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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
二章 異国之剣客
49/120

開眼

(ことわり)とテンポを両立しようと試みてみました。

結果は是この通り(汗)


改修工事予定、準備中。

完成度二割~三割弱。

改善点洗いだしを予定す。

 「赤雷さんっ!?」


 声を張り上げ、シガールは叫んだ。しかし、赤雷から声はあがらない。そこでシガールはアルシュの言葉をひとつ思い出す。それは、『人は、急な出血で稀に気絶することがある』というものである。則ち、赤雷は危険な状態にあるということに他ならない。アルシュはこの状態を危険で面倒だ、などとぼやいていたこともあった。然るべき処置をしなければ、最悪の事態も覚悟せねばならないことは明白である。


 「お前は……赤雷の子か。どうした、わざわざ死にに来たというのか?」


 瞬間、シガールは二歩一撃にて間合いを詰める。一度目は三間、二度目にして残り七間を即座に移動。

 真っ向から長剣を振り下ろし、蘭の得物と拮抗した。


 「ふざけるな……あの人は、あんたみたいな奴が殺していい人じゃねぇ!」


 「ふむ、中々の剛の者らしいな。太刀筋も悪くない」


 蘭はそう言うと刀の根元で長剣を弾き──袈裟に一閃。彼も負けじと応じるが、磐石(ばんじゃく)の体勢ではない。白刃は虚しく空を切っただけだ。

 僅かに押されたシガールの頬に赤い筋が刻まれ、(しずく)が滴る。紙一重の回避だったが、シガールは背筋が凍る想いをしていた。

 先程の一撃は、彼が仕留める為に仕掛けたものだ。ほんの髪の毛数本分でも身を引くのが遅ければ、まず間違いなく赤雷の二の舞いとなったことだろう。時として、浅い傷こそが勝敗を左右することもあるのだから。

 赤雷に蘭を近付けぬように牽制しつつ、油断なく構え直す。


 「少々荒いが、行く行くはいい剣士となるであろう──それも叶わぬだろうがな」


 「ぐ……!」


 たった一度の激突で、シガールは瞬時にして相手の力量を思い知る。ひと筋縄ではいかない相手、そしてその剣は赤雷をも凌ぐものだと認識を上書きする。

 守りたいという思いが募った。


 シガールは数年とは言え、赤雷と行動を共にしたのだ。情が湧かないはずもない。(たと)えそれが単なる“傷を舐め合う関係”だったとしても。

 どれ程酷い喧嘩をしようが、仮とは言え家族だったことに変わりはないのだ。だが、このままではまず間違いなく赤雷は死ぬ。

 

 ──同じだ、あのときと。


 今この状況は、シガールの“隊商(かぞく)”が滅ぼされた時とほぼ同じである。

 思考が、掻き乱される。

 或いは、勝てないだろう。昔のように為す術なく蹂躙(じゅうりん)され、今度こそ野に(しかばね)を晒すだろうと──。


 (いや、俺はどうやってもこいつを倒す……倒して見せる)


 思考が澄みわたっていく。

 沸騰寸前だった怒りが徐々に収まり、そして氷点下へと迫る。彼はかの忌まわしい事件の後、自身の敗北した原因を突き詰めた。

 考えに考え抜いた末、怒りが思考と行動の幅を狭めてしまったのだという結論に至った。

 感情を殺し、冷淡無情に振る舞うことで高みにのぼれるのだと──。


 (む、こいつの殺気が薄れていく。どういうことだ?)


