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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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隊商潰滅

 町はずれの駅家えきかを出た隊商の面々は、厩舎きゅうしゃに預けてある愛馬達と対面を果たし、現在は街道沿いに歩みを進めていた。

 町を出て、おおよそ二刻ふたときが経過していた。

 因みに、彼等の愛馬だが、正確には馬ではない事をシガールは知っている。

 それはラバと呼ばれる、馬と驢馬(ロバ)の混血種であり、ほぼ人の手が行き届いていない様な悪路をも走破可能な行商特有の家畜だ。

 その肢体は強靭きょうじんで、荷運びに適し、且つ前述の通り悪路にも適する為、行商にとっては非常に頼れる相棒なのだ。


 閑話休題。

 一口に街道とは言ってもほとんどが整備すらまともになされていない、もっと言えばその実態は獣道と同じものだ。良くて石畳。さもなくば辛うじて道の体裁を取っている程度である事が殆んどである。

 尚、シガール等隊商の現在通過している街道とは後者を指していた。更に始末の悪い事に、周囲一帯は暫く林が続く様な悪条件だ。おかげで昼下がりだと言うのに、隊商は暗がりの中を歩く事を強いられていた。


 「皆さん、大丈夫ですか?」


 護衛指揮のヴェルチュが全員の体調をうかがう。

 涼しい時期に移り変わり、荷運びはラバが殆んど担っているとはいえ、移動中は流石に身体が火照ほてってしまうのが商人の辛いところだ。


 「ははっ、なに、移動を何度も経験した者も居るし、ラバも頑丈じゃしな。 心配には及ばんよ」


 水もまだたんとある。慣れもあるしのう、と隊長ことリッド=ヴァーグはあごにたくわえたひげをさする。


 「しかし関心じゃな、お若いの」


 「……と言いますと?」


 「こうして気遣いをするような護衛の人間なんぞ今まではお主位のものじゃったからの。 きょうび珍しい御仁じゃと思うての」


 「いえ、これしき当然の事とも思います。 なんら特別なことでは有りませんよ」


 「ははは、敵いませんなぁ。 俺も騎士に憧れた身ですが、いや、参りました」


 (はぁ……。 退屈だなぁ……)


 シガールは前を歩くソレイユ、リッド達の会話を見て思った。

 暇潰しを求めて、完全にもて余していたのだ。そのせいか視線はあちこちとせわしない。そもそも好奇心の塊である年頃の少年に、ただ荷車に揺られて目的地を待てだなんて事は、とんでもない話だった。


 「マジー姉ちゃん、何か面白いお話してよー」


 「シガール、アンタねぇこれもお仕事の一環よ? もうちょっとしゃっきりしなさい」


そう言ったきり前を向いて口をつぐんだ彼女に、シガールは不満そうに口を尖らせた。


 (いっつもこうだ、マジー姉ちゃんってば。 こんな時はいつだって母さんみたいな事言って。 はぁ、なんか面白いこと無いかな──あ、そう言えば)


 昨日の話をしようと思い立つ。思い浮かぶのは、昨日彼女が身体を抱き寄せる様にした仕草の事だ。気候のこともあるから、今の今まで気にはなっていた。

 言葉を慎重に選び抜かなければ、恐ろしい体罰が待ち受けているため、ある意味一番緊張する瞬間だ。

僅かに考え、顔を上げる。『昨日はそんなに寒かった?』と、こんなところだろうか。


 「ねぇ、マジー姉ちゃん今思ったんだけど……昨日ってそんなに寒かったっけ?」


 「え? それほどでもなかったけど、アンタは寒かったの?」


 (あれ……もしかして、俺の勘違いかな? ──うん?)


