
顔は原型を留めておらず、異常な程腫れ上がり石畳に血の池を形成している。
腹部は裂かれて内臓がその場に摘出されたままに放置され、鉄錆びた匂いと生臭さに見物客は勿論、新米騎士も路上に吐瀉物をぶちまけた。恐るべきことに、激しく抵抗した痕跡があることからどうやら“生きたまま”解剖されたらしいことが判明。
耳は削がれて消失。肉も小刀で複数箇所抉られていたりと、文字通り目を覆いたくなる惨状である。
容疑を掛けられたのは、付近の屠畜人や医者、そして暗殺者達だ。
その中には、アルシュや赤雷の名前もあった。しかし彼らは街の何処にも居らず、隠れ家に騎士が突入するも、もぬけの殻。わずかな目撃情報を元に、街の入り口にて聞き込みも行われた。だが、騎士が到着する二日前に出立したことしか判明していない。
かくしてデポトワールを騒がせたこの一件は、デポトワール屯所の副長惨殺事件をもってひとまずの終息を迎えるのだった。
これにて、デポトワール編は終結です。お疲れ様でした。
自称設定厨とは言え、流石にこれは……やりすぎですかね(゜ω゜;)
エピローグだけで一四〇〇〇字超って何なんでしょう(白目)
閑話のプロットとか面ど──疲れますねえ。