 相対しながら、蘭はシガールの様子を(いぶか)った。

 剣気と殺気、それを目の前の少年は隠しきっているのだ。絡繰(からく)りはどうあれ、それが巧いことに内心驚愕している。


 「楽しめそうだな……これは思わぬ拾い物をしたわ」


 「……くっ!」


 宵闇に刃が躍り、(しのぎ)を削る。

 蘭が火炎のように激しい戦法なら、シガールのそれは流水のごとき柔軟さを活かしたものだろうか。


 頭蓋ごと叩き割らんとする一斬をシガールは事も無げにいなし、受け流す。

 しかし、そこは彼もさるもの。守るだけでなく、迅さを活かし切り上げる。そこを返す刀で袈裟斬りへと繋げる。

 一進一退の攻防が続く中、シガールは蘭に対してさほど手傷を負わせられずにいた。先程の一連ですら、紙一重で避けられている。熟練の剣士は回避の際、ごく僅かな余裕しか持たないからだ。大口叩くだけのことはある。それほどに、蘭は手強い相手であった。

 寧ろ、シガールの方が負傷している。短時間の戦闘とは言え、このままでは赤雷が危ない。長期化すれば、助からない可能性ばかりが増大していくからだ。それだけは何としても阻止したいところである。

 危難は未だ少ないものの、まさに時間との戦い。ことシガールは防戦になりがちだ。襲い来る白刃の勢いを殺し、柔軟に受け流しても攻撃へ転じられねば詰みが見えてくる。

 蘭が二刀であることも手伝って、彼は攻めあぐねていた。


 ──紫電一閃。

 蘭が放つ横一文字の剣閃を、足運びのみで捌く。しかし、千鳥の一撃が残っている。長剣を身体の前で盾がわりとし、それを防いだ。鋼の擦過(さっか)する音と、舞い散るそれの欠片が中空を彩る。

 ──埒が明かない。

 取るべき行動はほぼ限られていた。


 「──弐ノ型“春雷”」


 考えた末に、シガールは力のある声で爪紅流の技を見舞う。刃を上に持ち、二歩一撃の要領で肉薄し、神速の突きを放つものだ。

 最早、蘭を止めるには“修羅となるしかない”──そうして、(はら)を決めるしかなかった。殺しの剣で彼を止める方策がない以上、シガールは最早なりふり構ってなどいられない。

 人を斬る覚悟を決めるしかなかったのだ。それが斬って斬られる関係であろうとも、一刻の猶予もない。


 ──たとえ血に塗れようとも、赤雷さんは俺が守る。


 袈裟に降り下ろした蘭の攻撃を、シガールは“春雷”の踏み込みで回避。あわよくば、余波を以てして打倒しようという気概。それほどの全霊を込めた攻撃はしかし、空を切った。

 刺突という攻撃はしかし、その後多大なる隙をさらすものだ。

 技の発生は早く、急所を突くという点においては他にない一手。

 それと同時に付いてくる致命的な弱点があった。それは突きの後に戻る動作が必要であることだ。鋭く速い動作故に、得物を戻す際の遅延もまた必然だ。何よりも、相手を突くということは、自身も突きを返される──ないしは返り討ちの憂き目に遭いかねない。


 ──もらった!


 蘭の相好(そうごう)が、歓喜に歪む。勝利を信じて疑わぬ、確信の類を滲ませた顔である。身体を捻って強引に回避行動を取る。間に合うか否かは二の次だった。致命傷を避けることに全神経を集中させ、形振(なりふ)り構わず身体を運ぶ。

 一拍遅れて、シガールの右脇腹に鈍痛。蘭の刀の切っ先が貫徹し、背中側から生えていた。

 「言わんこっちゃねぇ」。赤雷の叱責が聞こえてくるように思える。


 「──む、ぅん!?」


 臓器を傷付けてはいないだろうが、激しい痛みにシガールは意識を逸らされる。

 剣気に反応したところへ打ち下ろしが襲い来る。更に追い打ちを掛けるように、左右から打ち込みが見舞われる。(ことごと)くを受け、たたらを踏みながらも鍔迫り合いへと持ち込む。


 「中々面白い小僧よ、ここで殺すのがちと惜しいわ」


 「一思いに、殺れよ」


 「『殺して下さい』と泣いてお願いすれば、そうしてやらんでもないぞ。命令は好かぬからなぁ」


 刀を押し返し、再び間合いを取る。

 滴る血が地面に染みを作る。身動ぎする度にこぼれ落ち、シガールの動きの精彩さを奪う。

 しかし、それでも守ってばかりでは救えない。応じられぬ程ではないにしろ、このまま大切な者すら守れないのだ。

 人を斬る覚悟も、今後必要となるだろう。


 ──それなら、人だって斬るとも! もうこれ以上失うことは御免だ!


