開眼
理とテンポを両立しようと試みてみました。
結果は是この通り(汗)
改修工事予定、準備中。
完成度二割~三割弱。
改善点洗いだしを予定す。
「赤雷さんっ!?」
声を張り上げ、シガールは叫んだ。しかし、赤雷から声はあがらない。そこでシガールはアルシュの言葉をひとつ思い出す。それは、『人は、急な出血で稀に気絶することがある』というものである。則ち、赤雷は危険な状態にあるということに他ならない。アルシュはこの状態を危険で面倒だ、などとぼやいていたこともあった。然るべき処置をしなければ、最悪の事態も覚悟せねばならないことは明白である。
「お前は……赤雷の子か。どうした、わざわざ死にに来たというのか?」
瞬間、シガールは二歩一撃にて間合いを詰める。一度目は三間、二度目にして残り七間を即座に移動。
真っ向から長剣を振り下ろし、蘭の得物と拮抗した。
「ふざけるな……あの人は、あんたみたいな奴が殺していい人じゃねぇ!」
「ふむ、中々の剛の者らしいな。太刀筋も悪くない」
蘭はそう言うと刀の根元で長剣を弾き──袈裟に一閃。彼も負けじと応じるが、磐石の体勢ではない。白刃は虚しく空を切っただけだ。
僅かに押されたシガールの頬に赤い筋が刻まれ、雫が滴る。紙一重の回避だったが、シガールは背筋が凍る想いをしていた。
先程の一撃は、彼が仕留める為に仕掛けたものだ。ほんの髪の毛数本分でも身を引くのが遅ければ、まず間違いなく赤雷の二の舞いとなったことだろう。時として、浅い傷こそが勝敗を左右することもあるのだから。
赤雷に蘭を近付けぬように牽制しつつ、油断なく構え直す。
「少々荒いが、行く行くはいい剣士となるであろう──それも叶わぬだろうがな」
「ぐ……!」
たった一度の激突で、シガールは瞬時にして相手の力量を思い知る。ひと筋縄ではいかない相手、そしてその剣は赤雷をも凌ぐものだと認識を上書きする。
守りたいという思いが募った。
シガールは数年とは言え、赤雷と行動を共にしたのだ。情が湧かないはずもない。喩えそれが単なる“傷を舐め合う関係”だったとしても。
どれ程酷い喧嘩をしようが、仮とは言え家族だったことに変わりはないのだ。だが、このままではまず間違いなく赤雷は死ぬ。
──同じだ、あのときと。
今この状況は、シガールの“隊商”が滅ぼされた時とほぼ同じである。
思考が、掻き乱される。
或いは、勝てないだろう。昔のように為す術なく蹂躙され、今度こそ野に屍を晒すだろうと──。
(いや、俺はどうやってもこいつを倒す……倒して見せる)
思考が澄みわたっていく。
沸騰寸前だった怒りが徐々に収まり、そして氷点下へと迫る。彼はかの忌まわしい事件の後、自身の敗北した原因を突き詰めた。
考えに考え抜いた末、怒りが思考と行動の幅を狭めてしまったのだという結論に至った。
感情を殺し、冷淡無情に振る舞うことで高みにのぼれるのだと──。
(む、こいつの殺気が薄れていく。どういうことだ?)
相対しながら、蘭はシガールの様子を訝った。
剣気と殺気、それを目の前の少年は隠しきっているのだ。絡繰りはどうあれ、それが巧いことに内心驚愕している。
「楽しめそうだな……これは思わぬ拾い物をしたわ」
「……くっ!」
宵闇に刃が躍り、鎬を削る。
蘭が火炎のように激しい戦法なら、シガールのそれは流水のごとき柔軟さを活かしたものだろうか。
頭蓋ごと叩き割らんとする一斬をシガールは事も無げにいなし、受け流す。
しかし、そこは彼もさるもの。守るだけでなく、迅さを活かし切り上げる。そこを返す刀で袈裟斬りへと繋げる。
一進一退の攻防が続く中、シガールは蘭に対してさほど手傷を負わせられずにいた。先程の一連ですら、紙一重で避けられている。熟練の剣士は回避の際、ごく僅かな余裕しか持たないからだ。大口叩くだけのことはある。それほどに、蘭は手強い相手であった。
寧ろ、シガールの方が負傷している。短時間の戦闘とは言え、このままでは赤雷が危ない。長期化すれば、助からない可能性ばかりが増大していくからだ。それだけは何としても阻止したいところである。
危難は未だ少ないものの、まさに時間との戦い。ことシガールは防戦になりがちだ。襲い来る白刃の勢いを殺し、柔軟に受け流しても攻撃へ転じられねば詰みが見えてくる。
蘭が二刀であることも手伝って、彼は攻めあぐねていた。
──紫電一閃。
蘭が放つ横一文字の剣閃を、足運びのみで捌く。しかし、千鳥の一撃が残っている。長剣を身体の前で盾がわりとし、それを防いだ。鋼の擦過する音と、舞い散るそれの欠片が中空を彩る。
──埒が明かない。
取るべき行動はほぼ限られていた。
「──弐ノ型“春雷”」
考えた末に、シガールは力のある声で爪紅流の技を見舞う。刃を上に持ち、二歩一撃の要領で肉薄し、神速の突きを放つものだ。
最早、蘭を止めるには“修羅となるしかない”──そうして、肚を決めるしかなかった。殺しの剣で彼を止める方策がない以上、シガールは最早なりふり構ってなどいられない。
人を斬る覚悟を決めるしかなかったのだ。それが斬って斬られる関係であろうとも、一刻の猶予もない。
──たとえ血に塗れようとも、赤雷さんは俺が守る。
袈裟に降り下ろした蘭の攻撃を、シガールは“春雷”の踏み込みで回避。あわよくば、余波を以てして打倒しようという気概。それほどの全霊を込めた攻撃はしかし、空を切った。
刺突という攻撃はしかし、その後多大なる隙をさらすものだ。
技の発生は早く、急所を突くという点においては他にない一手。
それと同時に付いてくる致命的な弱点があった。それは突きの後に戻る動作が必要であることだ。鋭く速い動作故に、得物を戻す際の遅延もまた必然だ。何よりも、相手を突くということは、自身も突きを返される──ないしは返り討ちの憂き目に遭いかねない。
──もらった!