 シガールは否定しつつ、内心首を傾げる。

 ──その時、前の方で何か動きがある事をシガールは目聡めざとく見付ける。


 「リュゼさんにアヴァールさん、それは何ですか?」


 ヴェルチュがリュゼの取り出した道具を怪訝けげんそうにながめて口を挟んでいる様だ。

 小さな物で、遠目となるシガールからは確認しづらいものの、それは簡素な作りの笛の様に見えた。それに対し、アヴァールが答える。


 「いえ、何の事は有りません。 獣避けの笛です。 やはり我々が気を配っていても、常に安心ではありますまい?」


 ヴェルチュが「そうですか」と言ったところで、リュゼとアヴァールが笛に口を添える。


 「……あのね、シガール」


 その時、マジーが小声でささやきき掛けてくる。その声はいやに神妙で有無を言わせない雰囲気だ。

 彼女のまとう雰囲気に気圧けおされ、シガールは黙って続きを促す。


 「……あの人達──今笛を持ってる人達、何だか嫌じゃない?」


 「……え? それってどういう事?」


 「確かに優しいし、気配りも悪くないわ。 ……でも──」


 シガール達の耳はそこで高い音を拾った。何の事はない。先ほどの話にあった、件の笛だと分かる。

 次いで、その言葉にマジーが前を確認し、途端に言葉が途切れる。

 そして何かに鋭い物が突き立つ様な鈍い音が耳朶じだにこびりつく。


 「でも……なんだよ? 姉ちゃん、らしく……ない、じゃ──!?」


 同じようにシガールも前を見て硬直する。

 何故なら、今まさに風を裂くような鋭い音を聞きとがめ──そして、ヴェルチュの喉笛に一本の矢が生えるのを目の当たりにしたが故である。


 「……ぇげ」


 苦悶の上に呆然とするような表情が覆い被さり、耳障りなくぐもった声が届いた。

 咄嗟とっさの、それも想定の斜め上を行く事態に当のヴェルチュは勿論、隊商の誰もが固まる。

 そんな彼等を尻目にリュゼとアヴァールは示し合わせたかのように、得物を抜き放ちそれぞれが彼の胸部と鎖骨付近を斬り潰した。

 一瞬にして頭が白くなる。

 だが、事は何となく把握できる。

 護衛の頭となっている人間が、その護衛の人間に殺られた。

 つまりそれが指すところは──


 「“隊長”さんよ、覚悟しな!!」


 明らかな裏切り行為であるということだ。

 アヴァールの長剣がうなりを上げて、茫然自失ぼうぜんじしつとなった隊商の長へと降り下ろされ──


 「──あ」


 「ちっ……!」


 無情にも、凶刃は阻まれることすらなくリッドの頸部を断斬。おびただしい量の血液が吹き出し、我らが“隊長”は一瞬にして物言わぬ肉塊と化した。

 異常を察知した父も駆け出したが間に合わず、歯ぎしりがここまで聞こえそうな凄絶な表情をしていた。

 無念に打ちひしがれそうな顔をしつつも、彼は声を張り上げた。


「気を付けろ、まだこいつらだけじゃないはずだ。 武装した人間は可及的速やかに固まり、女子供を守れ!」


 傭兵時代の胆力が活きた、警戒を促す一喝であった。ソレイユの鋭敏な聴覚は、装備が揺れる僅かなを拾ったためでもある。その数、実に八人以上である。弓兵を入れればまだ増えるだろう。

 だが、その怒声が引き金となる。


 「い、いや……いやぁああああ!」


 ──それは、恐慌への引き金だった。


 「なっ……!?」


 ソレイユは隊商全ての人間が受けた衝撃の大きさを痛感する。それと同時に自らの行動が失策だったと気付かされる。最善の行動は武装した人間が一般人の盾となり、この場から早急に立ち去ることだ。

 まずかったことなら、声を張り上げたことだろう。とっさの行動ではあったが、混乱の火付けとしての効果しか生み出さなかったのだ。特に女性は、荒事に慣れていない。彼の行動は、(かえ)って更なる不安を煽ることとなったのだ。


 (まずいな、この状況は……)


 誰かが耳障りな甲高い悲鳴をあげ、それにつられてまた悲鳴が上がり、誰も彼が蜘蛛くもの子を散らした様に何処へともなく走り去る。

 マジーすらも例外でなく、狂乱した母親に連れられて森の中へと消えていく。

 シガールが差しのべた手が虚しく空を切り──


 「マジー姉ちゃん!」


 叫んだ声がただ間抜けに木霊こだまする。更に手を伸ばすが、シガールの手がマジーを捉えることはついぞなかった。


 「くっ、姉ちゃん!」


 「だめよ、シガール!」


 瞬間駆け出そうとしたが、母の腕に引き止められてしまう。

 シガールは母の顔をみて、反抗してやろうという気持ちが消し飛んだ。リュンヌの今にも泣きそうな顔を見て、為すがままになってしまったのだ。

 ふと辺りを見れば隊商のまとまった人間は、護衛を除きシガールら親子のたった三人だけとなってしまった。


 「くそ、何てこった! ……最悪な状況だ」


 父の放った言葉が、この時ばかりは笑えなかった。笑えようはずがなかった。祖父は死に、仲間は散り散り。姉の様に親しい人間も、危険と隣合わせの死地へと飛び込んだ。

 これが最悪でなくてなんだと言うのだ。

 更に言えば、近場で護衛達とリュゼ、アヴァール達とが未だ対峙している。何より先の弓兵の件も在る。

 ソレイユが如何に剣の腕前に長けていても押し返せる状況とは思えない。敵方の動きを捕捉できない以上、いつ何処から狙撃されてもなんら不思議ではないからである。加えて、物量で優る敵を相手に単騎で挑めば討死することは目に見えている。

 そして、それが指すところは明確な詰みである。

 答えは既に決まっていた。 


 「仕方ない、不本意だが森へ入るぞ……」


 ──退却である。


 「……分かったわ」


 重々しく頷くリュンヌに、シガールは泣きたくなった。自分たちの身を守ることすら精一杯。家族同然の仲間さえも見捨てるより他に選択肢がないことに、深い悔恨を覚え、密やかに唇を咬む。

 幽鬼のように動いてマジーの消えた方角を一瞬振り返って、眺める。


 (きっと、きっとどうにかなるさ。 きっと、騎士様と父さんが助けてくれる……)


 ただ一心に祈った。自身が尊敬する、お伽噺『白銀の騎士』に登場する騎士のような、高潔な騎士やそれに準ずるような救いの手が差し伸べられることを。

 ──本当はそんな救い、在りはしない。 

 シガールは仲間達の遺骸を背に、何故か確信にも似た思いを巡らせる。

 後ろ髪を引かれる思いでシガールは、大事な人の消えた方をもう一度見やる。そして事実を拒絶するように向き直り、家族の背中を一心に見つめる。


 ──それは今、この時を以て隊商が潰滅した瞬間だった。



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