 裂帛の気合いとともに、シガールは突貫する。

 赤雷の手から刀を奪い、蘭に肉薄していく。

 長剣で首へと薙ぎ、刀で以て白刃を迎撃。鬼人の如く蘭と打ち合い、そして互角に渡り合う。


 打ち合いながら、シガールはかつて赤雷が言っていたことを思い出していた。

 『前に出ろ、引くんじゃねぇ。相手の間合いに踏み込めば、こっちが有利になる。覚えておけ』──というものだ。

 受け流し、身を斬られながらも、言葉の意味を噛み締めるように立ち回る。

 大小の傷を(こしら)えながら膝を折らずに、果敢に切り結ぶ。思考が冴え渡り、最小限度の動きでいなし、踏み込み、そして斬り込んだ。蘭の石畳すら断つほどの連撃も、シガールは前に出た勢いで交差方を見舞う。膂力(りょりょく)技巧(ぎこう)の対峙、その縮図をみる様ですらあった。

 分を増す毎にシガールの打ち込みが鋭く、速くなる。無駄が削がれ、捌きもより滑らかになっていく。習熟し、殺し合いに最適化されていく足運び。それ則ち、進化である。

 比喩ではなく、今まさにシガールは死地に臨み、そして高みへとのぼっていく最中にあった。

 そも土台は整っているのだ。

 日々赤雷と積んだ修行と基本。何よりも仮想敵と切り結ぶと言う奇天烈な修練。突拍子もないものの、あらゆる想定が為されるということに相違ない。


 「ふはははは、やりおる! やりおるわ!」


 幾十合と切り合った相手である蘭の癖を僅かに読んでいき、そして──


 「──ぐあっ!?」


 一矢を報いる。

 肩口を斬り付けるが、シガールも頬に刀傷を作る。互いに手負いとなっていく最中、蘭はシガールに恐怖を抱いていた。


 (何故この餓鬼は、俺を押し込める? 弟子が師を上回る訳がない!)


 如何な鍛練の果てに行き着く境地なのか、そもそもそんなことが可能なのか。蘭には想像もつかなかった。

 シガールは守りにおいて秀でる。つまりそれは、対手の攻撃に対応が出来るということとなる。前に進む期さえ掴めれば、攻撃に転じられるは至極当然の理であった。

 勿論、先の死合いで、蘭は既に疲弊している。肩で息をし、得物を持つ手が徐々に重みで下がっていくからだ。

 それでも、目の前の少年(てき)が彼を追い詰めていく理由とはなり得ない。


 ──ならば、この歳には不相応な少年の力量は何処から来るのか!?


 僅かにだが、蘭は心当たりがある。それはしかし、あまりに馬鹿馬鹿しい考えだ。

 だが、“仮想の敵を相手に切り結ぶ”として、どう間違えればこれほどの高みにのぼれるだろうか。そしてそれは可能なのか。

 もし、そんなことが可能なのだとしたら、


 「……化け物だ」


 それ以外に有り得ない否、──有り()べきでない存在である。

 鍛練とは、血の滲む修練の果てにようやく何かを修得するものだ。攻撃を読むこと、踏み込み、体動の滑らかさ。それは全て長い時間を掛け、術理を身体に染み込ませてこそだ。

 想起法という修練の方法がない訳ではないが、あくまでも精神修行の側面が強いはずである。

 しかしそれでは、目の前に居る少年の力量が不相応なことの説明が付かない。素姓がまったく分からず、常識の外側にある存在は今、知らずして蘭の精神を蝕んでいた。


 ──赤雷は分かる。俺と二つしか変わらないからな。だが、この餓鬼は一三かそこらでこの練度……なんだってんだ、イカれてやがる!