蘭の相好が、歓喜に歪む。勝利を信じて疑わぬ、確信の類を滲ませた顔である。身体を捻って強引に回避行動を取る。間に合うか否かは二の次だった。致命傷を避けることに全神経を集中させ、形振り構わず身体を運ぶ。
一拍遅れて、シガールの右脇腹に鈍痛。蘭の刀の切っ先が貫徹し、背中側から生えていた。
「言わんこっちゃねぇ」。赤雷の叱責が聞こえてくるように思える。
「──む、ぅん!?」
臓器を傷付けてはいないだろうが、激しい痛みにシガールは意識を逸らされる。
剣気に反応したところへ打ち下ろしが襲い来る。更に追い打ちを掛けるように、左右から打ち込みが見舞われる。悉くを受け、たたらを踏みながらも鍔迫り合いへと持ち込む。
「中々面白い小僧よ、ここで殺すのがちと惜しいわ」
「一思いに、殺れよ」
「『殺して下さい』と泣いてお願いすれば、そうしてやらんでもないぞ。命令は好かぬからなぁ」
刀を押し返し、再び間合いを取る。
滴る血が地面に染みを作る。身動ぎする度にこぼれ落ち、シガールの動きの精彩さを奪う。
しかし、それでも守ってばかりでは救えない。応じられぬ程ではないにしろ、このまま大切な者すら守れないのだ。
人を斬る覚悟も、今後必要となるだろう。
──それなら、人だって斬るとも! もうこれ以上失うことは御免だ!
裂帛の気合いとともに、シガールは突貫する。
赤雷の手から刀を奪い、蘭に肉薄していく。
長剣で首へと薙ぎ、刀で以て白刃を迎撃。鬼人の如く蘭と打ち合い、そして互角に渡り合う。
打ち合いながら、シガールはかつて赤雷が言っていたことを思い出していた。
『前に出ろ、引くんじゃねぇ。相手の間合いに踏み込めば、こっちが有利になる。覚えておけ』──というものだ。
受け流し、身を斬られながらも、言葉の意味を噛み締めるように立ち回る。
大小の傷を拵えながら膝を折らずに、果敢に切り結ぶ。思考が冴え渡り、最小限度の動きでいなし、踏み込み、そして斬り込んだ。蘭の石畳すら断つほどの連撃も、シガールは前に出た勢いで交差方を見舞う。膂力と技巧の対峙、その縮図をみる様ですらあった。
分を増す毎にシガールの打ち込みが鋭く、速くなる。無駄が削がれ、捌きもより滑らかになっていく。習熟し、殺し合いに最適化されていく足運び。それ則ち、進化である。
比喩ではなく、今まさにシガールは死地に臨み、そして高みへとのぼっていく最中にあった。
そも土台は整っているのだ。
日々赤雷と積んだ修行と基本。何よりも仮想敵と切り結ぶと言う奇天烈な修練。突拍子もないものの、あらゆる想定が為されるということに相違ない。
「ふはははは、やりおる! やりおるわ!」
幾十合と切り合った相手である蘭の癖を僅かに読んでいき、そして──
「──ぐあっ!?」
一矢を報いる。
肩口を斬り付けるが、シガールも頬に刀傷を作る。互いに手負いとなっていく最中、蘭はシガールに恐怖を抱いていた。
(何故この餓鬼は、俺を押し込める? 弟子が師を上回る訳がない!)
如何な鍛練の果てに行き着く境地なのか、そもそもそんなことが可能なのか。蘭には想像もつかなかった。
シガールは守りにおいて秀でる。つまりそれは、対手の攻撃に対応が出来るということとなる。前に進む期さえ掴めれば、攻撃に転じられるは至極当然の理であった。
勿論、先の死合いで、蘭は既に疲弊している。肩で息をし、得物を持つ手が徐々に重みで下がっていくからだ。
それでも、目の前の少年が彼を追い詰めていく理由とはなり得ない。
──ならば、この歳には不相応な少年の力量は何処から来るのか!?
僅かにだが、蘭は心当たりがある。それはしかし、あまりに馬鹿馬鹿しい考えだ。
だが、“仮想の敵を相手に切り結ぶ”として、どう間違えればこれほどの高みにのぼれるだろうか。そしてそれは可能なのか。
もし、そんなことが可能なのだとしたら、
「……化け物だ」
それ以外に有り得ない否、──有り得べきでない存在である。
鍛練とは、血の滲む修練の果てにようやく何かを修得するものだ。攻撃を読むこと、踏み込み、体動の滑らかさ。それは全て長い時間を掛け、術理を身体に染み込ませてこそだ。
想起法という修練の方法がない訳ではないが、あくまでも精神修行の側面が強いはずである。
しかしそれでは、目の前に居る少年の力量が不相応なことの説明が付かない。素姓がまったく分からず、常識の外側にある存在は今、知らずして蘭の精神を蝕んでいた。
──赤雷は分かる。俺と二つしか変わらないからな。だが、この餓鬼は一三かそこらでこの練度……なんだってんだ、イカれてやがる!
そして、十数合にわたる剣戟の末に、下段から切り上げるシガールの一撃が、蘭の胸を捉える。
攻撃に怯んだ蘭を、弐の太刀、参の太刀が追撃。
首を、頭を割る一撃が過たず命中し、蘭は自らの血に沈みかけ──膝を突いた。勿論、シガールとて只では済まない。交差方気味に見舞われた二振りの得物が、腹部と肩口を切り裂いていたからだ。血塗れの刀、その切っ先は彼の背中から顔を覗かせていた。
部分装甲の恩恵もあるが、それを加味したとしてもかなりの深手である。失血の影響からか、意識が徐々に薄れていく。
そんな中、最後の力を振り絞ってか、蘭は頭をあげながら途切れがちに言った。
「分かった、ぞ。お前、の原動力は、復讐だ……。目を見れば、分かる……。昔、同じ奴が、いたから、な」
よろめきながらも赤雷へと歩み寄るシガールは、そこで足を止め、口を真一文字に引き結ぶ。口元に溢れる血漿で溺れながら、呪詛のように言葉を紡いだ。
戦闘の終息により、感情が戻る。東洋にあるとされる“能面”にも似た、シガールの無表情が取り払われていく。何故なら、蘭は死に体である。これ以上感情を殺す必要もないと判断してのことだ。
だからこそ、蘭の言葉は聞くに堪えなかった。
「は、ははは、とどのつまり、俺もお前も……同じ穴の狢ってことさ」
「──黙れぇ‼ お前と──お前なんかと、一緒にするんじゃない!」
それだけは違うと思い、シガールは真っ向から反論した。
哄笑の余韻を残し、蘭は程なくして息絶える。
“復讐”。その言葉が耳朶に貼り付き、反芻していた。
「俺は、復讐なんか……望んでなんて──!」
──六年前のあの日、隊商を皆殺しにした者の主犯格であったリュゼ。彼を斬ったことは復讐と関係がなかったのだろうか。私怨などはまったくなかったのか。
そう考えると、自問することが恐ろしく堪らなかった。否定する余地があるのかも定かではない。
何よりあの時、リュゼを前にした時に殺してやろうと思ったことは間違いない。仇討ちを果たし、内心では歓喜にうち震えていたことは疑うべくもない。
長剣が手から滑り落ちるのも頓着せず、彼は頭を抱えて俯いた。
他人の不幸を望むなど、それこそ──。
──復讐者の在り方じゃないか。
予感に酷似した、或いは諦念とも言える感覚に満たされる。それが不快で仕方ない。
「復讐なんて──あ……」
そこで、体力の限界が訪れたようだった。
長期にわたった戦闘と負傷で、シガールは著しく疲弊していたのだ。赤雷をアルシュ達のところへ連れていく算段が、ここで潰えてしまう。
その不安も、アルシュとミシェルの声が遠くに聞こえたことで霧散する。
どうやら彼らが付近まで来ているらしかった。
鬱屈とした思いを抱えながら、彼の意識も闇へと堕ちていく。
視界が消えるその刹那、シガールは疑問に思った。
──俺は、“外道共”と同じじゃないのか?
前書きでも述べましたが、このお話はクライマックスですが……単刀直入に言います。これを書き直しします。
改修を一部加えて尚消化不良──不完全燃焼の成れの果て──なので、もう少しお時間頂くことになろうかと思われます。