 そして、十数合にわたる剣戟の末に、下段から切り上げるシガールの一撃が、蘭の胸を捉える。

 攻撃に怯んだ蘭を、弐の太刀、参の太刀が追撃。

 首を、頭を割る一撃が過たず命中し、蘭は自らの血に沈みかけ──膝を突いた。勿論、シガールとて只では済まない。交差方気味に見舞われた二振りの得物が、腹部と肩口を切り裂いていたからだ。血塗れの刀、その切っ先は彼の背中から顔を覗かせていた。

 部分装甲の恩恵もあるが、それを加味したとしてもかなりの深手である。失血の影響からか、意識が徐々に薄れていく。

 そんな中、最後の力を振り絞ってか、蘭は頭をあげながら途切れがちに言った。


 「分かった、ぞ。お前、の原動力は、復讐だ……。目を見れば、分かる……。昔、同じ奴が、いたから、な」


 よろめきながらも赤雷へと歩み寄るシガールは、そこで足を止め、口を真一文字に引き結ぶ。口元に溢れる血漿(けっしょう)で溺れながら、呪詛(じゅそ)のように言葉を紡いだ。

 戦闘の終息により、感情が戻る。東洋にあるとされる“能面”にも似た、シガールの無表情が取り払われていく。何故なら、蘭は死に体である。これ以上感情を殺す必要もないと判断してのことだ。

 だからこそ、蘭の言葉は聞くに堪えなかった。


 「は、ははは、とどのつまり、俺もお前も……同じ穴の(むじな)ってことさ」


 「──黙れぇ‼ お前と──お前なんかと、一緒にするんじゃない!」


 それだけは違うと思い、シガールは真っ向から反論した。

 哄笑の余韻(よいん)を残し、蘭は程なくして息絶える。

 “復讐”。その言葉が耳朶に貼り付き、反芻(リフレイン)していた。


 「俺は、復讐なんか……望んでなんて──!」


 ──六年前のあの日、隊商を皆殺しにした者の主犯格であったリュゼ。彼を斬ったことは復讐と関係がなかったのだろうか。私怨などはまったくなかったのか。


 そう考えると、自問することが恐ろしく堪らなかった。否定する余地があるのかも定かではない。

 何よりあの時、リュゼを前にした時に殺してやろうと思ったことは間違いない。仇討ちを果たし、内心では歓喜にうち震えていたことは疑うべくもない。

 長剣が手から滑り落ちるのも頓着せず、彼は頭を抱えて(うつむ)いた。

 他人の不幸を望むなど、それこそ──。


 ──復讐者の在り方じゃないか。

 予感に酷似した、或いは諦念とも言える感覚に満たされる。それが不快で仕方ない。


 「復讐なんて──あ……」


 そこで、体力の限界が訪れたようだった。

 長期にわたった戦闘と負傷で、シガールは著しく疲弊していたのだ。赤雷をアルシュ達のところへ連れていく算段が、ここで潰えてしまう。

 その不安も、アルシュとミシェルの声が遠くに聞こえたことで霧散する。


 どうやら彼らが付近まで来ているらしかった。

 鬱屈とした思いを抱えながら、彼の意識も闇へと堕ちていく。

 視界が消えるその刹那、シガールは疑問に思った。


 ──俺は、“外道共(あいつら)”と同じじゃないのか?

前書きでも述べましたが、このお話はクライマックスですが……単刀直入に言います。これを書き直しします。

改修を一部加えて尚消化不良──不完全燃焼の成れの果て──なので、もう少しお時間頂くことになろうかと思われます。


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